Enlightenment Now その32

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第12章 安全 その3

  
安全についてのピンカーの解説は最後に地震その他の自然災害も取り扱う.
 

  • 人類の努力は法律家のいうところのいわゆる「Act fo God:神の行い」*1,自然災害の被害も和らげうるのだろうか.答えはイエスだ.

(1900年から2015年までの10万人あたりの世界における自然災害による死亡の推移が示されている.1900~1920年まではやや低くて5人程度だが,1920年代に25人以上に跳ね上がり,そこから徐々に下がってきて1970年代からは3人,1990年からは1人程度になっている.ソースはOne World in Data)

  • 世界大戦とインフルエンザ禍に襲われた1910年代が奇跡的に低くなっているが,そこから死亡率は跳ね上がり,ゆっくり下がってきている.これは自然災害自体が減少したからではない.経済的な富と技術が災害による被害を抑えることができるためにこうなっているのだ.建物の耐震性,貯水設備,堤防,ダム,などが災害による被害を抑えてきた.そして豊かな社会は,救助や早期警戒システムも構築できる.
  • 今日自然災害に最も弱いのは貧困国だ.2010年のハイチの地震では20万人が亡くなった.同時期のより強いチリでの地震の死者は500人に過ぎない.よいニュースは貧困国も徐々に豊かになりつつあるということだ.今日の貧困国の死亡率は1970年代に先進国のそれより低くなっている.

 

  • 最も「神の行い」という言葉にふさわしい落雷はどうだろうか.

(1900年から2015年までの10万人あたりのアメリカの落雷による死亡の推移が示されている.1900~1920年に5人程度だったのが,1945年ぐらいから大きく下がり始め,近年は0.2人以下になっている.ソースはOne World in Data)

  • 都市化,天気予報の精度向上,安全教育,医療技術の進歩によりアメリカ人の落雷による死亡はこの期間で1/37に減っている.

 
 

  • 毎日の危険に関する人類の征服物語はあまり評価されていない進歩だ.しかし自然災害は,(最大規模のものを除けば)戦争より多くの人を殺す.私たちはそれをモラルの観点からあまり考えない.事故は起こるのだとよくいわれる,
  • 自動車を快適なスピードで運転する便利さと百万人の死の間にあるジレンマに直面したことはあるだろうか.そういう人は少ないだろう.しかしそれは実に巨大な選択なのだ.
  • 人々は自分が被害者でない限り,事故や自然災害を残虐非道なものだとは考えない.安全の向上をモラルの問題とは見ない.しかし何百万人もの命を助け巨大な苦しみを減らすことは,祝福すべき偉業であり,説明が必要だ.
  • ほかの進歩と同じく,安全向上は何人かのヒーローによって上昇させられている,しかしそれは同じく草の根運動家,パターナリズム議員たち,発明家,エンジニア,政策研究者,統計家たちなどの多くの人による同じ方向に向けた少しずつの努力の集積によっているのだ.時にフォルスアラームやおせっかい行政にいらつかせられはしても,私たちはこれらに大きな恩恵を受けている.
  • シートベルトや火災報知器は啓蒙主義として取り上げられることは少ないが,それは啓蒙主義の深いテーマに関連する.誰が死に,誰が生き残るかは運命によって決まっているのではない.それは人の知識と努力によって決まるのだ.世界がより理解できると命はより貴重になるのだ.


この安全に関する章は東日本大震災を経て,また今年多くの自然災害を目撃することになった私たちにはいかにも身にしみる部分だ.確かに安全は過去の人々の多くの努力,そして自然の理解と技術の進展の上に築かれている.それをきちんと受け止め,さらに一層の向上を図っていくべきなのだろう.

*1:英米圏で自然災害をこう呼ぶようだ.そしてこれは英米法における契約の履行義務の免責要件となっており,法律家が頻繁に言及する用語になっているらしい