第11回日本人間行動進化学会(HBESJ KOCHI)参加日誌 その1

本年のHBESJは高知工科大学.本学会が四国に上陸するのは初めてである.せっかく四国まで行くので,少し余裕を持って前日夕方に高知入り.空港の名前は龍馬空港,幕末の志士にインスパイアされる気分だ.

f:id:shorebird:20181204193924j:plain
はりまや橋近辺のホテルにチェックインして早速鰹のたたきを賞味.天気も良く,翌日,大会初日の朝には高知城公園を散策.山内一豊,千代,板垣退助の銅像にご対面.城郭はちょうど紅葉の盛りで美しく色づいて,江戸初期の荒々しい石積みとともにいい雰囲気だった.

f:id:shorebird:20181204191358j:plain

その後高知B級グルメ一押しの鍋焼きラーメンの昼食を頂き,午後一で高知工科大学入り.


f:id:shorebird:20181204193955j:plain

 

大会初日 12月1日 その1

 
簡単な開会挨拶のあと,早速口頭発表の開始.
 

口頭発表 1

社会情報は偏見に基づく推定バイアスを低減できるか?:情報カスケード実験による検討 金恵璘

 

  • ヒトは社会的な動物だ.社会的学習を行い,多数派同調し,遺伝子と文化の共進化も観察できる.ダンバーはヒトでは噂話がグルーミングの役割を果たしていると論じた.
  • 片方で現代の社会生活は,オンラインにますます依存するようになっている.このことは個人の意思決定やグループの意思決定にどのような影響を与えるのだろうか.これまでの社会学では集団の意思決定について機械的に集計して統計的にのみ考えていたが,それでは十分ではないかもしれない.現代社会ではインタラクティブな意思決定が行われており,特徴としては(1)人々が逐次的に意思決定すること(2)解の自明性がない(どちらが正しいかすぐにはわからない)ような問題の意思決定がより問題になることだ.このような意思決定を分析するには情報カスケードモデルが有効だと考えられる.
  • この問題については以下のような先行研究がある.
  • 真値があるが,ただちにはわからないような問題(ヒトの細胞総数は?など)を用いて,被験者に,まず推定値を答えてもらい,次に先立つ3人の推定の平均値を教えて,再度推定してもらうという課題を与え,それを30人に逐次的に行う(最初の被験者には正解から一定範囲内でランダムな数値を与える).この結果パフォーマンスは良くなり(逐次的な推定の方が,最初の個人的推定より真値に近い),集合知が生まれた.
  • ここで現代では政治的意見の分断が問題になっているという問題意識から,先行研究と同じ中立的な設問に加えて,分断の生じやすい設問(在日朝鮮人の犯罪数など)を混ぜたときにどうなるかを161人を使って調べた.
  • 結果は中立設問も分断設問もパフォーマンスは向上したが,向上の程度は分断設問の方が低いというものだった.
  • 次に先立つ意見に中に人工的なBot(真値から一定範囲でランダムな数値を答える)を入れてどうなるかをみた.すると中立的設問ではあまり影響がでないが,政治的問題ではBotがある方が(そして真値に対する誤差の幅の小さなBotである方が)パフォーマンスが向上した.
  • 同調度を定義して分析すると,人々は中立的な問題よりも政治的な問題でより社会情報への同調度が高くなっていた.

 

  • なぜこのような結果になるのだろうか.
  • 政治的設問でもパフォーマンスは向上するので,社会情報でバイアスを縮小させることができると考えられるが,ゆがんだ情報であれば逆になる可能性もある.今後調べていきたい.
  • なぜ政治的設問の方がBotに影響されるのかは明らかではない.
  • 社会的情報はある意味諸刃の剣であり,コンテンツフリーではないのだろう.

 
 
人工的なBotの介入というアイデアはおもしろい.
直感的には政治的な設問の方が,極端な意見やフェイクが多くなるのでより懐疑的になりそうに思われる.だからそのために向上幅が小さくなるのだろう.
Botを混ぜた場合に政治的設問の方が向上幅が高くなるのは,元々の人々の意見の幅が大きかったからということなのだろうか.大変興味深い結果だが,詳細はちょっとよくわからなかった.
 
