日本進化学会2018 参加日誌 その1


大会初日 8月22日 その1

本年の日本進化学会は東京大学駒場キャンパスでの開催.例年と違って水曜日午後からのスタートとなった.酷暑の中駒場キャンパスの13号館に到着.プログラムの冒頭はプレナリー講演.当初スタンフォードのTomasz Swigutによる「Cellular anthropology: using in vitro cellular models to explore human development and evolution」が予定されていたが,急遽来られなくなったということでその元で共同研究を行っていたDaniel R. Feuntesによる講演となった


プレナリー講演

Systematic perturbation of transposable elements by CRISPER/Cas9 reveals wide spread contribution to human gene re-acquisition Daniel R. Feuntes
  • トランスポーザブルエレメントが進化に示唆するものには大変興味深いものが多い.遺伝子発現の調整,ゲノムのダークマター,神経系の発達(モデルとしてのジカウィルス系,クロマチン地形など)いろいろなテーマがある.
  • 今日はインヴィトロのトランスポーザブルエレメントの遺伝子発現調節の話をしたい.
  • ヒトゲノムは約半分はトランスポーザブルエレメントで占められていることがわかってきている.多くのトランスポーザブルエレメントは古いもの(霊長類の共通祖先にさかのぼるものも多い)で不活性だ.レトロウィルスによる感染で入り込み,子孫に伝わり,固定していく.サイレンス化も生じる.
  • ここではHERUKにかかるLTRhSを取り上げよう.HERUKの起源は35百万年前にさかのぼり,発生の早い段階で発現することが知られている.これにかかるLTRhSはクロマチンマークを増やし,エンハンサーとしてタンパク発現に関与しているようだ.
  • ここでCRISPER/Cas9を用いてトランスポーザブルエレメントを操作できる.アクティベート,サイレンスどちらも可能で,いろいろと試すことができる.
  • その結果,LTRhSにおおむね300遺伝子がコントロールされていることがわかる.ただしロングレンジにはあまり影響がない.発生においては5週ぐらいから影響が出てくる.リーサスモンキーと類人猿で発現に差があるので,旧世界サルと類人猿の分岐のところと関連するのかも知れない.

講演においては配列と機能する仕組み,コントロールしてみた結果などが詳細に解説された.トランスポーザブルエレメントとエピジェネティックスによる遺伝子発現制御はそもそも進化的にも深い関係があるところで,大変興味深い内容だった.また新技術のインパクトもよく示す講演だった.


一般口頭発表 1-E

アゲハチョウの食草が変わった時,最初に何が起きているのだろう 尾崎克久
  • アゲハチョウには食草の異なるグループがある(クロアゲハ,ナミアゲハは柑橘類,キアゲハはセリ,アオスジアゲハはクスノキ,ギフチョウはウマノスズカケ).つまり進化史の中で食草を変えてきたことになる.
  • 幼虫は自分の産まれたところの葉を食べる.しかし決まったものしか食べられない.成虫は幼虫の食べられる植物を見つけて産卵しなければならない.これは前肢にある味覚受容体で味を見ていることがわかっている.
  • すると食草転換には(1)成虫の産卵場所の変更(2)幼虫が新しい食草を食べることができる(認識,消化,解毒)(3)同じ食草転換個体同士が交尾(4)産卵についてかつての食草を忌避の4条件が満たされる必要がある.
  • 全部同時は無理だろう.ではどのような順序なら可能なのか
  • ここで食草側の化学物質の類似性に着目し,チョウ-食草の化学的ネットワーク図を作成し,依存関係をZスコアで表してみた.するとそれぞれのチョウ食草グループは大きなノードになるが,それをつなぐイネ科,マメ科の小さなノードが見つかる.これらはあまり毒を生産せずに,中間の橋渡しになっているようだ.
  • ここから「まず成虫がイネ科やマメ科の食草に産卵場所を変更する→そこで幼虫は何とか食べていける→しかし利用者が競合するので,別の似ている化合物を持つ食草に変える→同系交配のためのチューニングが進化」という仮説が考えられる.
  • この仮説に沿って調べてみた.ナミアゲハはミカンのほかカラスザンショウも食べる.そこで一腹卵の兄弟をミカンとカラスザンショウ,それぞれの成分入りの人工飼料で育てる.解毒遺伝子の発現を調べると餌により発現が異なリ,成長速度も異なってくる.これは解毒に絡む化合物の類似性ネットワークに沿って食草転換が生じやすいという仮説を補強するだろう.

