
From Darwin to Derrida: Selfish Genes, Social Selves, and the Meanings of Life (English Edition)
- 作者:Haig, David
- 発売日: 2020/03/31
- メディア: Kindle版
ヘイグの「ダーウィンからデリダへ」.冒頭にはプロローグが置かれている.
プロローグ 最初に言葉ありき その1
- 進化理論は汚れ仕事だ.それはヒトの本性について何か言うべきことを持つ.
- 多くのしっかりした進化理論は数学の衣をまとっている.私はこの数理モデルについては規律のあるメタファーだという風に考えている.
- 私たちは世界の中の何かをxを使って表す.例えばナメクジをxとし,レタスをyとする.そしてxとyの関係を数学を使って分析するのだ.私たちはナメクジはxのように振る舞い,レタスはyのように振る舞うと想像する.そしてナメクジとレタスの関係を理解するためにモデルの中でのxとyの振る舞いを分析するのだ.誰もモデル自体の挙動については反対しない.しかしモデルにどこまで物事を入れ込んだのか,モデルの挙動をどう解釈するのかについての議論は尽きない.モデルがメタファーであればその解釈は無限にあるからだ.
- 私はメタファーの使用を批判しているのではない,その逆だ.メタファー(による理解)は本質的だ.私たちはメタファーを通じて世界を理解する.私たちの感覚は仮想現実だ.現象とは物事を理解するためのメタファーなのだ.
なぜいきなりメタファーの話が出るのか,なかなかわかりにくいが,ここからその説明になる.進化理論を説明する際の「これは○○のために自然淘汰を受けて進化した」というような(「目的」があるかのような)言い方の問題ということになる.このような言い方は厳密には不正確だ(そして創造論者につけ込まれやすい)が,自然淘汰の働き方がわかっているものの間では簡潔でわかりやすく便利な言い方だというのが一般的な感覚だが,ヘイグは結構こだわっているようだ.
- 学部生の頃,私は意図を示す慣用句を避けることに疲れ果てた.40年たっても私は意図を示す用語は避けるべきだと信じ切っている匿名の査読者から「非科学的な」用語法を注意される.彼等のモラル的な言葉遣いから,何か重大なことがこの用語法にかかっているのがわかる.講演を行っても適応に関する「ソフト」な用語法を批判される.
- しかしこのような批判者の言葉もコードやシグナルやメッセージへの言及にあふれている.そのことを指摘すると彼等は自分たちの用語は厳密に物理学的に定義されていて「目的」をほのめかすものではないと言い張り,自分がメタファーを使っていることも否定する.
- これが単に用語選択だけの問題ならこの本を書くことはなかったろう.そうではないのだ.言語は深い内部的構造の表現だ.検閲を受ける単語は何か大切なことを伝えようとしている.本書は次の4つの理由から単語の意味に特に注目する.
- 言語はそれ自体進化しており,遺伝的進化を考察するための有益なアナロジーを提供してくれる.
- 意味は解釈過程の結果であり,解釈者により異なる.だからしばしば哲学や生物学の辛辣な論争は事実の問題ではなく単に単語の定義の問題であったりする.
- 言語の起源は意味の不安定性が語彙の異常な拡大を起こしたことを示している.
- (これが最も重要だが)言語の美しさと多様性はそれ自体驚異である.
この言語についてのコメントは40年にわたる「目的」についての考察の言語に関する部分の抜き書きのような趣だが,奥が深くて味がある.そして本書全体が意味と目的にかかるものであることがほのめかされている.
- 長い期間を経て私は次のように考えるようになった.農業や医療に役立ちそうな多くの生物学のアプローチがしばしば追求されていないのは,哲学的な論理的推定に反しているという理由なのだが,当の生物学者自身はその論理的推定に気づいていない.良いアイデアが悪い理由によって棄却されているのだ.そしてその自己欺瞞的な理由の1つが自然主義的目的論だ.それは生物がしばしば目的を持って行動しているという明白な事実から目をそむけるものだ.
- 「科学に目的論が入り込む余地はない」という訓戒の歴史は17世紀にさかのぼり,そして科学的説明としての目的因(final cause)の拒否は科学革命に始まる.
- 目的因はアリストテレスの4原因の1つだ.(乱暴に言うと質料因はものが何からできているか.形相因はそれはどのようなものか,作用因はそのものに動きを与えるのは何か,そして目的因はそれが存在する目的は何かということになる)
- 新しい物質主義哲学は,質料因と作用因は受け入れたが目的因の受け入れを拒否し,形相因には曖昧な態度をとった.その背後にあるのは事実と価値の分離だ.重要な科学的な価値は「事実は価値より重要だ」というものだ(もちろんこれには皮肉が含まれている).しかし私たちが真の科学者であるなら,価値や目的の起源を理解したいと思うはずだ.
ここでアリストテレスが登場する.いかにもハーバードのインテリ的な引用と哲学的な考察でなかなかついていくのがハードだ.アリストテレスの4原因のところがこれでいいのかどうか私に判断する能力はないが,目的について無視するのではなくアリストテレスのひそみに倣ってよく考えるのが真の科学者の態度であるべきだという主張になる.この難解なプロローグはここから本書の内容の説明に入っていく.