 

Speed–accuracy tradeoff 状況における二者の意思決定プロセス 黒田起吏

 

  • Speed–accuracy tradeoffというのは解答のために時間を使うほど解答が正確になるが,正答時の報酬が少なくなるというトレードオフ状況を言う.これまでのSpeed–accuracy tradeoff研究は主に単独個人について行われてきた.しかし人々は社会情報を利用している.実際に集合的に-Speed–accuracy tradeoff問題を解決することが群居性の動物(魚,アリ,ミツバチ)で示されている.
  • ここでヒトが社会情報を用いてこのSpeed–accuracy tradeoff課題を解決するのかどうかを調べた.課題はランダムドット課題で,その中のいくつかの点が左右のどちらかに動いているのでその動きを解答してもらう.時間とともに正確になるように左右に動く点は時間とともに階段状に増える(この関数形は被験者には教示しない).またSpeed–accuracy tradeoffの最適解が途中のどこかの時点になるように,報酬カーブは上に凸になって時間とともに逓減する(このカーブの形は被験者に教示する).
  • この課題を単独で行う場合とペアで行う場合を比較する.ペアの場合には先に答えた解答が後手の被験者の画面に表示される.
  • 結果:後手は先手の解答に影響され,より素早く先手と同じ解答を行う傾向が見られた.しかし報酬額は上昇しなかった.つまりうまくSpeed–accuracy tradeoff課題を集合的に扱えなかったということになる.
  • プロセスを見ると,後手が社会情報によって速く解答するだけでなく先手も素速く解答するようになっていた.ドリフトディフュージョン分析を行うと,ドリフト方向自体には変化が無く(知覚は変化せず)先手の解答に至る閾値がせばまっていた(自信が無くとも速く解答すようになった).
  • なぜこうなるのかはわかっていない.何らかの速く答えたいという情動が高まるのかもしれない.今後の課題だ.


なかなかおもしろい実験だ.なぜ先手も焦るようになるのだろうか.ゲームの利得を離れてとにかく先に答えたいという(あまり合理的でない)情動が生まれるのだろうか.
 

血縁淘汰は学習への投資を増大させるか? 大槻久

 

  • 文化はヒトの適応度成分の大きな部分を占めている.特に累積的な文化蓄積が重要だ(打製石器から磨製石器へ,電子や半導体の知識からコンピュータへなどの例が示される).
  • ではこのような累積はどのように生じるのか.それは過去からの蓄積をまず学び(教科書の学習),さらに誰かが試行錯誤して新しいものを付け加えていくこと(研究)によるはずだ.ここでは前者を社会学習,後者を個人学習と名付ける.
  • ではこの個人学習は適応度を高める戦略なのか.先行研究によると個人学習と繁殖にはトレードオフがあり,繁殖のみへの投資が進化することがモデルにより示されている.これは個人学習のコストはその個人にかかり,成果は学習により他者にも分け与えられる(つまり一種の利他行動である)ことによる.自由に斜行伝達があるなら,この社会的ジレンマは解決できない.社会学習のみして,あとはフリーライドして繁殖時間を増やす方が有利になるのだ.
  • ではこの利他行動の進化を血縁淘汰から説明できるだろうか.で,そのモデルを組んでみた.
  • 斜行伝達(非血縁者への伝達)と垂直伝達(血縁者への伝達)のみを考える.個人はまず社会学習してスキルを上げ(上がり方は逓減する),次に個人学習してさらにスキルを上げる(ここは線形に上がる).そしてその上がったスキル状態で残りの人生を繁殖に当てる.血縁淘汰を入れ込むため,斜行伝達の制限として,遺伝親から学ぶ確率qを導入する.
  • モデルを回すと,q=1 なら確かに累積的な文化蓄積が可能だが,qがわずかでも1を下回るととたんに累積は非常に困難になる.
  • 実際の狩猟採集民族の観測によるとアカ族では0.8程度,チナレ族では0.5程度だった.これだと累積程度はそれぞれ5人分,2人分程度にしかならない.
  • しかし実際には累積的な文化蓄積は生じている.何かが見落とされているのだ.そこで先史時代にはバンドを組んでいたことを再現すべく分集団モデルを作ってみた.しかし結果は同じだった.分集団が非常に小さく,血縁度がほとんど1にならない限り高い文化蓄積は不可能なのだ.
  • ということでこの発表はネガティブリザルトの報告だ.ヒトの実際の学習は一子相伝にはなっていない.学習と繁殖のトレードオフは(厳密ではないとしても)必ずあるはずだ.
  • この謎の解決には学習に別のメリットがある(女性にもてるとか)などの説明が必要になるだろう.


