協力する種 その21

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第5章 協力するホモ・エコノミクス その2

著者たちはここまでに(進化ゲームではない)繰り返し協力ゲームにおいて,(情報エラーが十分に小さく,少なくとも公的情報の世界では)フォーク定理を用いると協力の均衡があることが導けることを説明した.ただしその協力均衡のためには裏切り者への罰が可能になっていることが必要である.さらにフォーク定理は均衡の存在についてのみ示しているもので,どう実現できるかについてはわからない.著者たちはこのあたりについて解説を進める.

5.4 進化的に無意味な均衡
  • フォーク定理は均衡の存在を証明しているだけで,それが実現可能か,安定しているかについては何も語らない.
  • どのようなプロセスで均衡が進化的に意味を持つようになるかの研究は進んでいない.ゲーム構造を正確に理解し,他プレーヤーの情報を正確に与えられれば,人間は最適反応することができるように思われる.しかし現実世界では情報は私的であり不完全だ.最新の研究ではナッシュ均衡が実現する条件は非常に厳しいことが示唆されている.
  • もう一つの問題はゲーム理論ではしばしば混合戦略がナッシュ均衡になるが,プレーヤーには混合戦略を採用するインセンティブがないことだ.相手がきちんと混合戦略を採っていれば,自分が何を選択しても利得が変わらないからだ.
  • ゲーム理論家はこの問題を深刻に捉え,様々な解決方法を模索した.ハーサニは純化定理により,プレーヤーが純粋戦略に傾くとしても,利得に小さなランダムエラーがあれば,各プレーヤーの各純粋戦略の頻度はナッシュ均衡の混合戦略確率の近似になることを示した.しかしフォーク定理の対象である繰り返しゲームはこの定理の前提を満たさない.だからフォーク定理による解決は理論上は「進化的に無意味な均衡」だということになる.


情報の不確実性は1つの問題だというのはよくわかる.特に相手の戦略についての不正確な情報は協力的な均衡を実現する上では大きな問題になるだろう.
著者たちが挙げているもう一つの混合戦略を採るインセンティブ問題は,ゲーム理論の本を読んでいるとしばしば出てくる.ボウルズとギンタスもゲーム理論家としてこの問題を真剣に検討せざるを得ないということだろう.しかし私はこのゲーム理論家の問題意識が良く理解できない.彼等はじゃんけんをしたことがないのだろうか.確かに相手が完全に混合戦略を採っているなら,こっちはいつもグーを出していてもかまわない.しかし現実の世界ではそれが見破られれば必敗になってしまう.手拍子で変な癖を出して見破られないように,心を落ち着かせてできるだけ次の手をランダムにしようとするのはごく普通のやり方だ.わずかなコストをかけて手をランダムにしておくことが大きな保険になるということがなぜ「インセンテイブにならない」と考えるのだろうか.
ともあれ,著者たちの議論はこう続いている.


著者たちは明示的に説明していないが,ここまでのフォーク定理は同一のプレーヤーペアが繰り返しゲームを行う上での均衡の話だ.そしてレプリケータダイナミクスは,多人数が参加する他世代型のゲームで利得に応じて次世代のプレーヤー頻度が変わる場合のダイナミクスを指している.つまりここからは進化ゲームの世界の話になる.進化ゲームではナッシュ均衡ではなくESSの方が主要概念になる*1が,著者たちはそのあたりについてはきちんと解説していない.他分野の概念・用語についてリスペクトのない姿勢はここにも現れていて,彼等の傲岸不遜振りが示されているように思われる.

  • 現実の世界ではシグナルの一部が私的であることはよくある.その場合相手の手に応じて手を変えるトリガー戦略はうまくいかない.うまく調整ができないからだ.互いに我慢強い戦略を採ればある程度の協力は可能だが,とても満足できるものにはならない.情報が私的であればナッシュ均衡に対してもプレーヤーは別の手でより良い利得を期待できそこにとどまるインセンティブを持たなくなる.


この部分の著者たちの記述はわかりにくい.これは繰り返しゲームのことをいっているのだろうか,それとも進化ゲームのことをいっているのだろうか.手を変えてもよりよい利得が期待できるならそれはもはやナッシュ均衡ではないのではないだろうか.あるいは公的情報の元のナッシュ均衡が,私的情報の元ではナッシュ均衡ではなくなるといっているのだろうか.いずれにせよ著者たちが強調したいのは最後のこの部分だということのようだ.

  • 均衡が存在するのはすべての成員がほぼすべての他者の行動を正確に観測できる状況に限られる

*1:基本的に条件式の等号と不等号の扱いが異なる以外はよく似た形になる