Enlightenment Now その10


第5章 寿命 その1

ピンカーによる啓蒙運動以降の人類の進歩をデータによって示す試み.最初はLifeと称しているが,基本的には寿命の伸びを問題にしている.

  • あなたは現在の世界全体の平均寿命は何歳ぐらいだと思うだろうか? 正解は2015年で71.4歳だ.


(ここで1771年から2015年の平均寿命の大陸別平均寿命の推移グラフが示されている.それは1760年から1860年まで27歳〜35歳ぐらいでフラットであり,19世紀後半から少し上向きになり,20世紀に入ってから急上昇している.なお本章のグラフの出典はすべてOur World in Data, Roser 2016.)

  • 18世紀の欧州やアメリカの平均寿命は35歳程度,全世界平均で29歳程度だった.狩猟採集民の平均寿命は32.5歳ぐらいと推定され,農業開始により偏った栄養と感染症の影響で少し下がっただろう.青銅器文明時点で30歳ぐらいになり,そこから何千年も変わらなかったのだ.ここまでの時代は「マルサス時代」と呼んでもいだろう.生産や健康について何らかの進展があってもそれによる人口増でそれはキャンセルされたのだ.
  • しかし19世紀から世界は経済学者ディートンのいう「大脱出」(貧困,疾病,若死からの人類の解放を意味する)の波に乗った.平均寿命は上昇し,その速度はまだ衰えを見せない.この寿命の伸びはすべての人類に広がっている.その結果寿命格差も縮小しているのだ.アフリカの平均寿命は1950年代のアメリカと同じレベルに達している.1990年代のAIDS禍がなければもっと伸びていただろう.
  • この1990年代のアフリカのAIDS禍による寿命の伸びの停滞とその後のアンチレトロウィルス薬による上昇は,進歩が魔法の結果ではなく,問題解決によってなされていることをよく示している.問題は解決可能なのだ.


(ここで5歳までの子供の死亡率の推移グラフが示されている.18世紀からデータがあるスウェーデンのデータに1920年以降のカナダ,1960年以降の韓国,1970年以降のチリ,エチオピアのデータが図示されている.時期はそれぞれだが,いずれも大きく下がっており,この数字がかつての30%台から1%未満に押さえ込まれていく様子がわかる)

  • 平均寿命の伸びは乳幼児死亡率の減少により大きく伸びた.20世紀になるまではこの死亡率は非常に高かった.チャールズ・ダーウィンも愛する子供を2人亡くしている.
  • そして素晴らしいことが起こった.乳幼児死亡率は1/100に下がったのだ.
  • これに関連して2つの事実を押さえておこう.1つは子供があまり死ななくなると親は子供の数を減らすということだ.いわゆる人口爆弾はこれにより大きく威力を下げられた.もう1つは子供を亡くすということは人生において最も打ちのめされる経験の1つだということだ.このグラフは人類の勝利を示しているのだ.
  • そしてもう1つの悲劇,母親の産褥死の減少ももう1つの勝利と言える.


(ここで母親の産褥死率の推移のグラフが示されている.18世紀からのスウェーデン,1900年からの米国,1930年からのマレーシア,そして1990年からのエチオピアのデータが図示されている.それぞれ始まりは1〜1.5%というところから大きく下がっている.2010年でエチオピアで0.3%程度,マレーシアで0.05%程度,スウェーデンと米国は0.005%以下となっている)


乳幼児死亡率の低下は18世紀以降の衛生と医療の進歩がもたらした人類への最大の福音だろう.私はこのことだけをもっても過去の時代に戻りたいとは思わない.日本の乳児死亡率(1歳未満)の推移データを見ると戦前は大体15%程度であったようだ.戦前生まれの人達の話を聞くと,兄弟がたくさんいて,そのうち1人か2人は若くして死んでいるということが多い.それはつい最近までリアルだったのだ.
これが1930年頃から下がりはじめ1965年頃2%を切る.その後も着実に下がり続けていて2016年では0.09%になっている.幼い子供を亡くすのは本当に本当につらい経験に違いない.ダーウィンの伝記を読んでもアニーとの別れの部分は涙なしには読めないところだ.


関連書籍


ダーウィンの子孫であるランドル・ケインズによるダーウィン本.愛娘アニーの死がテーマの1つになっている.

ダーウィンと家族の絆―長女アニーとその早すぎる死が進化論を生んだ

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同原書.もともとは「Annie’s Box」という題だったが,改題されたようだ,

Darwin, His Daughter, and Human Evolution

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