<質疑応答>

  • Q: 属する集団が有利になると言うことでは説明できないのか
  • A: できないと思う.属するグループが有利になってもグループ内には競争があり,フリーライドの問題は避けられない.
  • Q: 平行伝達があるとどうなるのか
  • A: 結局非血縁者にメリットがいくので同じ結果になるだろう.

 
 
衝撃的におもしろい謎の提示発表だった.考えてみれば確かに人類のために何かを発明する努力をするのは典型的な利他行動であり,フリーライダーが有利になりそうだ.血縁淘汰とマルチレベル淘汰は数理的に同じなので,分集団モデルの結果も納得できる.私の今の感想は以下の通り.

  • この難しさから実際に狩猟採集時代にはあまり文化の累積が生じなかったとも考えられる.確かにいろいろな石器に累積的な進歩は見られるが,どちらかと言えばそれほどリソースを要しない程度の思いつきや工夫が累積しただけかもしれない.
  • 狩猟採集時代には,まさにジェフリー・ミラーが主張するようにブリリアントな発明家には異性からもてるという利益はあったかもしれない.それでまかなえる範囲でのみ文化累積できたのであれほど進歩が遅かったのかもしれない.
  • そこからテイクオフするには,まず分業により誰かに試行錯誤させて,彼には報酬を皆で払うという仕組みの成立が必要だったのではないか.これは相利的な状況として血縁淘汰やマルチレベル淘汰なしで説明可能だ.ある集団がそういう制度を持つと,その集団及びその成員個人個人にとって有利になり,さらに(文化進化的な意味での)そのような文化も有利になっただろう.これは農業革命以降だったのかもしれない.そして文字の発明による社会学習の累積の容易性が加わって爆発的な文化の累積が可能になったのだろう.

これらは皆単なる憶測だが,この謎を解決する研究が進むことを大いに期待したい.


休息を挟んで招待講演.講演者は「すごい進化」の鈴木紀之.人間行動進化と関連の深い行動生態学の研究者で,最近高知大学に赴任してきているということで今回の招待につながったとのこと.
 

招待講演

求愛のエラーの原因と結末:繁殖干渉の進化生態学 鈴木紀之

 

  • 高知の浜にも海岸に野菊が咲く.野菊には近縁の2種類があって,花序の外側の白い花弁のはっきりしているノジギクとそれが縮小してしまっているシオギクになる.(ここで詰んできたシオギクを会場に回すというパフォーマンス)
  • この両種は分布域がほとんど重ならず,高知市の東の小さな川を境に東西にきれいに分布域が分かれている.接しているところにのみ雑種が見つかることがある.このような場合伝統的な生態学では,気温や降水量などの要因で説明することを好む.しかしこの両地域は気候も土壌などのほかの環境要因にも大差はない.小さな川が分散障壁になるとも思えない.私はこのような場合の多くは繁殖干渉で説明できるのではないかと思っている.これは単に相手がいるから入り込めないという説明になる.

 

  • 繁殖干渉とは繁殖のプロセスにかかる負の相互作用と定義され,雑種形成や交尾に至っていなくともよい.これから繁殖干渉に関していくつか説明していきたい.

