日本進化学会2017 参加日誌 その2


大会第1日 8月24日 その2


初日の夕刻はシンポジウムタイム.なお本学会では今回からシンポジウムとワークショップの区別を廃止して皆シンポジウムに統一したようだ.もともとは主催者がテーマを決めるものがシンポジウムで,参加者がテーマを持ち込むのがワークショップということだったと聞いたことがあるが,実際にはほぼ同じ形式で進められ,あえて区別する必要はないという判断だろう.

シンポジウム3 温度適応機構 〜生態から分子まで〜


生息環境に応じた温度感覚の進化:分子から生態までの統合的理解を目指して 齋藤茂


このシンポジウムの趣旨説明的な発表.私は前の口頭発表の最終セッションが15時より遅れてしまい,冒頭部分を聞くことができなかった.
アフリカツメガエルを使った実験系の成立.温度感受性のTRIP遺伝子の生成タンパクの温度閾値や感度を調べる方法の解説などがなされた模様だ.最後にリュウキュウカジカガエルの特異的な高温耐性が紹介され,次の発表に引き継がれた.


リュウキュウカジカガエルの温泉旅 小巻翔平


リュウキュウカジカガエルはトカラ列島から,沖縄列島,そして台湾にまで分布する普通種で,現地では生物好きに「駄ガエル」と呼ばれることすらある.しかしとても面白いカエルだ.まずトカラにはカエルはこの種しかいない.そして最も面白いのはこの種が温泉に生息していることだ.台湾のこの種で2001年に報告があり年中温泉で繁殖していることが報告されている.

本日はこの分布北限のトカラ諸島のリュウキュウカジカガエルについて話をしたい.最も北にある口之島には一カ所温泉がある.温泉といっても密林の中に源泉が70°で沸いていて,それが斜面を流れながら連続する水たまりや流れを作っている.観察したのは50°の連続水たまりとその脇に流れる35°から50°の流れとその中間地帯だ.この流れの中には40°ぐらいのところのオタマジャクシがいて,中間地帯には最高で46°のところに1個体生息していた.この46°はこれまで報告された中では世界記録になる.(台湾での報告は43〜44°)

オタマジャクシをとってきて耐性実験をすると,46.0〜46.2°で異常行動を見せたり死んだりする.50日間調査をしたが,30°〜40°の水中にはオタマジャクシがひしめき合っている.死んでいる個体はほとんど発見できない.実際に死んでしまうような高温は避けているようだ.成体も36°ぐらいのところまでは分布している.

もう一つ面白いのはこのカエルの起源だ.トカラ列島は火山起源の海洋島で一度も陸地とつながったことがないとされている.だから何らかの方法で海を渡ったに違いない.系統解析をすると,台湾から18800年前に南西諸島に入り,トカラにわたったのは1750年前頃らしい.途中で南西諸島の島々の間を何度も海を越えてわたっていったことになる.


質疑応答では塩分耐性について聞かれ,それは普通のカエルと違わないので,漂流物にくっついていったのだろうと答えていた.以前読んだ本ではカエルの海越え分散は非常にまれだとされていたので,なかなか興味深い.


系統地理学史の面白い物語.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140713



キューバのアノールトカゲにおける異なる温度への適応と温度感受性の関連 赤司寛志


アノールトカゲはカリブ海原産で,その狭いニッチへの多様化で知られている.
そのニッチには森の中,林縁,開放部という区分もあり,ここには温度勾配(27°,29°,33°)もある.暑すぎるならそれを感じて逃げ出さなければならない.そこでその熱センサー機能のあるTRIP配列,特に高温に感受性のあるTRIPA1に注目し,それぞれのトカゲのトランスクリプトーム解析を行い,ホットプレートを使った実験系を組み立て3種で耐熱,忌避行動に差があるかを調べた.この結果配列自体にいくつかの差があり,そのタンパクの温度閾値も異なることがわかった.これは忌避行動実験の結果とも一致した.森の中の種は低い温度で反応し,林縁部,開放部の種は高い温度に反応する.感受性自体は森の中の種が高い.これは常に日陰にいるか,頻繁に日光に当たって体温調節をしているかの違いによるものと考えられる.


