Enlightenment Now その61

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

第21章 理性 その3

 
ピンカーによる理性の擁護.まず理性を否定する議論自体が成立するはずがないことを指摘し,次に認知心理学の知見「ヒトは実はかつて考えられていたほど合理的に行動するわけではない」をどう扱うかを取り上げた.そしていま問題になっているような反啓蒙運動的な言説がはびこる理由を理解することがまず重要だと指摘し,その重要な要因として「ヒトは社会的な動物であり,自らが属する文化的シンボルになっている信念に追従する方が有利であれば,そうしがちである(それはある意味合理的な態度になる)」というものがあるとする.しかし話はさらに深いのだとピンカーは続ける.理性を可能にする脳のパワーは自分を社会的に有利にする信念を強化するためにも使われているのだ.

 

  • この「信念の共同体の悲劇」は陰謀論者の政治的自己顕示を越えてさらに深い.もう1つの理性のパラドクスは経験,脳パワー,誠実な論理が必ずしも思考者を真実に導くわけではないことだ.それは自分の立場や利益に沿った巧妙な理由付けのための武器にもなるのだ.心理学者はヒトが「動機づけられた理由付け」「バイアスのかかった証拠評価」「自分側バイアス」を持つことを見つけている,
  • 我々は今日の政治二極化がスポーツ観戦に似ていることを知っている.テストステロンレベルは選挙の時にスーパーボウル観戦の際と同じように上下する.だから対立陣営がより不正を行っているように感じても不思議はない.(リサーチが紹介されている)この結果すべての事実が提示されると二極化はより先鋭化する.
  • さらに人々は(より正確な意見を持つためではなく)ファンとして楽しむためにニュースを探したり観たりするようになる.人々は温暖化の情報を得れば得るほど二極化するのだ.
  • さらに意気消沈させる知見がある.カハンは以下の実験を行った.まず様々な階層と意見を持つアメリカの参加者に以下の表を見せる.

 

  改善 悪化
処理済み 223 75
処理なし 107 21

 

  • これがある皮膚クリームの日焼けに対する効果だと教示されると,数理統計的センスのある人は,このクリームの効果はないと答え,センスのない人は(223という大きな数字に惑わされて)クリームの効果があると答える.ここまではいい.しかしこれが銃規制に関するデータだと教示されると,センスのある人達もない人達も,自分の政治的信条に沿って回答するようになる.つまりヒトの非合理性は辺縁系の問題ではないのだ,知性的に洗練された人でも政治に目くらましされ,お馬鹿になるのだ.

 

  • リサーチャー自身もこのバイアスから逃れられない.彼等はしばしば政治的ライバル陣営のバイアスを示そうとして,自らのバイアスを見逃してしまう.(バイアスバイアスと呼ばれる)リベラルな社会学者は「保守派の方が偏見を持ち攻撃的だ」と示そうとするが,彼等はしばしば証拠をチェリーピックしていることが発覚する.確かにアフリカ系アメリカ人に対しては保守派の方がより偏見を持つが,信心深いキリスト教徒に対してはリベラルの方が偏見を持っているのだ.そしてもちろんこのバイアスバイアスはリベラルだけにあるわけではない.保守派の学者がしばしば主張するように「リベラルの社会学者の方がより経済音痴だ」というわけではない.(それぞれのリサーチの例が示されている)どちらの陣営も相手よりお馬鹿であるわけではないのだ.

 
これは現実政治世界のどんな現象に関係するだろうか,ピンカーは両極端のイデオローグが共にリアリティのない信念に目くらましされている状況を解説する.
  

  • 左派も右派も同じようにお馬鹿だとして,どちらが「人類の進歩」という真実からより外れているだろうか.
  • 私はこれまで進歩の大きな推進力は理性と科学とヒューマニズムの理想であり非政治的なものだと主張してきた.右派や左派のイデオロギーは何か付け加えることがあるだろうか.これまでに示してきたグラフはどちらのイデオロギーがより正しいことを示すのだろうか.実際には両イデオロギーとも,ごくわずかに正しい部分を持つが,ストーリーの大半を見過ごしているのだ.
  • まず.そもそもの進歩の理想自体を怪しむ保守懐疑主義者がいる.エドムンド・バーク以来近代の保守派は伝統を墨守することを良しとしてきた.トランプ支持派やヨーロッパの極右は西洋文明はキリスト教モラルを捨てたためにコントロール不能になっていると主張する.しかしそれは間違っている.啓蒙運動以前の人生は暗く,飢餓や疫病に満ち,迷信にとらわれていた.
  • 左派も,市場を馬鹿にし,マルクス主義を理想化する点において同じく間違っている.産業革命と資本主義は世界を貧困から脱出させた.共産主義は恐怖政治と飢餓とともにある.それは北朝鮮の状況だけからでもわかることだ.しかし今日でも社会学者の18%は自分をマルクス主義者だと規定し,資本家とか自由市場という言葉を忌み嫌う.自由市場が安全規制,労働規制,環境規制と共存できることがわかっていないのだ.
  • そして右派リバタリアンも同じく誤った二分法(規制は常に悪)に捕らわれ,左派の格好の非難の対象になっている.

 

  • 人類の進歩という事実は右派保守派にも左派マルクス主義にも右派リバタリアンにも都合が悪い.20世紀の全体主義政府は裕福な民主主義国が滑り落ちてできたわけではなく,みな狂信的なイデオローグや悪辣なギャング集団によって押しつけられたものだ.そして自由市場を持ち,アメリカより重税で重規制でより社会保障が厚いカナダやニュージーランドや西ヨーロッパ諸国が,暗いディスピアに陥ったりしていないことも同じだ.
  • イデオロギーは2世紀以上の歴史を持つ.そして,「ヒトは悲劇的に未完成だがどこまでも矯正可能だ」とか「社会は有機的全体だ」とかいう単純な考えを持つ.しかし実際の世界は遙かに複雑なのだ.
  • 政治についてのより合理的なアプローチは,社会を存続し続ける実験と捉え,虚心坦懐にベストな実践を探すことだ.そして経験的に見えてくるのは,人々は,リベラル民主主義の元,市民規律,権利の保障,自由市場,社会保障,分別のある規制のなかで繁栄するということだ.

 
ここまでこちこちの右派や未だにマルクス主義を信奉する左派はやや極端な例だという気もしないではないが,何らかのリアリティチェックのない政治的信念は同じ問題を引き起こすだろう.ピンカーの挙げているのは(読者の反発を買いにくいような)わかりやすい例だということだと思う.