 
<エラーの存在>

  • これまでの通説は生殖隔離の強化を適応的に説明しようとしてきた.エラーがない方が有利になるなら無くなるはずだという考え方になる.
  • しかし適応主義的に説明できる繁殖隔離の強化は思ったよりレアな現象だと言うことがわかってきた.
  • これはなぜか.オスにとっては交尾相手のエラーのコストは小さく,交尾機会を逃すコストは大きい.だからエラーマネジメント理論から考えると,ある程度エラーが生じる形で閾値を設定するはず(その方が適応的)になるからだ.

 
<ヒヤリハット>

  • ちょうどヒヤリハットと同じで,1個の雑種の産出の背後にはかなり多くの種間交尾があり,その背後にはさらに多くの交尾の試みがあり,さらにその背後にさらに多大なメスへの接近や追跡があると考えられる.だから表面上に見えるよりはるかに繁殖干渉のコストは大きいと考えられる.

 
<非対称>

  • 繁殖干渉は両種で対照的な場合もあるが,しばしば非対称で片方の種にとっては大きなコストだが,もう片方にとっては大したことがないということが生じる.これは繁殖の生理にかかるちょっとしたことや,種認識のちょっとした仕組みによってそうなることがある.この非対称が非常に大きいようなケースもよくある(アズキマメゾウムシとヨツモンマメゾウムシのケースの紹介).

<エラーの結末>

  • (ここで「すごい進化」で紹介されているナミテントウとクリサキテントウのケースの紹介がある)クリサキは本来どのアブラムシでも食べられるが,繁殖干渉で一方的に不利なので,ナミのいる場所には入り込めずに,捕食の難しいマツオオアブラムシに特化していると考えられる.
  • ギフチョウとヒメギフチョウは本州で側所分布しているが,これも要因としては繁殖干渉がもっともうまく説明できる.
  • タバココナジラミやセイヨウタンポポなど数年で在来種を駆逐してしまうような外来種が存在する.天敵の有無による説明もあるが,繁殖干渉で一方的に有利だとする方がうまく説明できるだろう.
  • 逆に繁殖干渉がないと,かなりニッチ的に似ていても同所分布可能だ.同じアブラムシを捕食するジェネラリストでも,ダンダラテントウ,ナナホシテントウなどはナミテントウと同所分布できる.これらは属のレベルで異なっていてあまり繁殖干渉を受けないと考えられる.(同じくアブラムシ捕食ジェネラリストである)クサカゲロウやヒラタアブなども同所分布できる.

 
<霊長類について>

  • 私は昆虫の研究者だが,繁殖干渉はかなり一般的な原理に基づく現象であり,霊長類にも当てはまるのではないかと思う.たとえばチンパンジーとゴリラは同所分布しているが,チンパンジーとボノボはコンゴ川を挟んで分布域が分かれている.このチンパンジーとボノボの分布は通常は地理的障壁で説明されているが,長い年月を考えれば行き来できないとは思えず,実際に遺伝子レベルでは流入がある.だからこれも繁殖干渉の結果の可能性がある.
  • さらに想像を膨らませると,ヒトとネアンデルタールについても,この急速な交代劇の背景には繁殖干渉がある可能性があるのではないか.
  • 興味のある人には拙著「すごい進化」さらに最近でた「繁殖干渉」をおすすめしたい.

 
 
繁殖干渉について楽しい講演だった.最後の霊長類やヒトについてのコメントも本学会にふさわしいテーマでかつ刺激的でおもしろかった.


関連書籍

すごい進化.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170622/1498135500

すごい進化 - 「一見すると不合理」の謎を解く (中公新書)

すごい進化 - 「一見すると不合理」の謎を解く (中公新書)



繁殖干渉.現在購入して読み始め中.

繁殖干渉―理論と実態―

繁殖干渉―理論と実態―


 

f:id:shorebird:20181204191322j:plain
はりまや橋