日本進化学会2018 参加日誌 その3


大会第二日 8月23日 その1


大会も二日目.この日も暑い.本日は朝1番からスタートでまずシンポジウムのコマになる.S10の「草原性生物の起源,進化的特性と成り立ち」も大変面白そうだったのだが,昨日のシンポジウムとも関連し,さらに刺激的なタイトルのS7「適応進化の永続性パラダイム:ダーウィニズム ビヨンド リミックス」の方に参加することにした.

シンポジウム S7 適応進化の永続性パラダイム:ダーウィニズム ビヨンド リミックス

趣旨説明 長谷川英祐
  • 本シンポジウムは春の生態学会で行った「ダーウィニズム ビヨンド」に続くものだ.
  • これまでのダーウィニズムでは適応を説明するのは自然淘汰だけで,それは単位時間あたりの増殖率で説明するものだ.しかし生物は周りの資源に依存しているもので,(単に増殖効率だけを追求しても)資源を枯渇させてしまえば絶滅する.
  • 枯渇させない方が長期的に有利であっても密度依存効果は自然淘汰では進化できない.これをよく示しているのが,オオカミが絶滅し,狩猟者が激減した北海道におけるエゾジカの状態だ.北海道の周辺地域である程度隔離されているような地域では典型的な急激な増殖と崩壊を繰り返すパターンに移行しつつある.このまま行くとおそらく北海道全体で同じようになるだろう.
  • しかし生物界を見ると40億年も絶滅せずに続いている.これは絶滅しなかったものが生き残るというプロセスが効いているのではないか.
  • これを考えるには群集生態学の視点を取り入れるのがいいだろう.食う,食われるの関係と適応進化を組み合わせるのだ.そうすると群集の進化が記述できることになる.ただし群集は自己複製しないので,その増殖率を考えてもムダだ.そこで種に代えて関係性のセットを考えていけばいいのではないか.今日のそのあたりにかかる演者を集めた.
  • なお本日は予定していた時田さんの理論的な発表が演者都合により急遽中止になって残念だが,その分濃密に議論したい.
増殖と存続から捉え直す「適応度」概念 安井行雄
  • これまで昆虫のメスの多回交尾をリサーチしてきた.そこではベットヘッジング(1頭のオスとの交尾だけだと失敗リスクがあるので,多回交尾して保険をかける)の要因が大きいのではと考えるようになった.これはある意味絶滅回避の考え方と似ているということで本日声をかけていただいたと思っている.
  • 自然淘汰における適応度は産仔数×生存率で大体表すことができる.本来は個体に関して定義されたものだが,個体は遺伝子の乗り合いバスのようなもので,これは遺伝子適応度として世代あたりの頻度増加率として再定義されている.
  • しかしこの計測は難しい.基本的に計測は個体の表現型を通じてしかできないからだ.顕性潜性があるときにAaとAAを区別できない.
  • またどう平均をとるかというのも問題になる.基本的には同じ世代内であれば算術平均,垂直世代においては幾何平均を使うべきだということになる.これは同じ世代であれば,ある個体の成功と別の個体の成功は独立事象だが,垂直世代では下の世代の成功は上の世代の成功の従属事象になるからだ.
  • そして幾何平均が問題になるなら,ある世代で0になると平均も0になる(ある世代で絶滅してしまえば,それで終わり).
  • もう1つの問題は遺伝子型から表現型の間には環境との相互作用もあって確率過程だということだ.これについてはベイズ統計を用いて表現型から遺伝子型を推定できるかも知れない.
  • こうした考察から適応度をとらえ直してみよう.
  • すると世代を越えて生き残るものが,現存するということに気づく,実はダーウィンもこのような視点を持っていた.
  • 短期的増殖は絶滅確率を高めることがある.相対的適応度だけを考えると絶滅確率を無視していることになる.
  • だから「永続適応度」を考えるべきだ.「平均永続適応度」は以下のようなものになる.
  • 存続に基づいた指標:系統がどう増えて,ある世代で何系統存続しているか,平均何世代生き残るか
  • 表現型に基づいた単位:個体,コロニー,個体群,群集の指標となる
  • ベイスによる仮説検証
  • ダーウィン適応度と永続適応度にはトレードオフがある.階層のレベル間でのフィードバックで繁殖抑制などが進化しうるだろう.


