第11回日本人間行動進化学会(HBESJ KOCHI)参加日誌 その3

大会2日目 12月2日 その1

 
二日目の12月2日は日曜日ということで大会の前に高知名物の日曜市を覗いてきた.なかなか楽しい.

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大会二日目は口頭発表セッション中心.
 

口頭セッション 2

 

子どもはいつから,どんなうわさを信じるのか:5, 7 歳児におけるポジティブ・ネガティブなうわさの利用の検討 篠原亜佐美
  • 子供はいつ頃から噂を利用してた者と選択的に関わるようになるのだろうか.これを5歳児と7歳児をつかってポジティブな噂,ネガティブな噂について調べた.
  • 先行研究では,直接観察した事柄については2歳頃から他者との選択的な関わり(好ましい相手にはより資源を分配する)に利用していることが示されている.
  • しかし他者の情報はいつでも観察できるわけではない.成人では噂に基づいて選択的に行動していることが知られている.しかしこのことの発達過程は明らかになっていない.今回ここを調べたもの.

 

  • 5歳児32人,7歳児32人を用い,子供にパペットが出演する動画を見せ,その後プレゼント贈与課題をやってもらう.動画には(対象パペットの行動を)直接観察できるもの,ポジティブ,ネガティブな噂を聞くことができるもの,中立的な噂を聞くことができるものがある.プレゼント贈与課題は向社会行動をみるためのもので,シールを贈与するもので,シール1枚,数枚,たくさんの3つの箱があり,どれを対象パペットにあげるかを聞く.さらに他者の信頼度をみるためにこの3つの箱を3体のパペットに持たせ誰からもらいたいかを聞く.

 

  • 結果
  • まず直接観察とポジティブ噂と中立噂を比較した.5歳児ではどちらの課題にも条件間で有意差はなかった.7歳児では信頼課題についてポジティブ噂を利用していることが示された.(向社会課題では有意差はなかった)
  • 5歳児が噂を利用しないことについては情報価が影響する可能性があると考えて,ネガティブ噂条件も加えて再実験した.
  • すると5歳児はポジティブ噂は使わないが,ネガティブ噂は向社会課題に利用することがわかった.(信頼課題には有意差なし)7歳児はネガティブ噂を向社会,信頼の両課題に利用した.

 

  • 発達はまずネガティブ噂から利用を始めると考えられる.まず悪い他者との関わりを避けようとし,利益が得られる可能性がある場面の利用はそのあとに発達するようだ.
  • 今後は実社会での観察,複数人の噂について広げていきたい.

 
 
まず悪口から注目するというのは,いわれてみれば成人であっても悪い噂の方をより注目するという意味では同じなのかもしれない.質疑応答ではこの課題が向社会や信頼をうまくとらえているかあたりのところが議論されていた.
 
 

人間のお産において児頭が娩出したら即座に体幹を娩出させることは必要か? Two-step delivery における難産,新生児仮死の前方視的観察研究 菱川賢志

 
昨年に引き続いて進化産科学を志向する現役医師からの発表.今回は分娩における介助の問題.
 

  • 昨年は不安が分娩に与える影響について発表をさせてもらった.このテーマについて論文を書き,いろいろな雑誌からリジェクトを喰らいながらようやくある雑誌にアクセプトされた.第一歩を踏み出せたと考えている.
  • 今回は分娩介助について.現在一般的には赤ちゃんの頭がのぞいたら,そこから圧をかけて引っ張り出すという介助が行われている.

(ここで迫力ある分娩場面の動画が紹介される)

  • これは(特に根拠無く)そうしないと赤ちゃんに重大な障害が残るリスクがあると信じられているからだ.
  • しかし考えてみると,進化的にはこのような介助はごく新しいものではないか,そのような引っ張り出し介助が無くても正常に分娩できるのではないかと思われる.
  • そこで我々(湘南鎌倉バースクリニック)はTwo-Step Deliveryシステムを導入した.これは頭が覗いても引っ張ったりせずに次の陣痛を待ち,自然に排出されるようにするものだ.

 

  • 我々はこの方が自然ではないかと思うが,ほとんど研究されていない.そこで倫理委員会をきちんと通した後に,ごく健康で問題ない妊婦さんたちを対象にこのシステムでの分娩を行い,(根拠無く恐れられているような難産や仮死状態が頻発するのか観察し)結果をまとめた.
  • 次の陣痛までの待機時間は86±69秒.250例の内仮死状態2(内1は軽症)蘇生措置21(内18は軽症)と非常に低く,恐れられていたような悪影響はなかった.
  • この取り組みにはメリットがある.現行の介助だと,頭をつかんで引っ張るために赤ちゃんの肩に強い力が加わる.また口腔や肺からの排水もうまくいかないリスクがある.これにより骨折や呼吸障害の可能性があると思われる.これに対してTwo-Step Deliveryでは,子宮全体が収縮してむら無く押し出される形になるのでリスクを下げられると考えている.

