Enlightenment Now その39

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第15章 平等権 その2

ピンカーはここまでアメリカの人種差別,性差別,同性愛嫌悪の減少を見てきた.ここからは世界についてのコメントになる.人種差別,性差別,同性愛嫌悪の減少は世界的傾向なのだ.
 

  • 人種差別や民族差別の減少は西洋だけではなく世界中で生じている.1950年代には半数の国が何らかの人種民族差別的な法を持っていた.2003年ではそれは1/5以下だ.2008年の世界レベルの大規模な世論調査では,90%以上が,人種的,民族的,宗教的な平等が重要だと答えている.平等権のランキングでは最下位のインドですら,59%は人種間の平等に,76%が宗教間の平等に是と答えている.

 
日本において人種(外国人)差別の時系列の推移はどうなっているのだろうか.少し探してみたがわかりやすいものは見つけられなかった.昨今では嫌中,嫌韓のヘイトスピーチの動向が頭に浮かぶが,これもヘッドライン効果に過ぎず,大きな傾向は改善しているのだろうか.
 

  • 性差別についてもこのトレンドはグローバルだ.1900年において女性参政権があったのはニュージーランドだけだった.今日バチカンを除けば男性に参政権があるすべての国で女性の参政権も認められている.世論調査では85%が男女の完全な平等に賛成し,インドでも60%が賛成している.
  • 1993年に国連は「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」を採択した.それ以降各国はレイプ,強制結婚,小児結婚,名誉殺人などの問題に取り組む法律を施行してきている.宣言自体は罰則を伴っているわけではないが,過去の奴隷,決闘,捕鯨,海賊,化学兵器などに対する宣言の実効性を考えると長期的には希望がもてるだろう.
  • 女性器切除への対応は1つの例になる.なおアフリカなどの29カ国で実行されているが,実施されている国の国民の過半は男性も女性もそのようなことはやめるべきだと考えている.そしてここ30年で実施比率は1/3に減少した.

日本においての性差別についてはここ数十年でかなり良くなっているというのが実感だ.1980年代ぐらいまでは大手民間企業において男女別採用のうえキャリア設計,年収カーブが明確に男女で異なっているのが普通だった.雇用機会均等法施行などもあり,このあたりの雰囲気は大きく変わってきた.現在では内閣府に男女共同参画局が存在し,政策的にも推し進められている.なお残存する改善すべき事項は多いが,世界の趨勢通りということでいいのだろう.
  

  • 同性愛者の権利も注目されるようになった.かつてほとんどすべての国で同性愛行為は犯罪的だとされていた.大人同士の同意に基づく行為を制限すべきではないという議論を最初に行ったのは啓蒙運動期のモンテスキュー,ベッカリア,ベンサムになる.一部の国はすぐに同性愛を犯罪と扱うのをやめた.そして非犯罪化国は1970年頃から急増する.なお70カ国以上で同性愛は犯罪とされているし(11のイスラム国では死刑相当とされている),ロシアや一部のアフリカの国での再犯罪化の動きはあるが,グローバルなトレンドは非犯罪化が継続している.

(ここで同性愛の非犯罪化国数の推移グラフが示されている.ソースはOttoson 2006)
 
日本における同性愛については,キリスト教文化圏と異なり,明確な犯罪という認識はなかったようだ.(調べてみると明治初期の法律で肛門性交を犯罪とするものがあるようだが,明治15年の旧刑法施行後は同性愛が犯罪とされることはなかった.とはいえ1970年代ぐらいまでは「(治療が望ましい)倒錯型異常性愛」であるという認識が普通だったようだ.これも90年代以降,世間の認識は徐々に改善されているというのが実感だ*1
 

  • 時に見せる反動を全く寄せ付けずに全世界的に人種差別,性差別,同性愛嫌悪を減らす方向へ向かう動きは,まるですべてを巻き込む大波のように感じられる.この動きをより客観的に捉えることはできるだろうか.
  • 政治科学者クリスチャン・ヴェルツェルは現代化のプロセスは「解放価値:emancipative values」(これはリベラル価値と言い換えても良い)を刺激するのではないかと説いた.この議論は「社会が農業社会から産業社会,そして情報社会に移るにつれて人々は敵をたたくことより理想を示して幸福追求することを望むようになる」とするものだ.ヴェツェルはそれを計測する方法も提示している.かれはある特定の質問項目への回答が共通の歴史と文化も持つ人々の間で相関することを見いだした.その項目には性の平等,個人的選択,政治的表現の自由,子育ての考え方が含まれる.
  • 客観的な計測においてもう1つ重要なことはコホート効果を考慮に入れておくことだ.ある地域の人々の意見の時系列的な変化は(1)時間効果(2)年齢効果(3)コホート効果に分解できる.これを完全に分解することは難しいが,ある集団の長期間のコホート別のデータがあればある程度合理的に分解できる.

