第10回日本人間行動進化学会参加日誌 その1

2017年のHBESJは記念すべき第10回大会,12月9日〜10日,名古屋での開催となった.名古屋では前身の研究会時代2004年に開催されており,今回が2回目になる.せっかくなので木曜日から中京入りし,松阪,伊勢神宮,サミット会場の志摩半島と伊勢志摩観光することとした.木曜日は快晴で,松阪牛をいただいた後,美しい英虞湾を堪能.金曜日はあいにくのお天気だったが,お伊勢さんにお参りしてから名古屋入りだ.

これは名物伊勢うどん.どこまでもぶよぶよの麺がなんとも言えぬ名物感を醸し出す.



学会開始前の午前中は名古屋城を訪問.戦災で焼失した後に1959年に建てられた鉄骨鉄筋コンクリート造りの現名古屋城天守閣は耐震強度等の問題から取り壊しが決定しており,入場可能なのは来年5月までだ.取り壊し後は伝統的工法で木造天守閣として再建されるそうだ.現在天守そばの本丸御殿の伝統的工法による再建が進んでおり(来年完成予定),部分的に公開されていてそちらも見てきた.襖絵の再現がなかなか見事だ.




大会初日 12月9日 その1


今回の会場は名古屋工大.ポケモンGOの聖地,鶴舞公園の隣である.小田大会実行委員長の簡単な挨拶の後早速招待講演となる.今回は日本の魚類行動生態学の第一人者,桑村哲夫の招待講演になる.桑村は魚類の性転換のリサーチャーとして有名だが,今日は擬態についての話になる.


著書として最も有名なのはこの本だろう.

性転換する魚たち―サンゴ礁の海から (岩波新書)

性転換する魚たち―サンゴ礁の海から (岩波新書)


編者としてはこのような本がある.この本では日本の魚類行動生態学の歴史と将来展望の章を執筆している.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140926

魚類行動生態学入門

魚類行動生態学入門


招待講演

掃除魚に擬態する魚―誰が騙されているのか? 桑村哲生
  • ホンソメワケベラとニセクロスジギンポは外観がそっくりで,脊椎動物で最も精巧な擬態であるといわれている.今日はまずホンソメワケベラについて話したい.
  • 私が初めてこのホンソメワケベラに出会ったのは1972年の学部4年生時代の臨海実習のときだった.潜水観察を行い,水族館でも観察した.当時は京大の霊長類研究に進路を取ろうと思っていたが,魚をやることに決めて海洋生物に進んだ.そこでは教官たちはみな無脊椎動物の専門家で,魚については好きにやってよろしいといわれて,本当に好きにやらせてもらった.


<ホンソメワケベラの性転換>

  • まずホンソメワケベラを個体識別をして社会行動を観察した.彼等は一夫多妻制で,個体差が小さいとナワバリを持ち,大きいとナワバリが重複して順位制になる.観察しているうちに彼等が雌性先熟の性転換をすることに気づいた.調べてみるとこのような性転換については,既に理論,観察とともに論文が出ていた.当時はそんなことも調べずに研究していたのだ.

(ここで典型的な性転換モデルの説明)

  • これらの研究は1983年から85年の特定領域研究「生物の適応戦略と社会行動」の成果として中島との共著で本も出せた.*1

魚類の性転換 (動物 その適応戦略と社会)

魚類の性転換 (動物 その適応戦略と社会)

  • しかし1つ気になることが残っていた.それは一夫一妻なのに雌性先熟の性転換を行っているように見えるダルマハゼの謎だ.そこで沖縄の瀬底島で野外観察を始めた.これを5年間続け,双方向性転換を発見した.他にもあるのではと探し,ホンソメワケベラも条件によっては双方転換することを見つけた.水槽実験,野外観察を重ね,これを「低密度仮説」(低密度で移動にコストがかかる場合に,偶然オス2匹になった場合には小さい方がメスに再転換する)とともに発表した.