 

  • ではこのような分娩介助はいつから行われているのだろうか.まずヒト以外には分娩介助は知られていない.ヒトにおいても文化により多様で,介助の無い文化もある.歴史上最古の記録は中国におけるB. C. 12の女医による介助だが,おそらくそれ以前からあるのだろう.知識と知識伝承がキーになるので文化ビッグバンの後ではないかと考えている.最初は出にくい例に対してなんとはしようとして始まったものがそのまま根拠無く広がったのではないだろうか.

 

  • ともかくも導入して,検証し,(根拠無く信じられていたような)重大な障害が残るというようなことがないことは確認できた.進化的にはTwo-Step Deliveryの方が適応的なのだろう.

 
 
質疑応答としては,やはり,普通の介助の場合とTwo-Step Deliveryの場合の数字の比較がないことあたりに集中した.確かにここが示されていないので隔靴掻痒の感は否めない.発表者からは,このあたりについてきちんとコントロールした数字を出すのは実務的にはなかなか難しいのだという説明だった.
また発表者からは霊長類の例についての知見も知りたいということだった.サルやチンパンジーの観察例では母親が自分で引きずり出したという報告もあるそうだ.
 
普段なかなか聞くことのない話で大変面白かった.
 
 

孤独感が温かい・有能な顔への自動的注意に与える影響―アイトラッキングによる検証 齊藤俊樹

 

  • 人生の中で,いつ自分にとって(協力者や有力者などの)重要な他者と出会えるかは基本的に予測できない.だから周りに重要な人物がいないかどうかについては,自動的に検出して情報処理できるようになっているのではないか(その方が適応的だ)と思われる.これは自動的注意(意図的な注意を自動的に切り替える)として働くだろう.
  • また他者との出会いの重要性は自分の状態にも依存するだろう.孤独感は罹患率や死亡率と相関しており,孤独感を感じているときには他者とつながることがより重要になるだろう.
  • この2つをあわせて考えると,孤独感を感じているときにはより他者とつながりを持とうとして自動的注意が働くことが予想される.
  • 次に対人印象は大きく(有能性と暖かみの)2軸で表すことが可能で,これは一瞬で判断する自動的なものだということが知られている.
  • この自動対人評価と自動的注意の関係はどうなっているのだろうか.孤独感を感じているときにはより優しそうな人に注意が向くのだろうか.

 

  • ここで仮説を二つ立てて検証することにした.
  • 仮説1:他者への自動的注意は孤独感の高いときに増加する.
  • 仮説2:孤独感と対人印象には交互作用がある.

 

  • 検証にはアイトラッキングを用いた.まず質問紙で被験者の孤独感を測定する.次に対象の顔の印象を事前判定してもらう.このデータに基づき被験者ごとに同じような暖かみと有能性の評価になるような顔をカスタマイズ生成する.
  • ここで画面の上下の写真の同一性を判断するフィラー課題をやってもらう.その際に両脇に顔画像を表示し,そこを見に行くかどうかをアイトラッキングで調べる(自動的注意の測定).
  • データをGLMMで解析した結果.
  • 孤独感は自動的注意を高めるか→有意差なし.
  • 交互作用は確認された.孤独感が高いとより暖かみのある顔を,孤独感が低いとより有能な顔を見るようになる傾向が有意だった.前者は社会的なつながりを得ようとする動機,後者はステータス形成動機と関連していると考えられる.

 
 
寂しいときには人とのつながりを求めるが,誰でもいいわけではなくより優しそうな人への注目が高まるという結果は何となくわかるが,そもそもこの対人印象というのはどのぐらい信頼できるのかというあたりがちょっと気になった.
 
 
ここで口頭発表2が終了.ここからポスター発表の第2部.昨日聞きそびれたポスターの発表を聞いている内に午前の部が終了.
 
 

昼食に帯屋町まで戻ってレストランを物色していると讃岐うどん屋を発見.同じ四国だからと入ってみたら大当たり.東京ではなかなか食べられない美味しいいりこだしのうどんをいただいた.
 
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総会

午後一は総会.ここまで広島,神戸,葉山,金沢,名古屋,高知と地方巡業が続いていたが,来年のHBESJは久しぶりに東京に戻って明治学院大学ということだ.(葉山は首都圏としても4年ぶりの首都圏開催になる)
 
 
続いて午後の部,午後は口頭発表セッションが2つになる.

