Enlightenment Now その78

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第23章 ヒューマニズム その8

 
ピンカーによるヒューマニズム擁護.ピンカーが主敵とみる真の対抗思想はロマンティックヒロイズムになる.そしてその思想の起源であるニーチェへの激しい弾劾が行われる.なかなか厳しい糾弾になっていて,あまりニーチェのことをよく知らないと(あるいはよく知っているとなおさらなのかもしれないが)びっくりする.これはあちらでも結構話題になっているようだ.
 

  • ヒューマニズム的価値へのもう1つの敵に議論を移そう.この敵は権威主義,ナショナリズム,ポピュリズム,反動的思想,ファシズムの影に潜んでいる.このイデオロギーは有神論的道徳と同じように知的メリット,ヒトの本性への結びつき,歴史的不可避性を標榜する.これらは全て間違っている.しかしまずこのイデオロギーの歴史から見ていこう.

 

  • 反啓蒙運動思想の代表者を一人挙げるとすると,それはフリードリヒ・ニーチェになるだろう.本章のはじめの部分で私はヒューマニズム的道徳がどのように無神経で利己的で誇大妄想狂的なソシオパスに対処できるかを論じた.しかしニーチェは無神経で利己的で誇大妄想狂的ソシオパスになることは良いことだと主張しているのだ.彼にとって大衆はどうでもよかった.そして以下のように論じた.

重要なのは善悪を越え強い意思を持ち英雄的栄光を達成する超人なのだ.このような超人によって人類種のポテンシャルは実現でき,より高みに達することができる.栄光は,病気を直したり,飢餓を解決したり,平和をもたらすことではなく,芸術的マスターピース,軍事的征服によってもたらされる.西洋はホメロスの古代ギリシア,アーリア人の戦士,バイキングの時代から凋落を続けている.特にキリスト教的な奴隷の道徳性,啓蒙運動の理性の崇拝,19世紀のリベラル運動によって凋落は加速化された.これらは退廃を生んだだけだ.

  • これらはまるで悪ガキの中二病的主張だ(ピンカーは「a transgressive adolescent who has been listening to too much death metal, or a broad parody of a James Bond villain like Dr. Evil in Austin Powers.」と表現しているがまさに悪ガキの中二病ということだろう).しかしニーチェは20世紀の最も影響力のある思想家の1人だった.
  • 最も特筆すべきは,ニーチェは第1次世界大戦を招いたロマンティックミリタリズムと第2次世界大戦を招いたファシズムを鼓舞したことだ.ニーチェ自身はドイツのナショナリストでもユダヤ排斥主義者でもなかったが,ナチズムによく引用された.ムッソリーニはイタリアのファシズムとニーチェの思想の関係をはっきり認めている.あまり知られていないが,ボルシェビキとスターリン主義にも影響を強く与えている.暴力と力の栄光,民主制の破壊,ヒューマニティの蔑視などニーチェの思想と20世紀の大量虐殺の関係は明らかだ.
  • しかし驚くべきことにニーチェはいまでも広く尊敬を集めているのだ.それはニーチェの主要な思想が説得力を持つからではない.バートランド・ラッセルはそれはニーチェの「私はペリクレス時代のアテネかメディチ家のフィレンツェに生まれたかった」という言葉だろうとしている.
  • ニーチェの思想はモラルの最初のテストにすら合格しない.私がニーチェと対面できればこう言ってやっただろう.「私はあなたの言う超人だ.冷静で厳格で感情を持たない.あなたの言う通り私は小人どもを虐殺して英雄になろう.そしてまずあなたから血祭りに上げるのだ,もしあなたが私がそうすべきでない理由を挙げることができれば別だが」と.
  • ニーチェの思想が残虐で一貫性がないにもかかわらず,彼のファンが多いのはなぜだろうか.それは芸術家や戦士が独自の人生を歩めるという倫理は芸術家や戦士たち,そしてそれは第2文化インテリに受けがいいからだろう.(ニーチェのファンである著名芸術家,第2文化に属する文化人のリストが示されている)
  • またニーチェは「真実はどこにもない.解釈だけだ」とコメントしており,相対主義者にも受けがいい.そしてハイデッガー,サルトル,デリダたちに多大な影響を与え,科学と真実を馬鹿にするすべての20世紀思想(実存主義,批判理論,ポスト構造主義,脱構築主義,ポストモダニズム)のゴッドファーザーとなった.
  • 実際に多くの20世紀の芸術家とインテリは全体主義独裁者を賛美した.(独裁者を賛美したインテリたちのリストが載せられている.バーナード・ショーとイーツ→ムッソリーニ,ショーとHGウェルズ→レーニン,ショーとサルトルとピカソ→スターリン,サルトルとルウォンティン→毛沢東,サルトル→カストロあたりが目を引く)
  • なぜ多くのインテリが虐殺者である独裁者を賛美するのだろうか.インテリこそまず権力のごまかしを脱構築すべきであり,芸術家は人々への思いやりの範囲を広げるものではないのだろうか.1つの説明は職業的ナルシシズムだ.インテリや芸術家はリベラル民主制の元では評価されてないと感じ,独裁者はトップダウンで彼等に役割をもたらすと考えるのかもしれない.しかし独裁者への愛はニーチェ思想の(安物の芸術を好む)一般人への軽蔑とぐだぐだの民主主義を越えて英雄的な社会を作る超人への賞賛によってもはぐくまれたのだ.

 
ニーチェのような思想がロマンティックミリタリズムやファシズムに影響を与えるのはある意味当然でわかるところもあるが,スターリンにも影響を与えているとは知らなかった.またポストモダニズムへの流れもピンカーの糾弾につながっているのだろう.しかし悪ガキの中二病扱いされてはニーチェ哲学のファンにとっては許せないところもあるだろう.いろいろあったのも頷ける.