(ここで北アメリカ,西ヨーロッパ,日本を合わせた「解放価値」を1980年と2005年に計測した結果が,その2時点の年齢別のグラフとして示されている.1925-1945年生まれの「Silent世代」(戦前戦中生まれ世代)と1945-1965年生まれの「Baby Boomer世代」(団塊の世代+α)と分けて考えると,戦前戦中世代も団塊の世代も1980年から2005年にかけてよりリベラルになっていることがわかる.またどちらの時点でも若い世代の方がよりリベラルになっている.ソースはWeltzel 2013)

  • まず先進国のデータを見て見よう. 
  • グラフは「右翼の巻き返しと怒れる白人男性」をテーマにした政治評論ではほとんど触れられることのない面を示している.先進国の解放価値は時間と共にどんどん上昇しているのだ.この上昇は世代内でも世代間でも3/4標準偏差を超えた上昇になっている.そしてグラフはかつて若くてリベラルだった世代が歳を取って右傾化したわけではないことをクリアーに示しているのだ.

 
(ここで地域別の解放価値の1960年-2006年の推移グラフが示されている.プロテスタント西ヨーロッパ,北アメリカ,カトリック南ヨーロッパ,中央東ヨーロッパ,旧ユーゴおよびソ連,東アジア,ラテンアメリカ,南アジアと東南アジア,サブサハラアフリカ,中東と北アフリカのイスラム国(この巡で解放価値が高い)それぞれ着実に上昇している.ソースはWeltzel 2013,The World Values Surveyのデータをヴェルツェルが分析し推定したもの)
 

  • 先進国以外ではどうなっているだろうか.ヴェルツェルはThe World Values Surveyのデータを利用し,似たような歴史と文化を持つ国をまとめ,年齢効果を時系列データから推測して解放価値の推移を1960年までさかのぼって推定した.
  • グラフはまず地域ごとに解放価値が大きく異なっていることを示している.そして驚くべきことにそのすべての地域で人々は時間と共にリベラルになっているのだ.現在の(最も反リベラル的)中東のイスラムの若い人々の解放価値は1960年代の西ヨーロッパの若い人々と同程度なのだ.(なお中東では同じコホートが時間と共にリベラルになる効果は小さい,だから中東のリベラル化は主に世代交代の影響によるものになる)

 

  • その原因は何だろうか.多くの社会的な特徴(経済的繁栄,健康,安全,教育,都市化,民主化など)は互いに相関し,さらに解放価値と相関しているため,因果を切り分けることは難しい.
  • その中で最も良い予測因子は世銀の知識インデックスだ.これは教育と情報アクセスと科学技術的生産性と法の支配を指標化したものだ.ヴェルツェルは知識インデックスだけで解放価値の70%を予測できるとしている.これは啓蒙運動の中心になる洞察の正しさを示しているのだろう.

日本においてもこのような「解放価値」の時系列的な上昇は実感されるところだ.なお社会に人種(外国人)差別,女性差別,同性愛嫌悪が残っていること,欧米の取り組みに劣後している部分があることも間違いないが,ここ数十年で相当変わってきているのも事実だろう.これを時間効果,年齢効果,コホート効果に分けて分析してみれば面白いだろう.

*1:私がこの傾向に最初に気づいたのは90年代のアニメ「セーラームーン」で描かれた主要キャラクターたちの同性愛的傾向に対する自然な接し方(そして子ども向けアニメの中でのそういう同性愛についての肯定的表現が社会的に全く問題にならなかったこと)だった.また2017年,30年前には問題にならなかったとんねるずのネタが厳しい批判を浴びたのも記憶に新しい