Enlightenment Now その11


第5章 寿命 その2

ピンカーはまず18世紀以降全世界で平均寿命が延びていることを示し,それは特に乳幼児死亡率の低下によってなされたことを見てきた.

  • この平均寿命の伸びは嬰児と幼児の死亡率の低下だけで成し遂げられたのだろうか.そうではない.5歳以降の平均余命も着実に伸びているのだ.


(ここで英国の1840年以降の1歳,5歳,10歳,20歳,30歳,40歳,50歳,60歳,70歳時の平均余命のグラフが示されている.それぞれ1900年頃から着実に伸びている)

  • 同様のトレンドは英国以外の世界中で生じている.例えばエチオピアの10歳児の平均余命は1950年には44歳だったが,現在では61歳だ.経済学者ラデレットは「世界の貧困国におけるここ数十年の健康状態の上昇は非常にめざましく,人類史における最も偉大な達成だと評価できる」とコメントしている.
  • そしてこの老年期の寿命は単にロッキングチェアーの上にあるだけではない.老年期の健康状態も向上している.The Global Burden of Diseaseプロジェクトでは1990年から2010年において伸びた平均寿命4.7年のうち3.8年が健康なものであると推測している.認知症についても事態は改善している.アメリカのデータでは,2000年から2012年にかけて65歳以上の認知症発生率は25%減少し,平均発症時期も80.7歳〜82.4歳に上がっている.
  • さらにいいニュースはここで示した平均余命の数字は今日の統計数値から今後医療の向上がない前提で算出されているということだ.実際に医療水準は向上し続けているので,実際の平均余命はこの数値より長いことが期待できる.
  • 人々はどんなことにも文句を言う.2001年にブッシュ大統領は生物倫理委員会で,長寿と健康を約束する生物医学の進歩についての増大する脅威について語った.その委員長であった医師のレオン・カスは「若さを伸ばしたいというのは子供じみたナルシシスティックな願望であり,繁栄への貢献とは相容れない*1」と発言している.


このあたりがピンカーの言う進歩恐怖症の人達と言うことだろう.生物倫理委員会では単に進歩恐怖だけでなく生物学恐怖もあるのかもしれない.

  • ほとんどの人はそう望むだろう.そしてカスの言うように「人生は有限だからこそ有意義なのだ」としても,長寿は不死を意味するわけではない.
  • しかし寿命のマキシマムについての専門家の予想が上方に外れ続けているという事実は,人類はいずれ不死に到達できることを意味するのだろうか.我々は(SFにあるような)数百歳の老人たちに支配される世界を憂うべきなのか.何人ものシリコンバレーの成功者たちは,加齢プロセスをリバースエンジニアリングすれば寿命を大幅に伸ばすことが可能だと考えて,それに挑戦しているようだ.
  • しかし,医学ニュースの読者は少し異なる見解を持っている.寿命は少しずつ伸ばすことができたが,奇跡のような単一の大きな進展は生じてこなかった.医療の進歩はシンギュラリティではなくシジフォス的なのだ.
  • 誰も科学の進歩について確かな予言はできない.しかし進化とエントロピーを考えると不死への到達可能性は疑わしい.自然淘汰は若いときのメリットのために寿命を犠牲にするような遺伝子を有利にする.不死を実現するにはそのような何千もの遺伝子の小さな働きを抑える必要が出てくるだろう.仮にそのような膨大な数の遺伝子のリプログラミングができたとしてもエントロピーは生物体を確実に劣化させる.小さなダメージが重なり崩壊リスクは指数関数的に増大するのだ.
  • この問題についての私の見解は「それは修正版ステインの法則に従う」というものだ.ステインの法則はこう言う.「永遠に続かないものはいつかは終わる」 そしてデイビスの系はそれをこう修正した.「永遠に続かないものでも,それはあなたが考えるよりは長く続くことができる」


老化の進化理論を勉強すると,自然淘汰はごくわずかの若いときのメリットがあれば簡単に長寿をあきらめることがわかる.だからこのピンカーの主張はよくわかるところだ.
なおステインの法則というのは経済学者ハーバート・ステインによるもので,財政赤字膨張などの経済現象が永遠に続かないことを描写したもの.デイビスの系による修正とは投資アナリストであるダニエル・デイビスによるものでそれでもバブルは結構続くことがあるという意味らしい.


オリジナルも載せておこう.

Stein's Law:

  • Things that can't go on forever, don't.


Davies’s Corollaries:

  1. Things that can’t go on forever can go on much longer than you think.
  2. Corollary 1 applies even after taking into account Corollary 1.

*1:「プロテニスプレーヤーはテニスの試合をさらに25%増やしたいと望むだろうか?」とも言っているそうだ」