Enlightenment Now その72

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第23章 ヒューマニズム その2

 
エントロピーと進化を用いてヒューマニズムを世俗的価値の源泉(道徳律)として擁護するピンカーの試みはこういうものだ.
 

  • この命を持つ考察者は,自然淘汰の産物として,そうでなければ極めて小さな確率でしか生じない物質の組合せになっているはずだ.そしてエントロピーの増加傾向に抗して,(少なくとも)議論できるだけの期間の存続を可能にしている.それは外側からエネルギーを取り込み,狭い条件の中に踏みとどまっていることによって可能になる.淘汰産物であるから,彼等はレプリケーターの深い系統樹の枝先であるはずだ.思考は単なるアルゴリズムではなく知識を必要とするから,彼等は世界の情報を取り込み,そのノンランダムなパターンに注意を払うはずだ.(議論のために)アイデアを交換するなら,彼等は社会的生物で,相互作用するためにコストとリスクを取っているだろう.
  • 物質世界で自然淘汰をくぐり抜けて存在可能であるために生物に要求される物理的性質には,欲望,ニーズ,感情,痛み,喜びを感じる脳を持つということがある.つまり食欲,好奇心,美しさ,愛,セックスなどは生存や繁殖と結びついており,単なる浅薄な耽溺ではないということだ.そして自然淘汰はそれらがクロスパーパスで働くように仕向ける.我々が「智恵」と呼ぶものは個人の中のコンフリクトに関連し,「モラル」「政治」と呼ぶものは個人間のコンフリクトに関連している.
  • そして我々はエントロピーのある世界に生きている.ある個人の攻撃は別の個人を滅失させうるのだ.そして相互に暴力をふるわないと合意できれば互いに巨大なメリットがある.どのように社会的エージェントがチートする誘惑に打ち勝って合意を保てるのかという「平和主義者のジレンマ」は,ダモクレスの剣のように人類に常に突きつけられている.しかし歴史的暴力減少傾向はこれが解決可能な問題であることを示唆している.
  • 暴力に対して我々の身体が脆弱であるからこそ,ソシオパスは道徳に向き合わざるを得なくなる.ソシオパスが道徳に従うことを拒否するなら,我々は彼を意思を持たない脅威であり問答無用で討伐されるべきものと認識するほかない.永遠に周りを押さえつけることが不可能であれば,彼も道徳の議論に向き合うほかないのだ.

 

  • 進化は道徳の別の基礎である「共感の能力(啓蒙運動の思想家たちはこれを,博愛心,憐れみ,想像力と表現している)」を説明できる.進化心理学は我々を社会的動物とさせている感情からどうやって共感が生まれるのかを説明する.血縁者への同情は遺伝子のオーバーラップから生まれる.周りの人々への同情は互いに助け合う方が有利になることから生まれる.進化はモラル的心情つまり同情,信頼,感謝,罪,恥,許し,憤りを生むのだ.一旦同情が心に埋め込まれるとそれは理性と経験によって拡張することができるようになる. 

 
エントロピー増大傾向に打ち勝つ知的生物は貴重なものであり守るべき価値がある,そして(社会的生物として存在しているなかで)我々は互いの暴力に弱いから互いに傷つけないという合意が合理的目標として設定できるだろう,そして進化は共感能力を説明できるというのがピンカーの説明の骨子になる.もちろん厳密な意味では価値の源泉とはならない議論だろうが,多くの人にとってはかなり説得的な議論になっているのではないだろうか
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ここからピンカーはヒューマニズムに対する批判に対して反論していくことになる.最初は道徳哲学からの批判が取り上げられる.