From Darwin to Derrida その1

 
デイヴィッド・ヘイグは,ゲノム内コンフリクトに関する独創的なアイデアをいくつも提出した進化生物学者で,私の中ではハミルトン,トリヴァースに並ぶ evolutionary thinker だ.彼はあまり本を書いておらず,これまではエッセイ付き自撰論文集「Genomic Imprinting and Kinship」のみだった(この論文集は出版直後に入手して読んだが,大変面白く刺激的だった).
そこに今回この「ダーウィンからデリダへ」という新刊が出た.デリダというのが気になるが,まあヘイグを信用して読んでみることにした.序言はデネットが書いている.
 
 

序言 ダニエル・デネット

冒頭はこう始まっている.

  • この楽しい本は,どのようにして意味が存在するようになるのか,そしてどのようにして私たちがに自分たちの世界を意味づけるのかについて語ってくれる.そして本書は,哲学.詩,生化学,シャノンの情報理論,古き良き文学の間にある敵対的な境界を無視し,それらをつなげようとする. 

 
ここから,遺伝子制御ダイナミクスとアリストテレスやベーコンの議論の関連,胎盤制御遺伝子制御書き換えにおけるレトロウイルスの役割と文学解釈の関連などが本書の中で議論されることが予告されている.そして科学者にとっての歴史の意味,人文学者や社会科学者にとっての分子生物学の詳細の意味を知るためには本書のローラーコースターのようなアイデア展開が役に立つだろうとのコメントがある.そこからこう続く.
 

  • 哲学者は(よく流布されている偏見によると)「生命の意味は何か」という古くからある問題に関心を持つ.そしてハードサイエンティストは(やはりよく流布されている偏見によると)その問題の解決を無限に延期して,物理的メカニズム的な「どのように」問題(物質とは何か,時間とは何か,分子はどのように動くのか,生物はどのように生まれてどのように生存し続けるのか)だけを取り上げ「なぜか」問題を問わない.
  • このような偏見は自然科学を人文科学から遠ざけ,「自然の法則」と「法則なしのナラティブ」の分断を生みだす.
  • この境界線はこれまでも教えられてきたが,いまこそより教えられるべきだ.それは私たちがより良く物事を知るようになったからだ.私たちは今や生物の臓器の精密さの理由を知っているし,芸術や文学で扱う「意味」がリアルな現象であることも知っている.今や物質と意味,メカニズムと目的,因果と情報を統一的な視点から見ることができるはずなのだ.
  • そして私たちはその統一の鍵がダーウィンの危険なアイデア,つまり「自然淘汰による進化」にあることを150年前から(おぼろげであるにせよ)理解している.そしてこれはより多くの分野で認められつつある.
  • しかしではどのように統一すればいいのか.そこにはまだ解決されていない緊張がある.かつてマルクスは「種の起源」について「これは自然科学の『目的論』への致命的一撃であるだけでなく,その合理的目的を実証的に説明した」とコメントした.
  • ダーウィンは目的論を説明したのか,それともそれを駆逐したのか.その答えは「両方とも行っている」というものになる.それは目的も機能もない現象から目的や機能が現れることを説明したのだ.
  • しかしこのことは多くの人から疑問を持たれてきた.そこには希望的観測あるいは自己欺瞞があるのではないか.自然科学から目的を追放すべきか,あるいはダーウィンは目的論を手なずけたのか.

 

  • 問題解決の鍵は詳細にある.私はそれをこの本を読んで痛感した.私たちは進化理論がわかっていると思い込みがちだ.しかしヘイグは,注意深い適応主義に立ち,現象をリバースエンジニアリングし,すべてのパターンの理由を理解しようとするなら,多くの価値が複雑な細部にあることがわかることを教えてくれる.
  • ヘイグは,戦略遺伝子,裏切り者と詐欺師の競争,チームプレイと歩哨,ロボットにより作られたロボットにより作られたロボットが理由を知ることなくそれらが乗るヴィークルを未来に向けて動かしているという奇妙で魅力的な世界を見せてくれる.これはドーキンスによる利己的な遺伝子の世界をより深くより詳細に探検した世界なのだ.

 
またデネットは本書を読む上で参考になる2つの法則を紹介している.

  • (1)ブライテンベルグの法則:単純なものを組み合わせて作った複雑なものの挙動の予測(下方統合)の方が,観測している複雑なものの挙動をその内部の動きの分析から予測すること(上方分析)より容易である.
  • (2)ワーデンの法則:生じうることはいつか生じる.(デネットによるとこれはマーフィーの法則の改善版で,面白いペシミスティックな表現から脱して物事の真のあり方に近くなっているということになる.これを刑務所の脱獄防止の視点で捉えると,囚人のIQテストを行うより,脱獄可能性の分析の方が有用だということになる)

 
デネットによるとヘイグの分析の多くはブライテンベルグの法則にいう下方統合の手法によっており,小さな部分を分析し,そこから自然淘汰で何が生じるかを考えながら上方に推移していく.そして進化の進み方にはまさにワーデンの法則が当てはまる.ヘイグの議論はボトムアップで,血縁利他的な遺伝タイプトークンが複製功率を追求する.そしてそこにそのトークンが利用できる情報,利用できる機会があるのかが問われる.
そしてデネットのもう1つの問題意識である「意識」について最後にコメントがある.

  • ではどこから真のエージェンシーが現れるのか.分子から心に,利己的遺伝子から実際の(利己的であったり利他的であったりする)ヒトにはどのように到達するのか.
  • ヘイグは「意識的意図は生物に普遍的に現れる志向性の特別なケースである」と語り,どのように特別なのか,どのように現れたのかを説明している.そこではヘイグはどのように遺伝子,文化,理性が相互作用して,賢明さから誠実性が生まれるのかを語る.それは奇跡ではなく一歩一歩複雑性と自由に向かって進んだ過程なのだ.

 
そして最後にこう結んでいる.
 

  • 進化生物学はダーウィン自身に始まる多くの素晴らしい解説者に恵まれている.私の彼等に対する畏敬の念をここで繰り返すことはやめておこう.しかしデイヴィッド・ヘイグはその中でも新奇な洞察に恵まれ,明晰であり,論争の解決者であり,そして慎重でかつ楽しいという点で際立っている.そしてヘイグは存命中の誰よりも私に考えて理解することの喜びを思い出させてくれるのだ.

 
というわけでデネットによるとこれは「利己的遺伝子」の思考をさらに先に延ばした進化思考の本ということになる.読んでいくのが楽しみだ.
 
関連書籍
 
2002年に出されたヘイグによる自撰論文集.基本的なゲノミックインプリンティングのアイデア,それが種子植物の胚乳や哺乳類の胎盤での成長時にどのような営業を与えるか,親子コンフリクト理論との関係,ゲノム内コンフリクトと真社会性との関連,カイガラムシの染色体システム,キノコバエの染色体システム,両親間コンフリクトの一般理論(トリヴァースとの共著),コンフリクト理論とインセスト,両親間コンフリクトとインプリンティングの一般理論,ゲノミックインプリンティングの分散の性パターンなどの論文が並んでいる.

Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)

Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)

  • 作者:Haig, David
  • 発売日: 2002/02/20
  • メディア: ペーパーバック