Virtue Signaling その8


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その4

 
ミラーの論文,いよいよ本論に入ってくる.
 

ロマンティックな徳と道徳的徳

 

  • この性淘汰モデルは道徳哲学者たちにとっては最初奇妙に見えるだろう.アウグスティヌスからフロイトまで性は道徳の敵と見做されてきた.西洋思想は身体と精神,色欲と徳,罪人と聖人を対比してきた.
  • 進化生物学理論もこれまでは道徳を個人やグループの生存効率を高める戦略として理解しようとしてきた.

 

  • このような知的バイアスを克服するためには,道徳が実際の配偶選択の場面でどう働いているかをよく考えてみることが有用だろう.身体的魅力や社会的地位を別にするとどんな特徴がロマンティックな衝動の観点から最も魅力的だろうか.人々は寛容さ,優しさ,正直,勇気,社会的感受性,政治的理想主義,知的誠実性,子どもへの共感,両親へのリスペクト,友人への忠誠などのアセスメントをもとに恋に陥る.それらはしばしば世界の哲学や宗教で道徳的徳とされてきたものだ.これらは西洋キリスト教的伝統的徳目(信仰,希望,チャリティ,愛,親切,フェア,平等,謙虚,良心など)だけでなく,ニーチェのいう異教の徳目(リーダーシップ,勇気,強さ,忍耐,喜び,優雅さなど)にもあてはまる.

 
配偶相手の魅力については進化心理学の初期のリサーチがかなり詳しく調べている.その中では性差があるものは注目を集めやすく,身体的魅力や社会的地位は教科書でもよく採り上げられている.この中であまり性差がないために注目度合いは低かったが,「やさしいこと」が確かに配偶選好にとって非常に重要なファクターであることははっきりしていた.そして(特に長期的関係性において)もてる人物像は高潔であることが多いだろう.なかなか示唆的だ.
 

道徳的障害物競争コースとしての求愛

 

  • 道徳的徳は我々が求愛時に誇りを持ってディスプレイする個人的特徴だ.実際に多くの文化における求愛は道徳的障害物競争のコースとしてみることができる.いわば様々な道徳的徳の儀式化されたテスト(プレゼントを贈る際の優しさ,約束を守る誠実さ,相手のいうことに耳を傾ける共感性,性的自制など)なのだ.
  • この求愛が道徳テストとして信頼できるものになるためには,そのポピュレーションにおいてテスト成績に分散があり,時に失敗するようなもの(約束を破る,偏見を暴露する,イライラしてしまう,浮気をする)である必要がある.

 

  • 通文化的な典型的なロマンス物語は,主人公たちは両方とも恋に陥り,至福の時を経てどこかでモラル的に失敗して危機を迎え,解決のために自分のモラル的失敗を自覚して性格態度を改善し,互いに寛大に許し合い,その後幸福に暮らすというプロットを持つ.この失敗が単に感覚的なものや認知的なものではロマンティックにならない.もし主人公たちがその性的関係のモラル的な側面(例えば売春婦と顧客,奴隷と主人など)について無関心であれば,関係は非常に浅い表面的なものであり,真実の愛はないと見做される.
  • 主観的にはロマンティックな感情は潜在的恋人に対するモラル性の分散への感受性を増幅させる.恋に陥ったときには相手はモラル的に高潔に思え,モラル的な失敗を目にするとひどく邪悪に思える.修正が示されれば評価は回復される.境界性パーソナリティ障害はこのような感度増幅の極端な状態なのかもしれない.もちろんこういう状況が判断の正確性を上昇させるとは限らない.しかしその情報を脳の別の働き(注意,記憶,意思決定,言語,運動制御など)からアクセスしやすくするだろう.
  • 逆にモラル的悪徳は潜在的配偶相手としてふさわしくないと感じられる性格上の傷になる.これには反社会的傾向(殺人,レイプ,嘘つき,騙しなど)だけでなく,被害者のない中毒的なもの(怠け者,暴食,強欲,嫉妬,薬物中毒,賭博など),向社会的行動をしないこと(チップをけちる,飢えた子どもを無視する,戦いから逃げ出すなど),意地悪なシンボル的行動(おもちゃを蹴飛ばす,本を焼く,墓につばを吐くなど)も含まれる.
  • これらは伝統的な考え(利他性についてのこれまでの進化理論,法律,宗教,精神医学)から見ると,犯罪行為,宗教上の罪,性格上の欠点,狂気などを含んだ奇妙な混合物に見えるかもしれない.しかし道徳的徳,あるいは性淘汰の信頼できるシグナルという視点から見ると,これらには重要な共通点がある.これらは配偶相手の望ましさを低く評価するものだ.そして離婚の主因(浮気,虐待,中毒,正業に就かないこと)は通文化的に道徳的な失敗と見なされている.
  • 道徳哲学者にとって道徳的悪徳の性的なコストはヒトの道徳の進化と関係ないと感じられるかもしれない,しかし進化生物学者にとって道徳的悪徳と繁殖失敗の相関には重要な示唆が含まれているのだ.

 
このロマンス物語の典型的なプロットもよくある分析だが,その意味を考えるとなかなか興味深い.確かにロマンス物語で主人公が乗り越えなければならない障害には(どちらかあるいは両方の)道徳的失敗があることが多い.とはいえ,偶然の悲劇や,双方ともモラル的には失敗していないが誤解されてしまうというプロットもないわけではないだろう.その場合には最初から最後まで両主人公はモラル的に高潔だが,運命に翻弄されるという筋書きになるようだ.
 

求愛の優しさ

 

  • 性淘汰で最も容易に説明できる道徳的徳は通文化的に求愛において顕示的に示されるものになる.特に求愛時の「優しさ」は最も明白な例だ.それは動物求愛における給餌(オスによる求愛給餌は良い遺伝子,良い子育て能力の信頼できる指標になる)とパラレルだ.
  • ヒトの求愛における優しさには,利他性,親切,パートナーやその連れ子や家族への同情が含まれる.これらの優しさは非血縁個体に向けられ,返報が期待されていない.だから血縁淘汰や互恵性では説明が難しい.
  • さらに求愛における優しさには,通常血縁淘汰的に解釈される父親の投資も含まれる.しかし実際にほとんどの離婚した父親は母親への性的アクセスが閉ざされるとすぐに投資をストップしようとする.これは性的関係を維持するための投資として解釈する方が整合的だ.伝統的社会では子育て投資のカットはすぐに仲間に知れ渡っただろう.だとするとそういう男は非モラル的で利己的だと悪評が立ってその後の繁殖成功にマイナスになるかもしれない.しかし社会的文脈によってはそのようなモラル的コストは投資コストより低くなるのかもしれない.このような条件依存性をよく理解すれば,より検証可能な予測を導くようなモデルに発展させることができるだろう.

 
実際に離婚したあとで養育費を払わなくなる男性は多い.社会的規範やそれによる評判効果もあって性的アクセスが断たれれば掌を返すようにすぐ払わなくなるわけではないようだが,確かに包括適応度だけでは理解しにくい振る舞いであるかもしれない.