協力する種 その25

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第6章 祖先人類の社会 その3


著者たちは先史時代の人類の姿を推測し,親子兄弟などの近縁者だけで作られる小規模集団ではなかったことから「血縁に基づく淘汰」で集団内利他行動の進化は説明できないだろう,集団間の交易が広く見られていることから直接互恵性による協力は進化しなかっただろうと述べる.(少なくとも後者は疑問に感じられる.)
またマルチレベル淘汰のグループ間淘汰に寄る利他行動の進化も,実際のFSTが小さいことからよほど大きなb/cがないと難しいと述べる.そこでそのような大きなb/cを与える状況として部族間紛争による集団絶滅状況がありうるいう議論をほのめかし,実際に先史時代にはそのような死亡割合が高いというデータを提示した.この議論は続く第7章,第8章でなされる.私の論評もそこで行うことにしよう.


ここから著者たちは次に集団内の非協力者の罰について議論が進む.

6.4 社会秩序の基盤
  • 狩猟採集社会の集団内部では.協力の維持に貢献する攻撃行動(罰)が報告されている.定量的な評価は困難だが,観察の要点は明らかだ.集団の社会規範から外れた人間はひどい目に遭うのだ.
  • このような社会秩序には,規範維持に伴うコストがある,批判や罰は3人以上の集団で行われること(連携した罰)が多い,罰の非行使への罰は見られない,罰の行使が配偶者選択上の魅力を与えているようには見えないという4つの側面がある.
  • 狩猟採集民へのアンケートを行ったリサーチによると,このような罰を行う理由は,規範者に罰を与えること自体が規範であり,その規範に従うこと自体が名誉であるという回答が多く返ってくる.


この部分も民族的なリサーチの紹介がかなり詳細になされていて面白い.基本はボームの「モラルの起源」に書かれている通りだ.戦争時における協力の説明とは一転して,(利他的な)罰の行使については,それが規範であることが強調されている.この一貫性のなさはやや奇妙だが,どうも著者たちは戦争時における自己犠牲的な利他行為と違反者の罰についての説明を分けて行うようなのだ.この規範から生じる連携罰の議論は第9章でなされる.このトピックについても私の論評はそこで行うことにしよう.

6.5 協力のるつぼ

本章のまとめとして著者たちは以下のようにコメントしている.

  • ホッブスの議論以降,社会秩序は国家によるリヴァイアサンによると見做されてきた.
  • しかし現生人類は登場して以降の時間の95%以上を政府なしにホッブス的な無秩序を回避し続け,それまでに存在し得なかった永続的な社会秩序をもたらしたのである.
  • この偉業は相互作用を近親者に限定することによってなされたのではない.長期的繰り返し相互作用によっても説明できない.
  • 我々は,続く3章で,一群の制度(集団内の利他成員を保護し,集団レベルの協力が生存の必須条件になるようなもの)が,特定の形式を持つ利他行動(外集団に敵対的に振る舞い,内集団の違反者に罰を与える)と共進化したことを示していく.


国家によるリヴァイアサン出現以前の時代の社会が,「偉業」と形容されるにふさわしい「永続的な社会秩序」なのかどうかについては相当に疑問だ.報復の連鎖を止めるすべなく近隣部族の襲撃におびえる暮らしの中で,(あるいは既得権力層の都合の良いように決められているかもしれない)集団規範を村八分の脅迫によって迫られ,(著者たちの説明の通りだとすると)戦争には内集団のための自己犠牲的行動を取らざるを得ない社会が,私には「偉業」だとは思えない.このあたりが本書の高橋の解説にもあった,ラディカル政治経済学者だった彼等のイデオロジカルな「中央集権的権力装置に対する反発」の表れなのだろう.


いずれにせよ,本章は先史時代のデータから見えることについての章だった.そして残りの3章で著者たちの説明の核心に入っていくことになる.



関連書籍


ボームによる狩猟採集社会の平等主義(そして規範違反者に対する罰)に関する本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20141228

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか