日本進化学会2018 参加日誌 その2


大会初日 8月22日 その2


続いてシンポジウムの時間.S2の「植物の進化研究最前線:多様な適応戦略の謎に迫る」も大変興味深かったが,S6の「種内関係の適応進化がもたらす多種共存の促進と阻害」に参加.



シンポジウム S6 種内関係の適応進化がもたらす多種共存の促進と阻害

趣旨説明 土畑重人
  • 進化生態学や行動生態学は(性淘汰や協力の進化など)種内関係の適応進化を扱う.これに対して群集生態学は他種共存現象を扱う.この橋渡しを考えている.
  • 生物多様性の起源を問うには両方からのアプローチがあるが,これを統合させたい.
  • それには両分野の時間スケールの統一,群集生態学に種内多様性を取り込む,進化生態学にデモグラフィックと種間関係を取り込むことが必要になる.
  • 問題提起としては,行動生態学的な種内関係は群集生態学でどういう意味を持つか.そして期待される効果として,群集生態学を取り込んで行動生態学の自己完結的な体系を崩せるかもしれない,行動生態学を取り込んで群集生態学が種内関係を避けて通れなくなるかもしれないということがある.
  • 本日は種内関係の進化が他種共存にどう影響するのかが大きなテーマになる.それは無駄の進化として促進する要因ともなるし,繁殖干渉のように阻害する要因にもある.そこにはどういう法則があるのだろうか.また個人的にはグループ淘汰的な要素が絡むのかにも興味を持っている.
ムダの進化とは何か:群集生態学と行動生態学をつなぐ 近藤倫生
  • 私は群集生態学の研究者になる.
  • 種間の競争においては「より効率的な方がそうで無い方を駆逐する」という理論がある.これにはガウゼの有名な実験もある.しかし現実の生物世界を見るとクジャクの羽のような無駄にあふれている.これは競争排除にどういう効果があるのだろうか
  • ガウゼの競争排除則によるとそもそも共存は起こりにくいはずだ.しかし実際にはよく共存が見られる.これを説明する理論もいくつもある.資源分割,時間や空間の棲み分け,コロナイゼーションと競争のトレードオフ(分散種が競争種のギャップを渡り歩く),頻度依存捕食などだ.
  • これらの問題は行動生態学の教科書にもある.しかし例えばデイヴィス,クレブス,ウエストの有名な行動生態学の教科書では全15章のうち2章でしか扱われていない.それ以外は性淘汰,社会性,親の投資などの種内関係が扱われている.
  • ではこういう問題は多種共存にどういう影響を与えるのだろうか.
  • 共存についてすぐに思い出すのはロトカボルテラの競争モデルと複雑性のランダム群集モデルだ.ロトカボルテラの競争モデルでは共存の条件は自己抑制的要素になる.ランダムモデルでも共存の条件は種内抑制項で表される.
  • では行動生態学で自己抑制的な要素はどういうところに現れるのか.1つの例は性投資比だ.(ハミルトンの局所配偶競争モデルにおける)ESS性比は(n-1)/2nになる.これは集団が小さいと性比はメスに偏る(つまり増殖率が高い)が,大きくなると1:1になって増殖率が抑制されることを意味する.行動生態学者は性比というと有性生殖の2倍のコストの議論に惹かれていくようだが,私のような群集生態学者から見るとこれは密度効果を示しているように見える.
  • もう1つの例は性淘汰による武器や装飾の進化,そして性のコンフリクトだ.こういうコストは集団が小さくなって血縁度が上がれば小さくなる.協力の進化におけるチーターやフリーライダーも血縁度が上がれば減ってコストが下がる.これらも密度効果を示しているように見える.
  • これらをモデルに入れ込んで,共存のモデル系を作ることができる.個体数を通じたネガティブなフィードバックがかかる.
  • 一旦こうすると生物群集は異なって見えてくる.ムダは共存を増やし多様性につながるのだ.
  • 今後は実証していきたい


種内淘汰におけるムダが共存を促進するという議論.確かにいわれてみれば理屈はその通りだが,実際にはあまり効果はないだろうという印象.1つはここでいわれている密度効果は集団がごく小さくなるまでほとんど発生しないということがあるし,もう1つは時間スケールが全然違っていて,例えば冒頭の例でいうと,本当に密度効果が生じるには局所配偶競争が目に見えて生じるほど集団が小さくなってから,その集団の小ささがハミルトン性比が進化するまで保たれなければならないし,保たれたとしてもすごく大きなタイムラグが生じるのではないだろうか.

