
Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Penguin Books
- 発売日: 2018/02/13
- メディア: Kindle版
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第18章 幸福 その2
人類の幸福について.ピンカーはまず心理学的な理論から来る問題「幸福は長続きしないし,周りとの相対比較で決まる」という問題を取り上げ,確かにそういう側面はあるが,幸福の測定自体は可能であること,また無限に幸福を上昇させることができないが,不幸を減らし,意味ある目的を追求可能にしやすくするという面での「進歩」の役割は大きいのだと整理した.
- まず経済と時間の面での素晴らしい進歩に見合うほど先進国の人々の幸福度が上がっていないということは認めるとしよう.しかし彼等の幸福度は本当に全く上昇していないのだろうか.彼等の人生はそこまで空虚なのか.そんなことはない.
- 何の根拠もなく人類の惨めさを声高に叫ぶのは社会批評家の職業病だ.1854年にヘンリー・ソローは代表作「ウォールデン 森の生活」でこう書いている.「人類の大半は静かな絶望の中にある」.湖畔の丸太小屋でソローがどうやってこれを知ったかは全く明らかではないが,現在の人類はそうでないと答えている.2016年のWorld Happiness Reportでは150カ国の人類の86%が「やや幸福」「幸福」と答えている.ソローは楽観主義ギャップ(私はOKだが,皆は違う)に捕らわれていたのだ.

- 作者: D・ヘンリー・ソロー,佐渡谷重信
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1991/03/05
- メディア: 文庫
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- 歴史的な方向性はどうなっているだろうか.イースタリンが最初にパラドクスを提示したのは1973年だ.現在では経済的裕福さと幸福についてよりビッグデータが利用可能になっている.そしてデータはそのようなパラドクスは存在しないことを示している.ある国の中で裕福な人ほど幸福であるだけでなく,裕福な国の人はそうでない国の人より幸福なのだ.そして1国が裕福になると平均の幸福度は上がっていく.これは複数のリサーチで明らかになっている.
ここで131カ国の一人あたりGDPと人生満足度の分布図が描かれている.両者は明らかに相関している.さらにそれぞれの国の中の時系列トレンドも矢印で示されているが皆右肩上がりになっている.ソースはスティーブンソンとウォルファーズ2008
- 図を見るとイースタリンパラドクスが存在しないことがよくわかる.GDPは対数表示になっているので,貧しい国の方が追加1ドルについてより幸福上昇度が高いことになる.これが最初にパラドクスがあると誤認された理由だろう.1973年の段階では富裕国の幸福度のわずかな上昇は測定誤差の中に埋もれたのだ.しかしこの詳しいデータで見ると傾きが平坦になることはないことがわかる.幸福度に関する限り「金持ちになりすぎる」ことはないのだ.
- 特に衝撃的なのは各国の矢印の傾きはかなり一致しており,それが全体の傾きとも一致していることだ.幸福は単に相対比較だけで決まるのではない.所得の絶対水準も効いてくるのだ.そして人々はむなしくトレッドミルを回しているわけでもない.確かに裕福になったときの満足度はある程度すると減衰するが,完全になくなりはしない.よく言われているのとは逆に宝くじを当てた人は長期的にも少し幸福になるようだ.(セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツの「誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性」が引かれている)

誰もが嘘をついている?ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性?
- 作者: セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ
- 出版社/メーカー: 光文社
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- 世界中の国々は時代と共に裕福になっていく,これとこのグラフを合わせて考えると,これは人類が幸福になっていく途中のストップモーションだということになるだろう.そしてこれは最も重要な進歩の側面なのだ.
- もちろんストップモーションと完全な時系列の歴史は異なる.全世界についてそれを示すデータはない.しかしスティーブンソンとウォルファーズは様々なリサーチをスコアリングし,1973年から2007年の間にヨーロッパ9カ国の内8カ国で,1981年から2007年の間に世界52カ国の内45カ国で国民の幸福度が上昇していることを見いだした.イースタリンパラドクスは存在しないのだ.
- もちろん幸福は金だけでは決まらない.だから上記の図にも上下に幅がある.健康,自分に選択の自由があると感じられること,文化,地理(ラテンアメリカは東欧よりも他の要因を調整して幸福度が高い),ソシアルサポート,慈善活動,経済が崩壊していないことなども関連する.しかし因果の向きは明らかではない.
幸せの相対感やトレッドミルにもかかわらず,経済的に裕福になると(1ドルあたりの上昇度は減衰するとは言え)どんどん幸福になり続けるというビッグデータの図は結構衝撃的だ.やはり経済成長は重要なのだ.保守もリベラルもここについては意見が一致して欲しいと思わずにはいられない.