協力する種 その37

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第10章 社会化 その2

ボウルズとギンタスによる「子供への道徳教育」についての考察.まずは規範維持のためのモデルから解説が始まる.

10.2 社会化と適応度を減少させる規範の拡散

ここでは単一集団内(つまりマルチレベル淘汰モデルではなく,集団内淘汰モデルになっている)での規範を,規範保持型(A:適応度は1-s,頻度はpで表す)と非保持型(S:適応度は1)の半数体の有性生殖型の進化モデルをプリケータダイナミクスとして表し,そこに文化伝達要素を加えるモデルが説明されている.この規範は利他的である必要はなく,規範に従えば単純に非保持より不利である場合の分析になっている.

  • 遺伝的伝達:親がAとAならA,親がAとSならAとSが半々,親がSとSならSの子が生まれる.
  • 文化的伝達:集団の中でSの子がランダムに選択された文化的な親と出合うときに確率γで生じる(モデル上では1世代に1回出合う).(A→Sの文化的伝達は生じないことが前提になっていることに注意)

この2つの効果のみを示すレプリケータ方程式は以下のようになる.つまりAが増えるかどうかは1世代あたりの同調効果のγと規範保持にかかる不利sの大小で決まることになる.

  • ここに利得に基づく効果を入れ込む.各メンバーiはランダムに選択されたメンバーjの利得を観察し,jの方が自分の利得より高い利得ならjの型に変化する.変化確率は利得差×パラメータηとする.AとSで出会う確率がp(1-p),そこで利得差sに引かれてA→Sとなる確率はηsとなる(また逆は生じない).合わせるとレプリケータ方程式は以下のようになる.

  • これを解析すると以下の結果になる.当然ながらη,γ,sのパラメータの値によって進化動態が決まってくる.
  • Aが大域安定になる条件:η<(γ-s)/s
  • AとSがそれぞれ局所安定化になり,それぞれ吸引域を持つ条件:(γ-s)/s<η<(γ-s)/{s(1-s)}
  • Sが大域安定になる条件:η>(γ-s)/{s(1-s)}


同調はS→Aのみ,利得差影響はA→Sのみと整理している.著者たちは教育による規範の導入,周りの悪い影響によるその失敗という状況を想定しているので,こうなるのかもしれない.このモデルではAはAであるだけで同調による転換を促す影響力があり,Sは利得差による影響力を持つということになる.

10.3 遺伝子,文化,規範の内面化

続いてボウルズとギンタスは「何故ヒトは適応度減少に向かう規範を内面化するのか」という問題に向かう.

  • この問題に対しては,そもそもの規範内面化能力の進化とそのような能力がある場合に適応度減少規範がなぜ頻度を上げるのかという2つの問題に切り分けて考えることとする.本節10.3では前者を考える.(後者は次節10.4で扱う)
  • まず一旦垂直伝達のみの世界を考える(斜行伝達は次節以降で再導入する)
  • そこで規範を内面化する「規範内面化遺伝子」があるという単純な仮定のもとで,半数体有性生殖モデルでその頻度を考える.
  • ここでは規範にメリットがある場合にどのような条件で大域安定になるかをまず検討する.
  • C(清潔性)規範があるとする.これを持つと1+fの適応度が得られる(f>0).規範を持たないDの適応度は1.
  • 規範を獲得する能力は対立遺伝子aが必要で,この能力発現にはコストuが必要になる.(もう1つの対立遺伝子bを持つ場合には規範を内面化できない)ここでは(1+f)(1-u)>1を仮定する.
  • 個人の状態は遺伝子座の状態と規範の内面化の状態で表される.具体的には(aC)(aD)(bD)のいずれかになる.(それぞれの適応度は(1+f)(1-u),(1-u),1となる)
  • Cの分化伝達されやすさはパラメータβで表す(遺伝型aを持つ個人がCになる確率がβ,Dになる確率が(1-β)となる).
  • これを解析すると以下の結果が得られる.
  • aD均衡は常に不安定で,aC均衡は局所安定になる.
  • 以下の条件のどちらかが満たされるとbD均衡が不安定になり,aC均衡が大域安定になる.(1)(1+f)(1-u)>2,(2)βが1/2より十分に大きい.
  • (1)は通常あり得ないと考えられる.しかし(2)は十分あり得る.たとえば両親のうちどちらかが清潔好きであれば清潔好きになるという状況は十分あり得るだろう.垂直伝達にかかるβ>1/2という条件は前節の斜行伝達にかかるγ>0という条件と同じ効果を持つことに注意して欲しい.


(1+f)(1-u)>1という規範にとって非常に緩い条件が前提になっているので,基本的に規範を受け入れる方が有利であり,常にaCは局所安定になる.伝達バイアスのない(β=1/2という)条件下では(1+f)(1-u)>2という非常に厳しい条件がないと規範内面化能力が進化できないというのはちょっと意外な結果だ.とはいえ,浮動でも何でも一旦ある程度頻度が増せばaCの状態に吸引されるのだからこの分析結果にそれほど大きな意味があるようには思えない.
要するにボウルズとギンタスがいいたいことは,「ためになる規範があるなら規範内面化能力が進化するだろう」ということだ.