協力する種 その36

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第10章 社会化 その1

第10章では文化伝達の問題が扱われる.著者たちはまず,選好が遺伝的にある場合以外に文化的に獲得されることがあることを強調している.

  • カヴァリ=スフォルツァとフェルドマン,ボイドとリチャーソンは文化的伝達の古典的モデルを構築した.これらのモデルでは文化的伝達を遺伝的伝達と類似したものとして扱っている.この2つは時間とともに形質が複製されていくプロセスであるという点で似ているがさらに2つの類似点がある.
  • 第1に,それは生理的な反応も含むということだ.甘さへの嗜好は(そのような性質が適応的であり)遺伝的だと考えられる.これに対して例えばコメへの嗜好はより文化的なものだろう.そして両方とも脳内の同じ報酬部位を活性化させる.遺伝的嗜好の方がより深く本質的であるわけではない.甘いものを食べて吐き気をもたらす経験があればその嗜好は消失しうる.またアメリカ南部の文化の研究では文化的に獲得された形質が生理反応として実装されている.
  • 第2に,両方とも物質的資源の獲得に成功するほど複製されやすくなる.より多くの子を残すことが可能になるからだ.また文化的な伝達は物質的成功者が社会的地位を獲得してより模倣されやすくなるというプロセスも含んでいる.
  • 本書のここまでの議論では,利他的性質がなぜ頻度を増やせるのかについては(マルチレベル淘汰的に)集団間淘汰の力が働くこと,集団内淘汰を和らげるための制度が文化的に伝達されることで説明できるとしてきた.
  • 文化的な伝達はこれに加えて別の説明を可能にするかもしれない.(産業革命以前の世界で)農村から都会に移住しようとする,現代において子供を産み育てることを控えるなどの行動は,適応度的には不利だが文化的伝達により生じていると解釈できるだろう.同じように文化的伝達で(本来不利である)利他行動を説明できる可能性がある.本章はこれについて考察する.


文化について生理的な反応を特に問題視しているのはよくわからないところだ.文化的な刺激に対しても生理的な反応があるのは当たり前ではないだろうか.ともあれ本章では「マルチレベル淘汰における集団内淘汰を緩和する制度(食物分配など)の文化」以外の文化的な影響を見ていくことになる.

10.1 文化伝達

著者たちは本章における自分たちのスタンスを説明する.

  • ここでは行動を引き起こす「選好」あるいは「動機」の問題を文化伝達の観点から考察する.
  • また考察する際に「発達的可塑性」,その発達可塑性を用いた発達過程の「意図的な設計」を要因として考える.その上で「規範」が「内面化」される過程を分析する.


発達可塑性をことさらに強調するのは,環境に一切影響を受けない遺伝的形質がデフォルトであることが前提であるような書きぶりでやや違和感があるところだ.ヒトの行動傾向の多くは様々な条件や文脈に対して異なる反応を見せるだろう.ともあれ,ここで著者たちがとりあげたいのは,道徳を教え込むことにより規範が内面化されるという問題ということになる.


続いてこの「規範の内面化」の分析が説明される.

  • 規範の内面化は,ボイドとリチャーソン,カヴァリ=スフォルツァとフェルドマンによる文化伝達と多くの共通点を持つ.その要素は垂直伝達,斜行伝達(多数派同調),利得に基づく社会的学習になる.
  • 多数派同調は(喫煙習慣などにみられるように)個人の適応度も集団の適応度も下げる行動を広げることを可能にする.つまり利得が低い行動への淘汰圧を弱める作用を持ちうる.
  • 何故このような多数派同調が存在するのか.それは適応的な社会的学習戦略として進化したのかもしれない.あるいは既存の制度による計画的な社会化の結果その社会に流布している行動や信念が獲得されるのかもしれない.我々は経験的な理由から後者が重要だと考えている.


要するに,人々が子供に利他的なモラルを教え込むことが重要だと考えているということになる.するとでは何故教え込む内容は利他的であるのかが問題になる.

  • リンダ・カポラエルたち(1989)やハーバート・サイモン(1990)は,それは利他性が文化的に伝達される規範から切り離せない重要な要素であるから,つまり結局個人に利益をもたらすからだと提唱した.サイモンは利他性を動機づける規範は,個人に利益をもたらす規範と連結されているために利他性のコストが相殺され,進化可能になるのだと説明した.
  • 我々はこの議論には2つの問題があると考える.1つは規範を内面化する能力自体の進化がなぜ生じたかが説明される必要があること,もう1つは利他性と利己性の規範がなぜ不可分であるかが説明される必要があることだ.


ここから著者たちはこの2つの問題を解決するための見取り図を示す.

  • 10.2において,表現型モデルを用いて社会化のメカニズムで個人の適応度が減少する規範が維持されることを示す.
  • 10.3において内面化遺伝子の進化条件を吟味する.
  • 10.4,10.5において個人の適応度減少規範を10.2のモデルに組み込むとどうなるかをみる.
  • 10.6で,このような形で広がる個人の適応度を減少させる規範が集団全体の適応度を増加させることが多いことをマルチレベル淘汰から説明する.
  • 最後に10.7で規範社会化のための制度維持コスト(コストがあるのになぜそのような制度が進化したのか)を考察する.


著者たちは子供に道徳を教え込むことも文化伝達とマルチレベル淘汰で説明したいということのようだ.