「岩石はどうしてできたか」

岩石はどうしてできたか (岩波科学ライブラリー)

岩石はどうしてできたか (岩波科学ライブラリー)


本書は地質学者の手になる岩石学の歴史を描いた一冊.古代ローマの火山の観察から戦後日本の変成岩帯の構造・成因の解明までの学説史がコンパクトに収められている.ブラタモリをより楽しもうと思って最新の岩波ライブラリーを買ってみたのだが,書名から受ける印象と異なって岩石学の概説書というより歴史本の性格が強い.しかし私のような素人には読みやすい作りになっていて,楽しく読み進めることができた.


第1章では岩石学の基礎を作ったのは誰かということが扱われている.著者によると少し前までは水成説のヴェルナーが悪玉で,火成説のハトンと斉一説のライエルが善玉として扱われていたそうだが,実はそうではないということが強調されている.18世紀に鉱物の様々な性質が明らかになり,それが組み合わさった岩石がどのようにしてできたのかを解明する準備が整った.そこに登場するのがドイツのヴェルナーになる.ヴェルナーは鉱物を分類し,それを地球の構成や歴史に結びつけようとした.そして地球上の岩石を形成時代ごとにいくつかの岩相群に分け,最も古い原始岩相群は原始大洋に沈殿した化学的堆積物だと考えた.これは出発点の作業仮説として非常にうまく機能し,ヴェルナーの元に集まった弟子たち(その中にはフンボルトやデマレやブッフがいる)は世界中の地質調査を行い,地質図を作成した.少し遅れてフランスではキュビエとブロンニャールが化石に基づいて地層の順序を整理する生層序学を創り出した.この上にブッフやボーモンによる火成的な造山論が加わり新しい経験科学としての地質学の骨格ができあがったのだ.つまり地質学は欧州大陸,特にドイツとフランスで興隆したことになる.
著者による評価によると,ハトンは英国で花崗岩玄武岩の火成岩説を唱えたが,それを地球の歴史と重ねて考察することはなく,大陸には大きな影響を与えなかったし,ライエルは観念的で保守的な斉一説を唱えたが,これではアルプスのような大きな褶曲山脈を説明することができず,やはり大陸ではあまり相手にされていなかったということになる.


第2章は火山と火山岩.最初はベスビオ火山の噴火を観察した古代ローマプリニウスから始まる.実際の博物学としての火山学は19世紀終わりから,やはりベスビオ,さらにモンブレー,そしてキラウェアなどの著名な大噴火の研究を通じて急速に充実する.まず岩石の観察,そしてその化学組成の分析に進み,最終的には火山学は元になるマグマが冷えてどのように変化するかという溶液化学の問題を取り扱う学問に変わっていく.ここでは火成岩の基礎的分類,偏光顕微鏡の与えたインパクト,マグマの結晶分化作用の解明,実験岩石学の登場と話が進み,その結果得られた反応系列や化学組成の変化様式の知見が簡単に紹介され,さらにその後の火成岩成因論の展開が解説されている.それは様々なマグマがどのようにつくられ,それぞれどのように結晶分化作用を示すかについての考察と実証の世界になる.


第3章は深成岩を扱う.岩石学史としては花崗岩は火成岩か変成岩かという激しい論争が重要になる.観察される岩石において,火山岩には玄武岩安山岩が多いが,深成岩にはそれらと成分の異なる花崗岩が多い.これはなぜかというのが最大の謎とされた.それは様々な学者の様々な取り組みと分析技術の進展を通じて花崗岩マグマの成因論に行き着く.結局花崗岩には複数の種類があり,それぞれ元になるマグマの成因が異なることが明らかになるのだ.そして最も多くみられる花崗岩マグマは大陸性地殻下部の部分融解起源であることが解明される.
またここでは火山岩と深成岩の複合岩体,オフィオライト,斜長岩,カーボナタイト,キンバーライトの成因論の進展も解説され,最後にはアポロにより持ち帰られた月の岩石分析の話が紹介されている.


第4章は変成岩.変成岩の変性作用の解明は,第二次世界大戦後高圧高温下での実験が可能になり大きく進展した.学説史は高圧と高温のどちらが重要かという論争から始まり,それはいずれも重要だという折衷説に融合され,さらに変性作用の動的な解明へと進んだ.それは変成相の概念整理,交代作用の解明,化学的平衡から動態解明へという流れになる.


第5章は日本の変成岩帯の解明史.それは中央構造線に沿った三波川帯の結晶片岩の構造と成因の解明から始まる.そして多くの日本の地質学者が複雑な変成岩帯の構造と成因を少しずつ解明していく様子が詳しく描かれている.著者は,それらの積み重ねは1959年の都城の統合的な仕事に結集され,その後に現れたプレートテクトニクス学説体系の中核に組み込まれたのだと評価している.


本書は岩石(ただし基本は火成岩と変成岩についてのもので堆積岩については扱われていない)の成因を追求した数多くの地質学者の様々な考えを追っていく楽しい読み物に仕上がっている.学説史としては第5章で日本におけるプレートテクトニクスの受容を巡る相克が描かれていないのがちょっと残念だが,まだ存命の学者も多くいろいろ差し障りがあるのだろう.私にとっては今後さらにお勉強を進めようという意欲を強めてくれた一冊ということになる.