口頭発表 3

 

協力と罰の共進化をもたらす罰に対する感受性に関する理論的検討 土田修平

 

  • ヒトは大規模な協力を行っているが,ここには社会的ジレンマの問題がある.なぜヒトにおいては大きな協力ができるように進化できたのだろうか.
  • これについては血縁淘汰や直接互恵性や間接互恵性の説明があるが,このほかに「罰」があると協力が起きやすいということが知られている.しかし「罰」についてはそれ自体が利他的行動でありコストの問題があり,単純に進化するのは困難とされている.
  • ただし理論的な研究からは「ある要因」があれば比較的容易に罰が進化できることがわかっている.それは「罰に対する感受性」だ.一度でも罰を受けると永続的に協力するという前提があれば,協力は容易に進化可能だ.

 

  • そこで,本研究では,「罰の感受性」自体が進化できるかどうかを進化シミュレーションで調べた.
  • まず前提となる「罰に対する感受性があれば協力が進化可能」ということを公共財ゲームのシミュレーションで確かめる.罰あり公共財ゲームでの協力,裏切りをC, Dとし,罰ステージでの罰行使,罰非行使をP, Nとする.この戦略の組み合わせを進化ゲームにして(b, c, p,qをうまく選ぶ;pは罰コスト,qは罰の効果)シミュレーションすると,感受性なしではほぼDN, 一部CNという形(DNとCNの頻度依存共存)で推移する.感受性が高いとDN, DPはほぼ頻度0になり,CPとCNが頻度依存的に共存する.つまり感受性が高いと協力が進化できる.

 

  • では罰の感受性自体は進化するのだろうか.
  • ここで非協力の罰コストと協力のコストを見極めて行動する合理的な非協力者をモデル化する.そして罰感受性パラメータαを導入する.この合理的非協力者はc-b/n<αqpなら協力する.
  • 初期値α=0,全員DN,突然変異率μ=0.01とする.
  • すると200世代をすぎたところからDNの比率がぐっと下がり,最終的にCNとCPが共存する形になる.αは上昇し,0.3程度で安定する.

 

  • ただしこれだけでは αの上昇が浮動によるものかもしれないので,α=0の集団の中にα=0+εの個体が進入可能かどうかを調べた.その結果,αが0.05程度までは浮動的な挙動だが,それを越えるとしっかり淘汰がかかることが確認できた.

 

  • 以上のことから罰の感受性は浮動で一定程度まで上昇すれば後は適応として進化可能であり,協力の進化へ結びついた可能性があると考える.


<質疑応答>

  • 大槻 この罰の感受性には認知コストがかかると思うが,それについてはどう考えているか
  • それはモデルに入れていない.
  • 長谷川眞理子 このシミュレーションでCPとCNが混在する結果になっているが,これは罰の行使コストに関してはフリーライドになっているということか
  • そうだ.2次のジレンマを解決できているわけではない.

 
 
罰についていろいろ議論されてきた背景を考えると,これまでこのようなシミュレーションがなされていないこと自体不思議だ.もしかしたらとても重要なシミュレーションである気もするが,しかし何故フリーライドしているCNがどんどん増えて,そこにDが生まれて崩壊してしまわないのかのところがよく理解できなかった.うまく突然変異とのバランスがとれているということなのだろうか.お勉強しなければ.
 
 

2種類の適応課題に応じた内集団協力-野球ファンを対象とした1回限りの囚人のジレンマゲーム- 中川裕美

 
おなじみ修道大学チームによる広島カープファンを用いた研究の続編.
 

  • 野球は人々を熱狂的にする.広島カープファンはその典型例で,シーズンチケット発売時には2日前から泊まり込み行列用のテントが並ぶ.(画像紹介)
  • このような熱狂的ファン同士には協力が生じることが知られている.先行研究ではこのような内集団協力は直接互恵性への期待に基づくものではないかというモデルだった.
  • 確かにファン同士ではそのような期待はあり得る.(ここで広島ガスによるそのような応酬性を強調したコマーシャルを紹介)
  • しかしあれほどの熱狂は,他チームを敵視し,対外的な脅威に対する協力を生み出している可能性もある.これは外集団からの脅威に対して即時的に協力が生まれるもので,カテゴリーベースの協力と呼ばれる.

 

  • どちらが働いているのだろうか.これは協力するかどうかの知識ベースをコントロールして調べることができる.双方ともカープファンであると知っている場合にはどちらの協力も働くが,相手がカープファンであることはわかるが自分がカープファンであることをあいて走らないという場合には互恵性協力は抑えられ,カテゴリーベース協力のみが効くはずだ.
  • 2015年の研究では場面想定法のアンケートにより双方が効いていることを確かめた.

