Evolinguistics Symposium 「Concepts and Categories」 その1


 
昨年夏にいろいろ参加して面白かった新学術領域「共創的コミュニケーションのための言語進化学」が主催するEvolinguistics シンポジウムが10月29日に駒場で開かれたので参加してきた.
今回の講演者はシジュウカラのシグナルコールの研究で活躍中の進化生物学者の鈴木俊貴,「ことばと思考」の著者で言語学者の今井むつみに加えて,海外からハウザー,チョムスキーといろいろと話題になった「The Language Faculty: What is it, who has it, and how did it evolve?」を共著した認知科学者のフィッチ(W Tecumseh Fitch),意味論やアナロジーが専門の言語学者ゲントナー(Dedre Gentner)という豪華メンバーだ.
会場は東大駒場キャンパスのKOMCEE West.
 
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Opening Remarks & Introduction 藤田耕司

 
まずこの新学術領域のテーマ「階層構造と意図共有による共創的コミュニケーション」の意味を簡単に解説.
それからドゥ・ヴァールの新刊「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか(Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?)」にも触れて,ヒトと動物のコミュニケーションの比較の重要性を強調し,さらにチョムスキーの最近の考え「ヒトの言語は思考のための適応であり,コミュニケーションのためではない」を批判気味に紹介し,今日のテーマ「概念とカテゴリー」につなげる.一般的に動物にも概念はありそうだがカテゴリーはないのではないかと思われているが,そのあたりを考えていきたいという趣旨になる.
 

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?

Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?

 

Imagery in wild birds? Retrieval of visual information from referential alarm calls 鈴木俊貴

 

  • 私は鳥のコミュニケーションを研究している生態学者だ.
  • ヒトの言語においては外界のものについてカテゴリーを持ち,そのメンタルイメージを持つ.これが指示言語(reference language)だ.ヒトの言語発達過程を見ると2~8ヶ月では話し相手を見ているだけだが,9~12ヶ月で相手が見ているものをチェックするようになり,13~15ヶ月でメンタルイメージを持った指示(reference)を行うようになるとされているようだ.
  • このような指示コミュニケーションの進化についてはよくわかっていない.チンパンジーやボノボを研究するのは進化的な連続性や起源を調べることになる.これに対して系統的に離れた鳥を調べるのはその一般則を探る試みだと思っている.

 

  • 一般に動物のシグナルは動機的,感情的なものとされていた.ダーウィンも動物の信号を感情の発露と考えていたし,それはローレンツも同じだった.それでこれまではほとんどが送り手と受け手の2者間の関係だけが考察されていた.
  • それを変えたのはセイファースのヴェルヴェットモンキーにおける3種のアラームコールの発見だった.(動画による紹介あり)またこのコールの意味の完全な獲得には学習が必要であることもわかった(子どもはワシコールについてすべての大形の鳥を対象にするが,大人になると猛禽類だけに使うようになる)
  • これに触発されてこのような機能的指示=コールがほかの動物でも調べられた.その基準としては音として指示対象ごとに異なることと受信者がそれに異なる反応をすることが挙げられる.そして哺乳類で13種,鳥類で8種に見つかった.有名なのはワタリガラスやミーアキャットの事例だ.
  • ではこのようなアラームコールはヒトの指示言語と同じなのだろうか.これは激しい論争を巻き起こした.議論の焦点は認知メカニズム,概念,メンタルイメージを巡るものだった.

 

  • 私はこの中で特にメンタルイメージについて興味を持って調べている.
  • 日本のシジュウカラ(Japanese Tit)には一般的な捕食者警戒コールとはっきり異なるヘビに対する警戒コールがある.これはまず送信者側に「無害な動物」「一般的な捕食者」「ヘビ」というカテゴリーがあることを示している.
  • また受信者側もヘビコールには特異的に反応する.(巣の外で聴いたときには下を見る.巣内にいると飛び出す)これは機能的な指示(reference)といえる.(動画による説明あり)
  • ではメンタルイメージはあるのだろうか.fMRIで調べるのは難しいので以下のような実験を行うことにした.シジュウカラにアラームを聞かせ,その際にヘビではない棒っ切れを紐でヘビのように動かしてみせる.ここでアラームをヘビアラーム,一般捕食者アラーム,(関係ない)社会的コールの3種にして,それぞれヘビに対して行うようなチェック行動が見られるかどうかを見る.結果はそれぞれ11/12,1/12,2/12となった.
  • また単に新奇刺激に反応しているかどうかを見るために動きをヘビ的なものと振り子的なものに変えて比較する.ヘビアラーム下ではヘビ動きに10/12,振り子動きに1/12,一般捕食者アラーム下でそれぞれ0/12,0/12となった.
  • これはメンタルイメージを持っていることを示している.

 

  • 今後はこの発達過程について調べていきたい.

 
 

Q&A

 
Q:Japanese TitとGreat Titは異なるのか.(フィッチ)

A:とても近縁な2種だ.しかしヨーロッパのシジュウカラは私が見つけたヘビコールを持たない.録音を聞かせても反応しない.

 
Q:ほかのメンタルイメージはあるのか(今井)
 
A:私はこの鳥を15年観察しているが,見つけたのはヘビコールだけだ.
 
 
Q:これはコンセプトなのか.(今井)
 
A:私はそう思う.この辺は定義の問題.
 