16SrRNA遺伝子のGC含量に着目した原核生物の温度適応メカニズム 佐藤悠


原核生物には0°以下の超低温に適応しているものから100°以上の超高温に適応しているものまで,温度適応に関しては幅広い.
塩基のつながりはAT結合よりCG結合の方が鎖が多くて強い.ここから高温適応しているならCG結合の比率が増えているのではないかと考えて調べてみると,実際に温度帯とCG結合比率は相関していた.(AT結合はより転写効率が高くなるのでここにはトレードオフがある)
するとこのrRNAを読んでやれば,その原核生物の適応お温度帯が推定できることになる.ここで好温性アーキアでリボソームRNAの3つのオペロンABCの16S, 23S, 5S部位を読んでみると,16SのAB間でのみCG比率に差がある.具体的には適応温度によって比率が異なっている.CG比率2%で適応温度が10°異なるという傾きだ.では温度変動の高い環境にいる場合はどうなるのだろうか.昼間は50°以上になり夜間に10°になるという環境はよくある.そのような場所にいる原核生物のABCの発現量を調べてみると,周りの温度と発現量の比率が相関していた.では真核生物ではどうなっているのだろうか.植物,菌では比率の幅が広い,後生生物も多くは幅が広いが,哺乳類と鳥類ではCG比率が一様に高くなっている.これは好温生の獲得と関連があると思われる.


質疑応答では,ゲノム全体にこのような温度とCG比率の関係はないこと,耐性の具体的メカニズムはわかっていないことが取り上げられていた.


霊長類における鼻腔の形態進化と温度・湿度調節機能の適応 西村剛


霊長類の分類は鼻が大きな要素になっている.曲鼻猿類と直鼻猿類,直鼻猿類の中では広鼻猿類と狭鼻猿類という具合だ.
ヒトはこの中で飛び出た鼻を持っていて霊長類の中では特異的だ.鼻は鼻腔の中でスリットになっていて嗅覚を感じたり外からのゴミのフィルターになったりするが,そのほかの重要な機能として呼気の温度調節と湿度調節という機能がある.ヒトの場合では外気を温度35°,湿度100%にして肺に送り込む.
ヒトの鼻はチンパンジーからの分岐後,顔面が直立するようになって鼻の構造が狭くなっている.この場合にチンパンジーと比べて温度湿度の調整機能が落ちていないかをシミュレーションを使って確かめた.その結果は確かに機能の潜在能力は落ちているが,通常の条件下では特に問題がないことがわかった.チンパンジーは非常に広い範囲の外気を調整できるが,実際にはその一部しか使っていないということになる.


生理的な面を解説する面白い発表だった.


ヒトデ幼生の正の温度走性とTRRA 分子・行動・進化・生理にわたる多面的なアプローチによる解析 颯田葉子


海にも温度差がある.温度感受性については脊椎動物,昆虫などでTRPがよく調べられている.では昆虫以外の無脊椎動物ではどうなっているだろうかと考え,ヒトデのビピンナリア幼生で調べてみた.
なぜヒトデに注目したかというと1980年代に団まりな先生のグループがこの幼生の正の走熱性を観察して報告しているからだ.まず当時の報告の追試として,ヒトデの幼生を温度勾配のあるケースに入れて正の走熱性を確認した.では当時そこまで分析できなかった分子はどうなっているのか.TRPの阻害剤を入れると走熱性は消滅した.その後ゲノムを調べて二つの配列TRPA1とTRPbasalを見つけた.系統樹を描いてみると後口動物との分岐以前にA1とAbasalに分岐している.脊椎動物はその後にAbasalを失ったらしい.発現をみるとA1は繊毛帯に発現し(走熱性との関連を強く示唆),Abasalは後部消化管で発現している.
またTRPの温度感受性をみるとA1はきれいな熱感受精が現れるが,Abasalは反応しない.これでかなりきれいにA1が走熱性に関する遺伝子であることが確認できた.


あまりよく知らない温度感応性の分子の話が主体だったので興味深く拝聴した.生態と分子の両面から様々な現象に切り込むという最近のトレンドをよく表すシンポジウムだった.
大会初日はこれで終了だ.