「オーストラリアの荒野によみがえる原始生命」


本書は共立スマートセレクションシリーズの一冊.著者自身による最初期の生命にかかる微化石発見物語がその背景の地球史的な解説とともに語られている.


冒頭「はじめに」では「世界最古の化石」というテーマがいかにリサーチャーにとってフラストレイティングなのかが(愚痴とともに)語られる.最古の化石となると,当然25億年以上前の単細胞生物のそれになり,小さくてはっきりせず解釈は難しい.そして論文にすると「本当にそうなのか」という懐疑的なコメントが査読者から徹底的に浴びせかけられ,挙げ句の果てにリジェクトされるのだ.(著者はここで「その分野の大御所とその弟子ならいざ知らず」と書いていて,その不満の深さを示している)実際にネイチャーやサイエンスに発表され教科書にも載せられた研究成果が10年後に激しく批判されることも稀ではないそうだ.そういう苦難の物語が語られるという予告というわけだ.


最初は基礎知識.地質区分,特に先カンブリアのそれ(冥王代,太古代,原生代),最古の岩石年代(40億年前).最古の生物化石と主張される年代(生命痕跡は37億年前,化石には35億年前と主張されるものがいくつかあるが論争になっている),それが産出する地域(太古代前期以前の岩石で,変性度の小さいものが産出するのは西オーストラリアのピルバラ地域と南アフリカカープバール地域),当時の地球生命史の重大イベント;後期重爆撃(41億年前〜38億年前),その後の巨大隕石落下,光合成細菌の出現(シアノバクテリアの出現年代はなお特定されていないそうだ),そしてプレートテクトニクスの基礎が解説される.


次は最古の化石についての発見学説史.最初は1965年に19億年前の北米のガンフリント・チャート*1から多様な微化石が発見されたことから始まる.これにより先カンブリア時代のそれも非常に古い時代に化石があることがわかり研究者たちは一気に先走りをしてしまう.1970年代にはグリーンランドの38億年前のイスア緑石岩にイースト菌状の微化石発見という主張がなされるが,それは非生物起源の流体包有物ではないかという反論がなされ,(以前論争は続いているが)基本的には現在では懐疑的に扱われている.次はUCLAのショップによる1993年のピルバラ地域の35億年前のエイペクス・チャートにあるシアノバクテリアらしき化石の報告になる.これはサイエンスに掲載され,「世紀の大発見」とされた.しかし10年後.オクスフォードのプレイジャーが痛烈に反論し,大論争に発展し,現在も激しい論争が続いている.著者はこの論争は太古代微化石研究それ自体への懐疑を引き起こすものであったと評している.


ここから話はストロマトライトに移る.ストロマトライトが大量に見つかるようになるのは27億年前(これはシアノバクテリアが生じたことによる可能性が高い)からになる.これもピルバラ地域のスティルリー・プール層の34億年前の化石を巡って激しい論争があったが,2006年にアルウッドが7種の構造が異なる環境への応答として生じていることを示して生物起源であることが認められるようになった.さらに著者自身が同じピルバラ地域での緑色岩帯で34億年前の有機物の残るストロマトライトの化石を発見する.


これで34億年前の生物化石の存在はほぼ決定的になった.ではさらに古いものはあるだろうか.著者は同じくピルバラ地域ノースポールにある35億年前の玄武岩を貫く無数のチャート層地層を紹介する.ここに見られる流体包有物にはメタンが含まれており,その同位体比が軽くメタン細菌,硫酸還元菌の存在を示唆しており,バイオマットの存在も主張されている.このチャート層は(深海熱水反応によるものだという反対論もあるものの)生物起源と考えられるのだ.またここでは,生物の痕跡化石としては現在認められている最古のものとしてグリーンランドの37億年前の変成岩にあるグラファイトの不均質構造(生物起源の不均質有機物が変性を受けた結果と解釈できる)も紹介されている.


一旦最古の生物痕跡化石まで進んだところで,著者はここで基礎講座に戻る.生命の材料である元素の起源(ビッグバンと超新星爆発),生体高分子の起源仮説(ミラー実験,層状粘土鉱物,隕石など),細胞の起源仮説(オパーリンのコアセルベート,深海熱水噴出孔起源仮説,及びそれへの批判),LUCA概念,生態系概念と35億年前の生態系仮説(窒素循環,硫黄循環),光合成の進化(シアノバクテリアの出現年代を巡る論争)を解説し,最古の真核生物化石に進む.
現在多くの教科書で最古の真核生物化石と認められているのは1992年に発表された北米の21億年前のグリパニアになる.2011年にはアルバニが西アフリカ・ガボンで21億年前の多細胞生物的な化石を見いだしたと発表した(これについては反論もある).現在最も広く受け入れられている確実な最古の真核生物化石はシャボーの報告した16億年前のアクリタークになる.
ここでまた基礎講座に戻り,初期地球の大気形成,海水温(30億年前には温室効果ガスにより現在よりかなり温かかったと考えられている)をまず説明,そこから縞状鉄鉱石の起源(38億年前〜19億年前にかけて形成されている,特に27億年前以降に多く見られる.18億年前以降は(7億年前あたりの一時期を除き)形成されていない.),24.5億年〜23億年前頃の大酸素事変,黒色頁岩のモリブデン濃度から見る大気分析,古土壌などを採り上げて,過去の大気が酸化的だったか還元的だったかがかなり丁寧に論じられている.過去の経緯はなかなか複雑だ.このあたりはシアノバクテリアの出現年代と絡んでこの分野でのホットトピックということらしい.


