From Darwin to Derrida その4

 
第1章はいきなりエリザベス1世とジェイムズ王,そしてフランシス・ベーコンから始まり,ベーコンの著作「学問の進歩」(1605年)からの引用が延々と行われ,引き続いてデカルトからの引用が並ぶ.なかなかハードなスタートだ.最初のテーマは科学にとってのアリストテレスの目的因の探求の意義ということになる.
 

第1章 不妊の処女

 

  • エリザベス女王から不遇の扱いを受けた後にジェイムズ王に取り立てられたフランシス・ベーコンは王に著作「学問の進歩」を捧げた.そこでは高等教育において古典中心に本を読むことより実践的な技術や実験科学を重視すべきことが説かれている.
  • そして本の中では,結婚せずに世継ぎを残さなかったエリザベスに対して,多くの王位継承者を残したジェイムズ王を(偉業を後の世に受け継がせようとするものだと)褒め称えている.
  • さらにこの「科学の進歩」では,物理学は(アリストテレスの)質料因と作用因を扱い,形而上学は形相因と目的因を扱うとして区別し,物理学における目的因を断固として拒否した.そしてこの目的因を不妊の女性にたとえている.
  • デカルトも「省察」「哲学原理」において物理学における目的因を否定し,それは神の心は探知不可能だから,神の真意を自分たちと同じようなものとして推定すべきではないからと説明した.
  • ベーコンもデカルトも(物理的探求における)目的因を否定した,それは別のところでなされるべきだと考えたのだ.この形相因と目的因を探求領域から排除しようとする姿勢は今日まで続く問題状況となっている.だからウィリアム・ヒューエルもこう言っている.
  • 目的因は物理的探求から除外されるべきである.我々は創造主の目的を知っていると仮定すべきではない.・・・ベーコンが目的因を不妊の処女にたとえたのはその力強い表明といえる.・・・

 

学問の進歩 (岩波文庫 青 617-1)

学問の進歩 (岩波文庫 青 617-1)

  • 作者:ベーコン
  • 発売日: 1974/01/16
  • メディア: 文庫
省察 (ちくま学芸文庫)

省察 (ちくま学芸文庫)

哲学原理 (ちくま学芸文庫)

哲学原理 (ちくま学芸文庫)

 
17世紀に(アリストテレスから脱して)科学における目的因排除が始まったというのがこの導入部分で述べられていることになる.科学において神意を推察すべきでないからという理由付けが面白い.
 

形と機能
  • この17世紀の科学的探求からの形相因と目的因の排除は非生物対象の学問に大きな成果をもたらした.しかし生物の探求においては非物理的原因は使われ続けた.生理学や医学においては目的論的概念は中心的なものであり,博物学者は精密な適応に神の存在を見いだし,発生学者は発生を最終形態への過程だとみた.有神論者にとっては,科学と目的論の領域における異なる説明原理の並立は,身体は物理的メカニズムだが,その機能と形態は神意を表していると見ることができたのだ.

 

  • 生物の構造は機能へ向かう明確な証拠に見える.しかし異なる生物では同じ機能に異なる構造を持っていて,これを共通目的からは説明できない.マッコウクジラは他の哺乳類と同じように骨盤を持つが,後脚は持たない.ダチョウは他の鳥と同じように翼を持つが飛ばない.つまり目的因とは独立して神秘的な形態の法則があるように見える.
  • 生物は形態によって階層的に分類される.同じ種の2個体は全く同じ形態ではないが,同種とされ,その違いは理想的形態からの乖離と理解される.別種の生物の「同じ」ジェネリックなパートも認識可能だ.分類学者は「自然な」分類システムを求め,生物の形態の多様性の中に秩序をもたらそうとした.
  • 形態学はゲーテにより名づけられ,19世紀に形態を扱う科学として発展した.比較解剖学は表面の違いの中に類似構造を見つけ,説明する原則を探した.キュビエは「目的因」と呼ばれる存在条件が動物の形態を決めるのだとした.これに対して.サンティレールは形態や機能の違いの背後に(目的因とは異なる)有機体構成の統一性があると考えた.フレンチアカデミーでの論争は長く続いたが,一般的にはキュビエの勝ちだったと認識されている.
  • 創造主についてほのめかしながらヒューウェルは目的因教義についての自信を示した.「物理学についての目的因はベーコンによって排除されたかもしれない.しかし生理学において未知の目的因があるという仮定は科学に興隆をもたらした.どちらの科学も「なぜ」を問う.それは物理学においては「どの原因によって」を意味し,生理学においては「どのような目的に」を意味するのだ.・・・・」 そしてヒューウェルはカント的な用語を用いて,目的因について,それは有機体についても非有機体についても構成的であるが,有機体についてのみ統制的であるとした.
  • リチャード・オーウェンは最初目的因についてキュビエの側に立ったが,研究を進めるにつれて考え直すようになった.すべての形態が単一のプランによるものとまでは考えなかったが,モグラとウマとコウモリとクジラの前肢に統一のタイプを見いだしたのだ.形態的な一致は使用や形態の詳細とは独立な「イデア」を表現していると考えた.そして脊椎動物の原型は本質的だと主張し,多くの分類学者による目的因への不満を「不妊の処女」のメタファーを用いて表現している.

Indications of the Creator

Indications of the Creator


 
要するに17世紀の目的因排除は19世紀の生物学には及んでいなかった.さらにダーウィン以前には,もともとある機能についての適応構造が使われなくなったり別の用途に転用されていることがあること,機能は異なるのに類似する相同形質があることなどから目的因的な思考だけでなく,なんらかの形態法則(原型など)を認める考え方が生物学では主流だったということになる.続いて満を持してダーウィンが登場する.