毒の少ないジェネラリストニッチが解毒スペシャリストニッチ転換の橋渡し中間点になっているという発見は面白い.

Evolutionary branching of defectors and cooperators in fission reproducing groups: a host pathogen approximation 有子山俊平
  • アミメアリはクイーンを持たないワーカーの単為生殖コロニーを持つ.ここには働かずに産卵に特化した裏切り系統があることが知られている.裏切り系統が生じたコロニーはすぐに死滅するが,個体群レベルでは安定的に両系統が見られる.これは一部の個体がコロニー間を水平移動しているからだと思われる.
  • この共存可能になる系をアダプティブダイナミクスで解析した.個体とコロニーの動態は感染症のSIR系のモデルでうまく捉えることができる.
  • これにより共存可能になる条件を求めることができた.

感染系のモデルとアダプティブダイナミクスをどのように組み合わせたのかまでこちらの理解が追いつかなかったが,なかなか面白そうな分析モデルだった.

交尾器形態形質置換と交雑コスト回避検証 西村太良
  • オオオサムシ亜属は種ごとに交接器が多様化しており,これが生殖隔離に効いていると考えられている.実際に2種が地理的に混在している場所では交接器差異が大きくなることが報告されている.
  • そこで交雑に時に本当にコストがかかっているのかを調べてみた.
  • 交雑コストとしては,交接器の損傷,時間のロスを考えた.
  • 分布が重なっているところとそうでないところを比較していろいろ調べてみた.小さな差異はいろいろあるが,側所的分布域で避けられているはっきりとした異種交接コストは見いだせなかった.

コストを交接器損傷と時間に絞っているが,交雑個体の繁殖価も重要ではないだろうかという印象だった.

社会性アブラムシCeratovacuna japonica共生細菌叢解析 頼本隼汰
  • アブラムシには兵隊アブラムシを持つ社会性のものがある.この多型がどのようにして分化しているのかはわかっていない.そこでブフネラとその他の共生細菌叢を調べてみた.
  • 用いたのはササコナフキツノアブラムシ.細菌叢はDNAにより解析した.調べてみると95%以上はブフネラで,その他いくつかの細菌が共生していた.
  • 問題のカースト間比較をしてみると,構成比には差がなかったが,量には差があった(兵隊カーストの方が少ない).
  • このブフネラ量差や,その他の共生細菌の構成差異が関与している可能性があるので今後調べていきたい

量の差は体格差とは逆なので,ちょっと面白い.

集団遺伝的分化と環境適応グラフィカルモデリ ング 中道礼一郎
  • 環境適応とそれによる集団文化の解析するために集団間の遺伝的多型と環境因子を関連づけることが必要になる.
  • ここでは環境および形質の集団構造をゲノムレベルのFSTで,各遺伝子寄与を遺伝子レベルのFSTで表して,それをグラフィカルにデモンストレーションシュル手法を開発した.(そのデモがなされる)
可塑的形態リアクションノーム地域変異RAD-seqによる集団遺伝情報から読み解けるか 松波雅俊
  • 表現可塑性は同一ゲノムで表現型に差が生じることだが,その分子機構には未解明問題が多い.
  • 両生類では捕食者に対応した(防御形質の)表現型可塑性がいくつか見つかっている.エゾサンショウウオは捕食者であるエゾアカガエルを感知すると攻撃型に変化する.これは感覚器からの神経刺激が,何らかの形で遺伝子発現に影響を与えていることになる.
  • ここでは「可塑性がまず先」仮説に従って進化的に説明を試みたい.つまり祖祖先型質として多様な可塑性があり,それが収縮して1つの可塑性になるというモデルだ.
  • これを幾何学的測定とRAD-seq(Restriction Site Associated DNA Sequence)により行った.道内5カ所でオタマジャクシを採取して捕食者を感知させるものとさせないものの形態測定し,可塑性の反応を分析し,それを主成分分析にかける.またこれとは別に集団構造を500SNPのRAD-seqで調べた.
  • この形態と遺伝子の2つの集団構造は一致しなかった.これはまず可塑性があって,地域ごとに異なるパラメータに収束していくという仮説を支持するものだ.


以上で口頭発表セクションは終了だ.