種内多様性の進化的成立過程とその生態的効果の方向性をつなぐ 高橋佑磨
  • 進化が生じれば個体群動態は変わり,種間関係も変わる.この方向性が予測できるかに興味がある.
  • ここでは種内の多様性を考えよう
  • 種内多型には(集団にとっての)プラスの副産物的な効果がある.集団全体でリスクやコストを分散させられる,パフォーマンスの向上もあり得る.これはテントウムシの色の多型やグッピーの行動傾向の多型において報告されている.
  • しかしプラスに働いていないものもある.イモムシの多様性は特に捕食圧を低下させないという報告がある.条件によって多様性の効果が変わる場合もある.
  • では種内多型はどのように進化しうるのだろう.いくつかの進化的な説明がある.1つは頻度依存などによる平衡淘汰,もう1つは移入と淘汰のバランスにより保たれるというものだ.
  • 多型の機能はどう決まるのだろうか.ここではモデルにより考察,実験,種間比較を取り上げる.
  • モデル:まずベースに負の頻度依存効果,中立,正の頻度依存効果を仮定し,そこに確率的な要素を加える.分析によると負の頻度依存効果があるときに多型の集団にとっての正の効果が期待できるようだ.
  • 実験:キイロショウジョウバエにはよく行動するRoverタイプとのんびりのSitterタイプがある.これらをRのみ,RS半々,Sのみの集団にし,低栄養条件と高栄養条件に晒して集団の内的増加率を比較する.すると低栄養の時のみ負の頻度依存効果が観測できた.なぜだろうか.異型同士の方が出合いやすい,社会的フィーディングにより利用効率が高まるなどが効いているようだ.
  • 種間比較:イトトンボではオスのハラスメントが激しく,メスの2型がオスのハラスメントコストに関して負の頻度依存になっていることが知られている.このイトトンボのメスの2型のあるなしで種間比較を行うと,2型ある方が分布域が広く絶滅率も小さい.
  • まとめ:進化過程から生態的帰結が予測可能だ.多型はコストを下げることがあり,分布域や絶滅確率に影響する.また群集にもいろいろな影響を与えるだろう.小進化と種レベルの生態的欠は表裏一体であることが多いのではないかと考えられる.


進化過程によって集団全体のパフォーマンスに差があるという興味深い議論,多型がどのようにして進化したのかは大変面白い問題だが,それが集団のパフォーマンスに跳ねてくることについてはこれまで考えたこともなかった.面白い.

性淘汰の副産物としての繁殖干渉 鈴木紀之
  • 繁殖干渉とは種間の性的な相互作用の結果個体の適応度が低下する現象をいう.他種のオスから追い回されたり,他種の花粉が柱頭を覆ったりすることにより生じる場合が典型例になる.また繁殖干渉は競争排除などにも関連するといわれている.
  • ここで生殖隔離は(種間の性的相互作用を減少させ)繁殖干渉の影響を和らげる方向に働くと予想される.また繁殖干渉があると隔離の強化がおきにくい*1とも予想される.
  • またここで重要なことは,他種を避けるのにもコストがかかること,種内の事情が優先されることだろう.
  • 実例1:オーストラリアのカエル.大きく見るとS種とN種が隣り合っているがN種分布地域の中に小さなS種分布地域がある.この小さなS種分布域では干渉が強く絶滅が予想される.基本的に種内事情優先で性淘汰が進むので,他種との出合い頻度が高いと干渉を大きく受けてしまう.
  • 実例2:クリサキテントウとナミテントウ(「すごい進化」での説明を概説)両種が混在すると,クリサキテントウが一方的に干渉の影響を受けるので,あまり条件のよくない餌のあるニッチに逃げ込んでいる.(「すごい進化」後の展開として)数理生物学者の入谷さんと実験と数理モデルを組み合わせたリサーチを行った.モデルは意思決定ツリーの形になっていて,繁殖成功をモデル化する.実験では自種や他種と出合ったときの「積極性」を調べるもので,ナミテントウの方が積極的であることが示された.最終的に2種の個体群動態をシミュレートし,それぞれの勝利条件を調べた.積極性,種識別,再交尾率のパラメータを入れ込むと,基本的に混在状態では積極性の高いナミテントウの有利が揺るがず,野外の観察状況と一致した.
  • 実例3:マメゾウムシ.マメゾウムシでは種内のオスメスコンフリクトによりオスの前脚にトゲが発達しているが,これは他種への干渉の大きさも決める.ここでアズキゾウムシのオスのヨツモンマメゾウムシのメスについての干渉能力を調べる.アズキゾウムシを,オスメス1匹ずつ飼育と20匹ずつ飼育の系に分け,20世代経過させる.そしてそれぞれのオスのヨツモンマメゾウムシのメスへの干渉の大きさを測る.確かに20匹の系のオスの方が干渉が大きかった.これは種内の淘汰の結果が他種の繁殖を妨げることを示している.


基本的には進化は種内淘汰によって進み,他種に与える効果は副産物的であることが基本という話.納得的だ.

まとめと総合討論 山道真人
  • 今日の話は3つあった.(種内淘汰の結果の)ムダの進化が異種の共存を促進するというもの,多様性の個体群全体についての効果,繁殖干渉だ.これは生態と進化のフィードバック,進化的な多様性と種内の多様性,頻度依存性の正負という視点から考察されている.
  • このフィードバックは1990年頃からいろいろリサーチされるようになった.吉田2003はクロレラとワムシの系を用いていろいろ調べている.
  • 多様性については階層の問題もある.種内の遺伝的多様性と種間の生態的多様性は異なる階層だろう.アナロジーで片方の系についての知見を別の系についていかせるかも知れない.
  • 頻度依存性についても,正負でいろいろ系の振る舞いが異なってくる.
  • 実りある統合を期待したい.


進化生態学や行動生態学と群集生態学を橋渡ししようという視点で,いくつかの取り組みが紹介されていて面白かった.以上で大会初日は終了だ.


鈴木の「すごい進化」私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170622

すごい進化 - 「一見すると不合理」の謎を解く (中公新書)

すごい進化 - 「一見すると不合理」の謎を解く (中公新書)

*1:と聞き取れたが,なぜ繁殖干渉があると生殖隔離の強化が起きないと予想されるのかについては説明がなく,良く理解できなかった.コストがかかるからむしろ隔離が強化されるような気もする.