理論的には全くその通りという印象.垂直世代に渡る適応度は当然幾何平均を使うべきだ.それは当たり前だと思っていたが,実際には階層の問題などがあってきれいに理論的に整理されていないということなのだろう.またこの両者は時間的なスケールが随分違うので統合するのは一筋縄ではいかない印象もある.

系統分岐と絶滅をつかさどる社会進化*1:系統淘汰からのアプロ―チ 土畑重人
  • 現在残っている生物は訳あって絶滅しなかったものだと考えることができる.しかし本来絶滅の原因は明らかではない.
  • その中で適応進化がもたらす絶滅もある.これには(1)適応環境が急激に変化してミスマッチになる場合,(2)適応自体が自滅的である場合の2種類がある.後者の典型的な例は無性生殖の進化であり,性淘汰や共有地の悲劇などもこれに関連する.
  • 性淘汰は一見すると不合理に見える.よくオオツノジカのオスの巨大な角が絶滅理由として挙げられる,これは真偽は定かでないが,グールドがエッセイに取り上げたことにより有名になった.貝虫では性的二型が大きいほど絶滅率が高いというリサーチがある.
  • 共有地の悲劇をよく示す例にはアミメアリがある.アミメアリは無性生殖で協力系統と裏切り系統があり,裏切り系統はコロニー内では圧倒的に有利だが,最終的にはそのコロニーを自滅させる.
  • このような自滅的系統を大進化の中の系統で見ることができるだろうか.このアイデアはGCウィリアムズが「系統淘汰」として提唱している.ウィリアムズは,単系統群は進化のユニットになり得るとし,分岐を増殖,絶滅を死亡と考えればよく,分岐率と絶滅率は系統樹から推定できると主張した.
  • 具体的なリサーチ例としてはマディソン2007がある.ここではナス科の自家和合性の進化が取り上げられており,二次的な自家和合性が絶滅率が高いのに維持されていることをシミュレーションモデルであるPiSSEモデルにより説明している.またこのモデルは将来予測も可能で,自滅的系統がどのような条件で観察可能かを予測している.
  • まとめ:トップダウンは系統から,存続淘汰の解析,存続性は卓越する,系統間に遺伝的流動はない,自滅的系統も観察可能,系統樹を用いたリサーチの可能性


アミメアリの裏切り系統について深くリサーチしてきた著者による,同じようなことがもっと大きなスケールで観察できたら面白いだろうという発表.ウィリアムズの系統淘汰のアイデアやグールドによる種淘汰のアイデアは昔から知られているが,これまではあまりいい実証がなかったという理解だった.調べていけばまだ可能性はあるということだろう.時間的スケールが大きく異なる問題はシミュレーションならある程度扱えるということなのかもしれない.

