Enlightenment Now その38

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

第15章 平等権 その1

 
民主制の次にピンカーが取り上げるのは平等権,差別の問題だ.
 

  • ヒトは,他の人々のカテゴリー全体について,目的のための手段としてしか見なかったり,不快なものとして扱ったりすることがある.人種や宗教による同盟は他の同盟を服従させようとする.男性は女性の労働,自由.セクシャリティをコントロールしようとする.人々は自分の気に入らない性的傾向を道徳的に非難しようとする.これらは人種差別,性差別,同性愛嫌悪と呼ばれるものだ.
  • これらの差別はほとんどの文化でほとんどの歴史的期間を通じてありふれていた.これを否定しようとするのが平等権の概念だ.平等権の拡大の歴史は人類の進歩の感動的な要素でもある.そして人種的マイノリティ,女性,同性愛者の権利は拡大し続けている.(女性政治家の活躍がいくつか紹介されている)

 

  • しかしそのような進歩自体が,その軌跡を消し去り,なお残る不正義を際立たせてしまう.大学でよく聞く進歩派の決まり文句は「我々はなお深く人種差別的,性差別的,同性愛嫌悪的な社会に生きている」というものだ.それはここ数十年の努力はムダだったという含意を持つことになる.
  • このような進歩否定は,(ほかの進歩否定と同じく)センセーショナルなヘッドラインに惑わされているのだ.(いくつかの最近のセンセーショナルに扱われたニュースが紹介されている)
  • このような進歩否定の信念はドナルド・トランプの当選によって(特に大学内において)さらに強められている.トランプはこれまでの政治常識からかけ離れた女性嫌悪,反ヒスパニック,反イスラム的な言辞を弄し,支持者を煽って当選した.一部の評論家はこれをもって国家の進歩の終焉への一歩,あるいはそもそも進歩などなかったのだとコメントした.
  • 本章の目的は平等権へ向かう潮流の深さを明らかにすることにある.

 

  • 本書をここまで読んだなら,ヘッドラインに惑わされる問題はよくわかっているだろう.データは,ここ数十年間において警察の銃撃は【減少】していること,そして黒人の容疑者が白人の容疑者より殺されやすいわけではないことを示している.
  • ピューリサーチセンター(Pew Research Center)は.ここ四半世紀のアメリカ人の人種.ジェンダー.性的指向についての見解の推移を調べ,これらが基本的により寛容とリスペクトに向かってシフトしていると報告している.

(それを示すグラフが示されている.例えば「白人と黒人がデートするのは全く問題ない」という意見への反対は1987年から2012年にかけて45%から18%に低下している.ソースはピューリサーチセンター)

  • ほかのサーベイも同じシフトを報告している.アメリカ人全体がよりリベラルになっているだけでなく,それぞれの世代コホートは前の世代のコホートよりリベラルになっている.
  • これらの数字は単に人々が世論調査でリベラル的に振る舞いがちになっているためだけではないかという疑問があるかもしれない.セス・スティーヴン=ダヴィドウィッツはGoogleの検索用語データを用いてこれを調べた.スティーヴン=ダヴィドウィッツは「nigger」という単語検索(レイシストジョークの検索のために用いられることが多い)がその他の人種差別的傾向と相関することを見つけた(例えばこの探索が多い地域の民主党員のオバマへの投票率が低いなど).
  • 数十年前にはマイノリティや同性愛を笑い飛ばすジョークはありふれていたが,今日これらは主流メディアではタブーになっている.これらのジョークはネットのプライバシーの中では健在なのか,それとも減少しているのだろうか.調べてみると,ジョーク検索の頻度は低下しており,アメリカ人はそのようなジョークをかつてほど面白がっていないことを示している.スティーヴン=ダヴィドウィッツは,Google検索ユーザーの変化を考えるとこのカーブは偏見の減少を過小評価しているだろうとコメントしている.2004年時点の方がユーザーはより若く,都会に偏っていたからだ.そしてその減少傾向はトランプ当選後も継続している.トランプの成功は歴史上の平等権拡大傾向の突然の逆転ではなく,二極化した政治情勢の中で虐げられ縮小しているデモグラフィーの流動化と考える方が良く理解できるだろう.

(差別的ジョーク検索の2004年から2017年までの推移グラフが示されている.サーチ頻度は人種差別ジョーク,性差別ジョーク.同性愛嫌悪ジョークとも大きく低下している.ソースはGoogle Trends)
実際にGoogle Trendsでデータを取ってみた.
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  • 平等権の拡大は単に政治的な目標や人々の意見の変化というだけでなく,実際の人々の人生にも影響を与えている.
  • アフリカ系アメリカ人についてみると,貧困率は1960年の55%から2011年の27.6%に低下している.平均寿命は1900年の33歳から2015年の75.6歳に上昇している.文盲率は1900年の45%から今日のほぼ0%に低下している.
  • アフリカ系アメリカ人に対する人種差別的暴力も,かつてはありふれていたが,20世紀を通じて大きく低下した.
  • アジア系やユダヤ系に対するヘイトクライムも減少している.そしてイスラム恐怖症が蔓延しているという主張とは異なり,イスラム系に対するヘイトクライムも9/11直後の小さな山以降はほとんど平坦だ.

(ここでヘイトクライムの1996-2015年の推移グラフが示されている.対黒人,アジア系,ユダヤ系については減少傾向,イスラムについてはそれまでほとんどなかったものが2001年以降わずかに見られるようになっているが,2002年以降は平坦だ.ソースはFBI)
 

  • 女性の地位は上昇している.私が子供の頃は女性は自分の名前では借金もクレジットカードの発行も難しかった.レイプの告発には夫の許可が必要だった.今日労働市場の47%,大学生の過半は女性によって占められている.レイプや夫やボーイフレンドによる暴力も減少している.

(レイプと夫やボーイフレンドからの暴力事件の1993年から2014年の推移グラフが示されている.いずれも減少している.ソースはUS Bureau of Justice Statistics)
 

  • 人種差別,性差別,同性愛嫌悪の減少の歴史的傾向は単なるファッションではない.それは現代化の波と共にある.コスモポリタンな社会では,異なるカテゴリーの人々と一緒に暮らし仕事をする.そして互いにより共感的になる.そして他のカテゴリーの人々を扱うやり方の正当性を説明する必要が生じ,偏見による取り扱いは正当性が認められなくなるのだ.人種分離,男性のみの参政権,同性愛の犯罪化を擁護することは不可能なのだ.
  • この力は,時に生じるポピュリスト的反動にもかかわらず,長期間にわたって働きつづける.死刑廃止の歴史的経過は進歩の曲がりくねった道のあり方をよく示している.擁護不可能なアイデアはいずれ道から外れ,動きは止まらないのだ.だから近年の反動的な政治情勢の中でも,だれもジムクロー法(南部諸州にあった人種差別的法の総称)の復活,女性参政権の廃止,同性愛の再犯罪化は言い出さない.


確かにトランプ政権がいかに反動的であっても,アフリカ系アメリカ人や女性の権利を制限しようとは言い出さない.それはもはや政治的に不可能なのだ.