ここまでの基礎講座と学説史解説でようやく準備が整ったということになるだろう,ここから著者は自身による化石発見物語を語り出す.場所は何度も出てくる西オーストラリア,ピルバラ地域にあるゴールズワージー緑色岩帯になる.その地点の地質の特徴,推定される堆積環境などの解説の後,著者による探索の詳細が語られる.著者は1995年から6年間この地域を調査する.そして2001年に友人と2人でこの地域でサンプリングを行い,最後にこれ以上採ると重くなるからと逡巡しながら,友人に背中を押されて面白そうな黒色チャートを採集する.オーストラリアから岩石を送る際のドタバタ(化石の持ち出しについて厳しい制限がある)を経てその黒色チャートを日本に持ち帰り,薄片資料にして調べると,微細な炭質物がフィルムを形成しており,さらに数十µmもある紡錘状の構造物がいくつも見つかる.これは太古代の微生物化石に違いない.しかし当時まさにエイペクス・チャートの微化石を巡るショップとブレイジャーの大論争が勃発していた.発表のタイミングとしては最悪である.そこから著者による苦闘が始まる.つてのない中飛び込み同然でオーストラリアの地質学者に共同研究を申し込み,資料の年代の確定,自分なりの生物起源基準をまとめ(ここはかなり気合いの入った解説になっている),薄片の観察を続け(当初紡錘形に見えていたものが立体的には帽子のつばのような突起(フランジ)のついたレンズ状であり,その他の円形の構造物なども様々な角度から見た同一形状物体であることを突きとめる),生物起源の証拠(堆積岩であること,有機物の炭素同位体比が軽いこと,同じタイプの構造物が多数見つかること,化石らしい不完全さが随所に見られること,構造に複雑さと精巧さがあること,コロニー様集合体があること)を積み上げる.この後も年代決定のための再調査(結局年代は30億年前という解釈に落ち着いた)を経て論文を書き上げるが,そこから様々な共同研究者たちとのやりとり,査読者(実は微化石懐疑派大御所のブレイジャーだった)の上から目線的な態度などの経緯を経て,ようやく論文は日の目を見る.
著者はその後のフォローアップ研究(化石を塩酸−フッ化水素酸で分解して微化石のみを取り出して観察分析する)を続ける.そしてさらに34億年前の南アフリカの岩石からも似たようなレンズ状の微化石が発見されたこと,それをどう考えるべきか(広範囲に分布したコスモポリタン的生物の微化石の可能性が高い),その生物の生息環境推測,それは真核細胞なのか,どのような代謝を行っていたのか,フランジの機能は何か,など興味深いところについても現時点での大胆な推測と仮説を提示して本書を終えている.


本書は,太古代の微化石を発見してしまったリサーチャーが,様々な苦労をして,それを証拠立て,なんとか発表に漕ぎつけるという苦労物語が,裏話と愚痴満載で本音*2そのままに語られている本になる.そういう意味では読んでいてなかなか迫力のある本だった.また太古代の地質や生物代謝についての最近の知見の総説にもなっていて,このテーマに明るくない私にとってはいろいろ勉強になるところも多かった.また太古代の数億年にわたり地球規模で,同様なフランジのついたレンズ状の生物化石が見つかるというのには驚かされるし,大変興味深いところだ.全体の構成やつながりはあまりうまく裁けていないが,かえって著者の全力で書き殴った迫力も感じさせる.いろいろ読みどころがある本だと思う.

*1:コラムでチャートとは何かが解説されている.チャートは微細な石英が主成分の堆積岩を包括する名称で,珪藻や放散虫などの生物起源のものもあれば,化学的沈殿や蒸発沈殿などの非生物起源のものもあるそうだ

*2:学会で発表した後で,本人がそばにいると知らないとある著名な研究者が「あんなのは(仮説の提示と検証になってなく)サイエンスではない」と周りと話していて,いたく傷ついた著者は「しかし見つけてしまったものはしょうがないではないか」と魂の叫びを書きつけている.