利己的な遺伝子は共生系の夢を見るか? 長谷川英祐
  • クローンのアリのコロニーにおいて砂糖に対する行動傾向を見ると個体間でばらつきが発生する.そしてそれはコロニーレベルでは適応的な形質であり,時系列でばらつきは変動する.このような現象はこれまでの総合説では説明できないと考えている.何かインプリンティングやエピジェネティックスのような説明が必要ではないかと思える.
  • そういう意味で,いまは進化論の変革期ではないか.これが「利己的遺伝子は共生系の夢を見るか?」という題の意味だ.
  • ここで私のリサーチを1つ紹介しよう.ヨモギヒゲナガアブラムシは色彩に多型があることが昔から知られており,興味を持たれてきた.本州では4色あるいは5色の多型になっており,北海道でも赤と緑の多型になっている.この色彩多型とアリ,ヨモギの関係を調べた.
  • まず赤と緑のどちらが効率的に増殖できるかをヨモギとアブラムシだけの系にして調べた.結果は赤>緑だった.さらに調べると赤と緑では甘露の成分が違うことがわかった.そして緑の甘露の方がアリに好まれる.要するに緑のアブラムシはコストをかけてアリに好まれるように甘露の成分調整を行っているのだ(そのコストの分だけ増殖率が低くなる).
  • アリを呼び込むことはヨモギの上にいるアブラムシの生存にとって非常に重要なので,無性生殖期には緑の存在がコロニーの絶滅の有無に効いてくる.データをベイス推計すると春先のコロニーにおける緑の数が夏の生産に強く効いていることがわかる.
  • 緑の数がコロニー生存に重要だとしても,集団内の淘汰については赤の方が有利だ.では何故コロニーは赤ばかりにならないのだろうか.アリの存在する条件下で調べてみると,緑と赤では増殖率が変わらない.アリが緑と赤を見分けて赤の増殖をコントロールしているようだ.
  • では何故アリは栄養価の高い緑だけにするように操作しないのだろうか.ここで,夏の終わりにヨモギの花序が出たあとで,(おそらくヨモギの出す化学物質により)アブラムシコロニーがどんどん絶滅する時期があることがポイントになる.アブラムシの有性生殖時期は10月なので,この時期のコロニー絶滅率はアブラムシにとって重要になる.この時期のコロニーをよく調べると,この時期に赤が少なくとも30頭いないと絶滅確率が大きく上がることがわかった.ここに永続適応度の概念がフィットする.赤はヨモギの化学防御に対抗できる越年存続モルフともいうべき存在なのだ.
  • するとアリは来年の食糧確保のために赤を残しているのではないかと考えられる.すると全参加者が自らの利益を最大化させようとして永続的共生系が進化したと描写できる.そしてヨモギもアリの存在によりアブラムシよりも食害の大きな食草者を排除できるなら共生系から利益を得ているということになる.その場合には4者の相利共生系ということになる.
  • 以上のリサーチ結果を論文にしてとあるジャーナルに投稿したら,査読者が全くの分からず屋でエンドウヒゲナガアブラムシのリサーチに引きづられたのか,多型の説明は頻度依存以外の説明は受け入れられないとコメントしてきた.もっといいジャーナルに投稿して見返すつもりだ.
  • 今理論は大きく変わろうとしているのだ.ダーウィン的な適応度は無限のリソースとランダム交配が前提で,有限の世界では近似に過ぎない.ちょうどニュートン力学がアインシュタイン力学に置き換わったように,これから大きく変わるのだ.永続適応度の概念を使えば密度効果の進化も説明できるだろう.


迫力満点の発表で,オフレコ的な逸話満載,プレゼンのここかしこにアニメネタも仕込まれていて楽しかった.内容的には,確かに有限世代が垂直に連続する場面では適応度は幾何平均を使うべきであり,逆に言うと幾何平均で考えればそこに絶滅確率が取り込まれるということになる.そして絶滅確率が進化動態に効いてくることはこれまでも十分理解されていて,例えば有性生殖の2倍のコストの問題も,短期的な問題と長期的な問題は分けて考えられており,長期的にはマラーのラチェットで絶滅確率の問題から観察できる無性生殖種は非常に少ないだろうと説明されている.だから大変化とか理論の革新とかいうのはちょっと風呂敷が広がりすぎという印象だ.
それとは別にヨモギヒゲナガアブラムシのケースは大変興味深い.そもそもこの赤と緑はどのように決まっているのだろうか.遺伝的に異なっていてどちらも有性生殖ステージには有性生殖を行うのだろうか.アリは来年の餌のために赤タイプを残すというが,それはコロニーテリトリーがある程度広くて安定的で,アブラムシの有性生殖ステージでの分散が非常に低いということなのだろうか.そして本州の4色多型,5色多型では一体どうなっているのだろうか.疑問は尽きない.
なお発表あとの討論はバトルが長谷川と近藤の間で勃発しかけたところで時間切れ.面白そうな展開だったのでちょっと残念だった.以上でシンポジウムは終了だ.


*1:ここで社会進化とは広い意味で使っていて,性淘汰などのプロセスも含んでいるとの説明あり