From Darwin to Derrida その27

 

第4章 違いを作る違い その2

 
ヘイグによる遺伝子概念の掘り下げ.最初は表現型が取り上げられる.
 

表現型

 

  • 「表現型」は伝統的には個体の特性として定義されていた.だからここでは遺伝子の特性として定義され直されるべきことになる.ドーキンスによると「遺伝子の効果はその表現型だ」ということになる.この(ドーキンス的)定義では,遺伝子の効果とは(それ以外が全て同じであるとして)その遺伝子がないとき,あるいは別の遺伝子であるときとの違いを意味することになる.
  • すると(比較対象のない)孤立的な遺伝子には表現型がそもそもないことになる.すべての表現型の指定は比較に基づいているのだ.この比較はアレル頻度の変化という遺伝的適応度の測定では暗黙のものとされており,明示的な比較であることも暗示的な代替との比較であることもある.ある種類の進化的な問題については比較は既往の変異間で行われるし,別の種類の進化的な問題については比較は実際の変異と仮想的変異の間で行われる.
  • ある配列変異が陶太によるスイープで固定された集団を考えてみよう.その変異アレルは最初1つの細胞の1つのコピーだった.スイープの初期にはその頻度は既存のアレルに対する変異アレルの効果によって決まる.スイープが完了すると変異アレルの頻度が1になってそのまま固定されるか,あるいはさらに新しい突然変異アレルに(その相対的効果によっては)入れ替わる.突然変異の一部は機能を失うものかもしれない.この場合表現型の基準になる比較は機能のあるものとないものの間でなされる.またそれ以外の突然変異は新しい細胞タイプを生じさせるもの,スプライシングが変わるもの,プロモータ活性が変わるものかもしれない.それぞれの突然変異において異なる陶太における違いがある.

 
表現型が遺伝子の効果であり,それは比較により決まっているというのは,行動生態学の表現型ギャンビット(phenotypic gambit)というリサーチ戦略における重要な概念になる.このあたりを誤解した様々な批判や非難は社会生物学論争に始まり今でも時折見かけるものだ.ヘイグの解説はさらに深い部分に入る.
 

  • 遺伝子の効果としての表現型の定義は,環境や遺伝要素がどう概念化されているかによって変わってくる.そしてもはや表現型は単なる遺伝と環境の影響の和ではない.すべての表現型は遺伝子の効果だが,遺伝子の効果は異なる環境下では異なるものになる.
  • 個体間に遺伝子の影響を受けない差異がある場合,それは遺伝子の表現型ではない.カエルが偶然の事故で脚を失った場合,その脚の有無は表現型ではない(ただし脚を失ったことに対してどう反応するかの差は表現型でありうる).私たちは皆相互作用主義者であり,このような遺伝子の効果が環境によって異なることがあるという理解は実りのない「氏か育ちか」論争を越えた理解をもたらすだろう.

 
このあたりは行動生態学や進化心理学に寄せられる誤解した「行動生態学は遺伝決定主義だ」批判に関連する.ヘイグもいろいろややこしい非難に向き合ってきたのかと思わせる.ここでは単に(単純な相加的な影響を越えた)相互作用があるというだけでなくその相互作用のメカニズムについても解説がなされている.
 

  • 遺伝子はタンパク質,RNA,DNA,その他の分子と相互作用しなから効果を発現する.これらの分子は遺伝子の環境として概念化される.特に重要なのは転写過程におけるRNAポリメラーゼとの相互作用だ.しかし遺伝子の表現型はそこから転写されたRNAからのみ生みだされるわけではない.核内の環境によってはDNA配列自体が複数の形態を取れ,その形態は転写されるかどうかに影響する.(ヒトのγグロブリン遺伝子についての具体例が解説されている)
  • これまで遺伝子は化学反応にかかる触媒で,反応それ自体は不変だと考えられてきた.しかしながら最近遺伝子を変容させる化学反応に注目が集まっている.例えば(遺伝子のDNA分子は)DNAメチルトランスフェラーゼとの相互作用で「エピジェネティック」に修正されうる.するとメチル化は(代替遺伝子との比較において)ある遺伝子の表現型ということになる.もしメチル化が安定していて世代を越えて伝わるのなら,それ自身「遺伝子」と考えることができる.しかし遺伝的系譜においてそれがメチル化されたりされなかったりするならそれは表現型と考えられることになる.

 
このあたりはなかなか難解だ.様々な分子と相互作用してタンパク質を作ったり,他の遺伝子の発現を調整する中でなぜRNAポリメラーゼが「特に」重要なのだろうか.またメチル化は(次世代に伝わらないとすると)表現型と考えるべきだとあるが,それはその修飾を受ける遺伝子の表現型ではなくメチル化を決定することに関与する遺伝子の表現型ということになるだろう.これが通常一致しているのかどうかについてヘイグはコメントしてくれていない.