<ホンソメワケベラの掃除共生の実態>

  • ホンソメワケベラのような掃除魚と掃除魚の前でポーズを取って掃除を促す客の魚のありようはクリーニング共生と呼ばれ,典型的な相利共生だと思われていた.しかし観察すると,ホンソメワケベラはポーズを取らない魚にも掃除をし,ポーズを取っている魚でもその体表を囓ることがある.
  • この実態についてはグラッター,ブシャリーたちによる2000年以降の研究がある.彼等の知見をまとめると以下のようになる.
  1. ホンソメワケベラは寄生虫より客の体表粘液を好む(餌選択実験,麻酔した魚の提示実験による)
  2. 体表を囓られた魚はホンソメワケベラを攻撃するかクリーニングステーションから逃げ去る.するとそうされたホンソメワケベラは次回から客の体表を囓る頻度が減る.これは罰による騙しの抑制だと解釈できる*2
  3. ペアのナワバリで,メスが客を囓るとオスがメスを攻撃することがある.また他の客がいるときには騙しは少ない.
  4. ホンソメワケベラは腹鰭で客の魚の体表をマッサージする.これをされた客はストレスホルモンが低下し,囓られても攻撃や逃走行動を起こす頻度が減少する.これはかなり印象的だ.*3
  • 要するに彼等は非常に複雑な駆け引きをやっているのだ.これらを含めてホンソメワケベラの掃除共生の実態については瀬底島でNHKの長期取材を受けており,来年には「ダーウィンが来た」で放映される予定だ.


<ニセクロスジギンポによる擬態>

  • ヴィックラーはニセクロスジギンポによる擬態について以下のように2つの機能があると説明した.
  1. 保護擬態:掃除魚に擬態して食べられにくくなる
  2. 攻撃擬態:だまされてやってきた客の鰭,体表,鱗を捕食する.
  • これらは水槽観察から得られた知見を元にした仮説だ.しかし野外ではどうか.観察すると,彼等は寄生虫は食べない,マッサージもしない,鰭囓りはまれで,ポーズをしていない魚にすることの方が多い.1982年の瀬底島の観察で彼等の主食はイバラカンザシ(ゴカイの仲間)とスズメダイの卵であることがわかった.これらの観察から私はニセクロスジギンポによる擬態は保護擬態が主体で,攻撃擬態はあっても二次的だと主張した.要するにヴィックラーも騙されていたのだ.
  • 2014年にグラッターたちがタヒチでの観察を元に論文を出した.先行研究(つまり桑村の研究)より鰭囓りの頻度は大きく,なお桑村仮説の検証が必要という結論のはっきりしないものだ.それじゃ自分で検証しようということで2014年から瀬底で季節,成長段階,地域比較の調査を断続的に行っている.
  • わかったこと
  1. 餌:イバラカンザシ(擬態は関係なさそう),ヒメジャコガイの外套膜囓り(擬態は関係なさそう),スズメダイの卵(スズメダイが激しく防衛する.集団で襲うと成功率が高い.擬態は関係なさそう),鰭囓り(魚の後ろから狙う,反撃されると逃げる,小さめの魚を狙う.ポーズする魚はあまり利用しない.これは学習を避けているのかもしれない.いずれにせよ警戒されにくいという攻撃擬態の効果はあるだろう)
  2. ポピュレーション動態:7〜8月に加入し半年で大きくなる.死亡率は高く,8月の加入直後に個体数はピークをつけて急激に減る.(ホンソメワケベラはこれより死亡率が小さい様だがきちんとした比較調査はできていない)保護擬態の効果はそれほど大きくなさそうに見える.
  3. 季節変化:夏はスズメダイの卵とイバラカンザシ.その後イバラカンザシが主要な餌になる.卵は栄養価も高いが,ハイリスク.小型個体はこのリスクを避け鰭囓りに向かう.大型個体は集団で卵を襲う.
  4. 地域比較:石垣ではヒメジャコガイが少なく,より鰭囓りが多い.これは餌生物の分布で説明できそうだ.
  • まとめると,「保護擬態の証拠は得られなかった.攻撃擬態はあるとしても小さいときのみ利用しているようだ.」ということになる.なおこれだけではタヒチのデータは説明できない.しかしタヒチではニセクロスジギンポはサンゴの白化により非常に稀になっており,追加観察は難しいようだ.グラッターに会えたので聞いてみたら,論文にある観察もたまたまできたということらしい.


現在進行中のリサーチについてデータも惜しみなく提示してくれていて,なかなか楽しい講演だった.やはり擬態は面白い.

口頭セッション1

ヒト摂食行動の社会的促進 小倉有紀子

他者がそばにいると摂食量が増えるかという問題を,ポテトチップスを被験者に食べてもらうという実験で調べたという発表.なかなか実験の詳細は面白いのだが,残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,詳細は差し控える.