 
Q:このヘビコールはガラガラヘビの音に似ているが,単にヘビに似ている音に反応しているのではないか
 
A:それは違うと思う.そもそもこのコールはこの地域のヘビ(アオダイショウ)の音に似ていない.そして実際にこのアオダイショウの出す音に似た別のコールがあって,それに対してはヘビへの反応を示さない.
 
 
シジュウカラのヘビ警戒コールが日本で発見された話は聞いていたので,発見者による動画付きの解説は大変楽しかった.ヘビの動きと振り子の動きを対比させてメンタルイメージの有無を調べるという話も興味深かった.
なお本発表では日本のシジュウカラJapanese Tit(Parus minor)とヨーロッパのシジュウカラGreat Tit(Parus major)は別種であるという立場に立って解説されていた.あとで調べてみるとかつてはこれは同一種とされていたが,2005年頃から別種とする見解が現れ,日本鳥類目録も2012年の改訂7版から別種とすることにしたようだ.確かにヨーロッパのシジュウカラは胸がクリーム色でかなり見た目が異なる印象がある

 
 

Abductive inference in symbol grounding and system construction in lexical acquisition 今井むつみ

 

  • 子どもの意味論の獲得を調べている.子どもに対してその単語の意味をその語を使って教えるのは無理だ.子どもは1つあるいは少数の例を用いて推測しているに違いない.それでどうやって語を使えるようになるのかはいわゆる「ガバガイ問題」で,インファレンス(Inference)によるのは論理的には不可能とされている.
  • そこで私はこれはアブダクションによっているのだと主張したい.
  • アブダクションの定義はパースが行っている.アブダクションは q, if p then q, so maybe p という形の推論形式であり,受け入れ可能な最も良い説明を探そうとする.
  • そして語の意味の推論にはアブダクションが必要だ.与えられた例や関連する情報を統合し,最もありそうな解釈を受け入れる.

 

  • そしてどのようなアブダクションを行っているのかを調べるためにいろいろ実験している.
  • まず子どもに対してあるものを「これはダックスだ」と教示し,次に形だけ同じもの,大きさだけ同じもの,色だけ同じもの,材質だけ同じものなどのいくつかの候補を示して,ダックスであるものはどれかを聞くという形で行う.
  • こういう実験を行うと子どもには強いシェイプバイアスがあることがわかる.ものの名詞については形から一般化するのだ.
  • しかし常に形が優先するわけではない.木材チップや米粒などを多数並べてある形にして示すと,その形より材質を優先させる.つまりソリッドなものについては形に,流動的なものについては材質にバイアスがあるのだ.そしてお人形のようなものには固有名詞バイアスがかかる.

 

  • では動詞の意味はどのようにアブダクションするのか.
  • これはイベントシーンの要素をマッピングする形で調べることができる.
  • 動きの意図は文法からある程度推定できる.例えば他動詞は動作主の意図を,受動態はエージェントの意図なく自然に生じたことを示す.
  • しかしそのような要素が複数あるので最後にはアブダクションが必要になる.項の数と格のどちらが重視されるかを見ると2歳児では項の数になるが3歳児から5歳児では格の種類が重視される.
  • 似た動詞の意味がどう違うかを理解するにもアブダクションが重要になる.アナロジーを理解するのにもアブダクションは使われる.
  • ある言語内での動作を動詞でどう切り分けるか.英語でcarryというところを中国語では持ち方により何種類もの動詞を使い分ける.これらの習得にもアブダクションが必要だ.

 

  • ではアブダクションの進化的な起源はどこにあるのだろうか.
  • チンパンジーは「記号→それが指し示すもの,色」を学習し理解することができる.
  • これは語の意味を獲得したといえるのだろうか.実はチンパンジーは「記号→指し示すもの」のタスクができるようになっても逆の「指し示すもの→記号」のタスクができるようにはならない.これはヒトの幼児とは対照的だ.
  • このような双方向の理解ができるかどうかについて多くの動物が調べられた.チンパンジーのほかハトやサルで調べられたがほとんどは失敗した.唯一(どうしてかはわからないが)アシカには成功例がある.
  • この双方向の理解は最も単純なアブダクションリーズニングであり,子どもはこれをアブダクションで獲得するのだ.

 

  • ではこれは言語獲得したからできるようになるのか,それともこれがあるから言語獲得できるのか
  • それを調べるために(獲得前の)8ヶ月児で,おもちゃの種類とその動きを何度も見せて,次に動きだけ見せそのあとでそのおもちゃの種類を魅せる.最初の学習時と組合せが異なると,ヒトの幼児はより見つめるが,チンパンジーではそういうことがない.
  • 結論としてヒトの幼児は様々な手がかりを統合し,アブダクションをしている.これはヒトのユニークな能力だと主張できる.

 

Q&A

 
Q:双方向理解はオウムができるという報告がある.(フィッチ)
 
A:なるほど.しかしでは何故チンパンジーができないのだろうか

→私は訓練の詳細が問題なのではないかと考えている.
 
言語学習にアブダクション形式の推論が用いられているというのは説得的だ.双方向性の理解の話も面白い.レファレンスが常に双方向的でないというのはその通りだろう.例えば私は英単語→日本語単語想起と日本語単語→英単語想起では多くの単語で前者の方が遙かに容易になる(話したり書いたりするより聞いたり読んだりしている方が圧倒的に多いからだろうが).これは名詞とその指し示すものでもおそらく微妙に生じているのではないだろうか.
 
今井の著書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/archive/2010/12/25

ことばと思考 (岩波新書)

ことばと思考 (岩波新書)

 
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