協力する種 その41

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第11章 社会的感情 その2

ボウルズとギンタスは「恥」が罰を通じて協力を上げることを示して見せた.ではそれはどのように実装されたのかが次の問題になる.

11.2 社会的感情の進化
  • ヒトの行動は自己利益最大化からシステマティックに逸脱しているし,利他的な社会的感情はそれ(その至近的メカニズム)を説明する.しかし進化が自己利益最大化に向かうなら社会的感情は消えるはずだ.
  • 我々はこの謎に対して第7章から第10章を通じて,集団間競争,繁殖均等化,規範の内面化で利他的形質が進化する可能性を示した.
  • 社会的感情についてのもう1つの謎は,なぜ意識的行動決定を迂回し「感情」という直感的反応によって行動が影響されるという仕組みが進化したのかということだ.前章で我々は規範の内面化について計算コストの最小化によるものではないかと議論したが,社会的感情についても同様のロジックで議論できると考えている.


ボウルズとギンタスは意識的な計算に基づく判断が本来最も実装されそうだと考えているようだ.このあたりは進化的に実装されるメカニズムはどのようなものになりそうかという進化的な問題に関する理解に欠けているだろう.それはそれほど認知能力の高くない祖先から引き継がれる経路依存的な性格を持つし,特定領域問題にかかるモジュール的なものになりやすいだろう.


ともあれここからボウルズとギンタスはいわゆる短期的利益と長期的利益の相克,あるいは双曲割引の問題を持ち出す.

  • 我々は適応度の最大化や生涯最大幸福を阻害するほど近視眼的に将来の利益を割り引いてしまう.これは人類の生活史が延長されたことや技術習得に時間がかかるようになったためにミスマッチが生じていること等で説明できるだろう.
  • これに対し,規範の内面化,そして社会的感情があれば将来の帰結を今起きている出来事であるかのように実感できるようになる.規範の逸脱に対して今ここにある罪悪感を感じることができるのだ.
  • これは「痛み」の機能に似ている.完全情報と無限の情報処理能力があれば,損害に対してどのように行動すべきかを計算できるので,損害回避動機を与えるための「痛み」は必要ないはずだ.しかし乗法や情報処理能力に限界があるなら,痛みは道理的であり得る.「恥」や「罪悪感」などの社会的感情は同じような機能を持つのだ.


この議論はかなり無理筋だと思う.もし近視眼的割引が現代環境へのミスマッチによって生じているなら,社会的感情の進化もそれに追いつけないはずだ.我々はこのミスマッチに対しては熟考的な判断に基づいて意識的に自己制御するしかない.そして社会的感情は双曲割引問題を包括的に解決できるわけではなく,特定の社会的環境における問題を解決しているものだ.

著者たちのここの部分の議論が浅いのは,彼等が間接互恵性,評判に基づく利他的行動の説明を否定していることと関連があるだろう.「恥」は「誰かに見られている」ことが重要な要素になっており,それは評判形成を毀損するリスクを下げる機能を持つという理解が普通だし,はるかに説得力があるだろう.

11.3 「僕たちの人生の偉大な船長」
  • 恥などの社会的感情の進化は2種類の淘汰上の有利から説明できるかもしれない.
  • 第1に社会的感情は不完全な情報と限界のある情報処理能力しか持たず,将来の利益を近視眼的に割り引いてしまう個人の繁殖効率を上げるだろう.ただしこれは社会が規範違反者に罰を与えるということが前提になる.
  • 第2に社会的感情の中の「恥」は集団の協力レベルを向上させ,集団間競争上の有利を生みだすだろう.
  • ごろつきに対する利他罰,怠け者に対する罰,これらを動機づける「道徳的攻撃」によって社会的感情に有利なニッチが生みだされた可能性が強い.ボームはこれらを「良心」と呼んでいる.
  • さらにこの第11章の社会的感情のモデルと第9章の連携罰のモデルと組み合わせて考えると,恥の出現によって罰のコスト自体も減少したと考えることができる.恥を通じて暴力的な罰でなくとも口頭の攻撃で十分効果を上げるようになるからだ.つまり集団間競争を通じ,道徳的攻撃は恥と共進化したのだろう.


要するに「恥」などの社会的感情は,双曲割引の問題を通じて個人的に有利であり,さらに道徳的攻撃に罰の機能を与え,罰のコストと有効性を上げることによって集団の協力レベルを上げて集団間競争でも有利をもたらしたという主張になる.前節でも述べたが,かなり無理な説明だと思う.「恥」は間接互恵性の評判を保つために重要な至近的メカニズムであり,それは基本的に個体メリットで十分に説明可能だと思う.