 

  • 本研究は一回限りの囚人ジレンマゲームをつかって調べたものになる.一回限りの囚人ジレンマでは利得が問題になり,外集団からの脅威はないので,互恵性協力のみが現れると予想した.

 

  • 結果は微妙なもので,一方的知識条件でも中間程度の協力が現れた.互恵性だけでなくカテゴリーベース協力も効いていると判断される.カープファンだけでは偏ると考え,さらに神戸でも同様な実験を行ったが,結果はやはり双方ともに効いているというものになった.
  • なぜこうなるのかについては今後の課題になる.

 
 
<質疑応答>

  • 野球ファン同士で本当に外集団脅威ということになるのか
  • チーム同士はペナントを激しく争っているので,脅威はあるだろうという前提をおいている.

 

  • 性差はあったか
  • 女性は互恵性協力の方が強い傾向があり,男性はばらついているという印象だった.

 
予想通りの結果が出ずにいかにも残念という発表.神戸で調べたということだが,阪神だったのかオリックスだったのかにはコメントがなかった.両者で違うとまた面白い気がする.
 
 

アルギニンヴァソプレシンによる防衛的な攻撃行動の促進 河田淳

 
ポーカーフェイスで迫力の発表.
 

  • ヒトにおいては防衛的に先制攻撃を行うということがよく見られる.(外国の街角で,怪しく寄ってきたごろつきにいきなりパンチを見舞うごろつきの動画が紹介される)
  • このようなありふれた攻撃はヴァソプレシンに調整されていると考えられている.
  • ヴァソプレシンは進化的に古い物質で,元々は尿の再吸収機能に関連していたと考えられているが,多くの動物ではナワバリ防衛や性衝動とも関連していることが知られている.
  • なぜだろうか.おそらく(哺乳類などの)動物においては尿で情報伝達を行っており,その中にナワバリ宣言的な情報が含まれていたからだろう.そしてそれがさらに攻撃に外適応したのだと思われる.

 

  • ではこれはヒトにも当てはまるのか.また集団レベルの防衛にも関連しているのか.
  • この2つについて経済ゲームを行って検証した.
  • 122人(男性58名,女性64名)の大学生を使い,ヴァソプレシンスプレー条件と生理的食塩水スプレー条件で統制し,1対1,2対2(ともに,作戦を考えるあるいは話し合う時間が3分与えられる)で先制攻撃ゲームをしてもらう.先制攻撃ゲームは手持ち3000円で,双方攻撃なしだとそのまま残るが,どちらかが攻撃すると攻撃側に2300円,攻撃された側に500円のみが残るという構造で,開始から15秒間双方が耐えると攻撃なしということになる.
  • 攻撃はマウスをつかって画面上で行う.ここではマウスにさわらない,マウスで動かす,攻撃を,Untouch, Ready, Attackと名付け,順序尺度として解析した.

 

  • 結果:ヴァソプレシンは先制攻撃を誘発した.男女ともにattack比率が大きく上昇した.1対1でも2対2(ペア条件)でも上昇した.
  • 集団に与える影響を調べるためにペア条件(特に1対1の場合攻撃するタイプと攻撃しないタイプがペアになったとき)でどのように決断するのかを解析した.その結果,より二極化(readyが減り,attackかuntouchに分かれる)し,平和側に合意されやすい傾向がみられた.この結果はヴァソプレシンは個人レベルに作用し,集団には作用しないと解釈できる.
  • 性差について:男女ともヴァソプレシンで攻撃が増加した.

 

  • 以上のことからヴァソプレシンの作用についてはヒトと動物で連続的であることがわかった.

ただし神経生理はわかっていないし,この作用が中枢神経に効いているのか末梢神経に効いているのかもわからない.今後の課題になる.
 
 
なかなか面白い発表だった.ヴァソプレシンスプレー一発で先制攻撃に傾くというのは考えてみると結構恐ろしい知見だという気もする.
なおペア条件の結果の解釈だが,話し合って作戦が決まれば,そもそも攻撃するかどうかを決めずにマウスを動かすという動作自体意味がないので二極化は当然ではないだろうか.また話し合えば,「攻撃を控える」という意見の方が平和的で格好いいので(たかだか2000円程度のことで「どうしても先制攻撃したい」というのはいかにも度量が狭く,負け犬的な印象を与えるだろう)平和方向に流れるということではないかと思う.また話し合う過程を問題にするよりも,想定される脅威のところを操作した方が興味深いような気がする.
 
 
以上で口頭セッション3が終了だ.