道徳的な怒りと嫌悪は弁別可能な感情反応なのか? 小西直喜
  • 規範違反に対して,怒りや嫌悪が生じることはよく知られている.これは罰の重要な要因ではないかと考えられている.そしてこの場合,社会的機能として,怒りは身体的攻撃に,嫌悪は社会的排除に向かうのではないかという議論がある.片方で怒りと嫌悪は弁別不可能ではないか(同じ規範違反に対して両方が喚起され,2者間には強い相関がある)という議論もある.

本当に異なる感情なのかを調べて研究はあるが,先行研究は質問紙による自己申告制だった.今回,より客観的な心拍(心電図と容積脈波)を使って調べてみた.これは怒りは交感神経系(心拍数増加),嫌悪は副交感神経系(心拍数減少)の反応と関係があるために分別できると思われることによる.

  • 実験はまず安静時の心拍を計測し,規範違反刺激を提示して再計測,さらに質問紙で確認するという形で行った.また規範違反シナリオは被害者への共感が喚起されるのを避けるために明確な被害者がいないものとし,怒り喚起しそうなもの7通り,嫌悪喚起しそうなもの7通りを用いた.
  • 結果,質問紙によると怒りと嫌悪には正の相関があり,道徳判断との差は見られなかったが,心拍変化は怒りシナリオと嫌悪シナリオで明確に異なり,また回避行動に対しても差があった.これは両感情が異なるものであり,それに基づく罰も異なるものになることを示唆している.


怒りと嫌悪は違うというのは納得できる話だ.質疑応答では,嫌悪シナリオとして提示されていたもの(例:蝉を解剖する)が本当に道徳違反なのかなどが議論されていた.

2者のリスクモニタリング状況における協力的な分業の創発:認知;行動実験による検討 黒田起吏
  • ヒトのような社会性生物は,互いの利害が相反する場合がある.その典型例は集団採餌をする際の見張りの問題だ.これは他者に見張りをさせて自分は見張りのコストを負担しないというフリーライダーの問題となる.このようなゲーム構造はproducer-scrounger gameと呼ばれる.
  • このゲームの合理解は混合戦略(確率pで協力し,確率(1-p)で非協力する)になることが知られている.しかしこの戦略では(見張りばっかりになったり採餌ばっかりになったりして)パレート最適からの逸脱が生じうることになる.
  • 安定させる1つの方法は見張りの交替になる.しかしこれには相手がいつ見張りをするかを相互予期して調整することが必要になる.今回はこの交替が発現するかどうかを認知行動実験により調べた.
  • 80名を対象に2名1ペアでトレジャーハント課題を行う.見張りコストは△10,採餌する場合には捕食者が50%の確率で出現し,採餌できれば+60,捕食されれば△60,片方が見張りなら確率P%(Pは低リスク条件80;高リスク条件30)で捕食を回避できる.
  • 結果:見張りを選ぶ確率は高リスク条件で50%,低リスク条件46%で差が無かった.交代現象は高リスク条件では現れず,低リスク条件ではペアにより現れたり現れなかったりのばらつきが見られた.
  • 低リスク条件においては交替の有無を巡って瞳孔反応や皮膚電流などで情動反応が生じる.
  • これはリスク状況が分業の創発を調整することを示している,


低リスクというのは見張りの有効性が高い状況なので,より相利的になれるはずの交替に向けての期待が高く,それを巡って情動反応が強く現れるということだろうか.そもそも相利的協力は,そうした方が明らかに有利でありジレンマもない状況なので,熟慮的な判断でも可能だということでもあるだろう.もっとも実際にヒトにおいては直接会話によりこの調整は容易なのではないかという気もするところだ.


以上で第1回口頭発表は終了だ.


これは学会前の昼食にいただいた「元祖味噌カツ丼」を掲げる「味処 叶」の味噌カツ丼(葱トッピング追加)だ.濃厚な八丁味噌が柔らかなトンカツに良くマッチしているいかにも名古屋のB級グルメだ.

*1:なおこの表紙カバーの絵はクマノミだが,初版では出版社が勝手にコイの絵を使ってしまって,さすがに性転換しないコイはまずいだろうということで変更してもらったそうだ

*2:これが利他罰になるのかどうかについては触れられなかった

*3:これはホンソメワケベラによる一方的な操作のようだが,客の魚になぜ対抗進化が生じていないのかについての解説はなかった.