第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その3

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大会二日目 12月13日 その1

 
二日目の午前中は引き続きLINC-Bizによる個別発表.
ここでは優秀発表賞受賞の発表を紹介しよう.
 

個別研究発表Ⅱ

 

自信のないメンバーの投票による集合愚の発生 黒田起吏

 

  • ヒトは集団的意思決定を行うが,それは集合知を生むことも集合愚を生むこともある.
  • 集団意思決定にコストがあるとき,集合知についてどのような問題があるかを考察し,行動実験,認知モデルで検証した.
  • ここではコストとして個人の機会費用に着目(これは従来の研究では無視されている).個人はそのコストを払って集団意思決定に参加するか,自分1人で決定するかを選ぶこと(これも従来の研究では集団離脱オプションは考慮されていない)ができるとする.すると集団から離脱する個人は,問題解決能力が高い,リスクに大胆,自分の能力への自信が高い傾向があるだろう.そして集団意思決定はそのような個人が抜けたときにどう変容するかが問題になる.
  • 本研究では集団意思決定を多数決として,個人が多数決から抜けられる場合にどのような条件下で集団愚が発生するかを実験により調べたものになる.
  • 63名の学生を用いて,ギャンブル実験(リスク態度を測定),ソロ課題実験(難易度の異なる認知課題を課し,それに対してその回答に賭けてどこまでチャレンジするかをみる:能力と自信を測定),投票実験(ソロ課題と同じ課題を出し,まず回答してもらってから,そのままチャレンジするかコストを払って多数決に参加するかどうかを選択させる)を行った.各人の試行回数は96回.各人のリスク態度,能力,自信は階層ベイズ推定により測定する(自信は主観正答率と正答率の乖離から推定する)
  • 結果1:リスクテイカーであるほど多数決から抜ける傾向,有能なほど多数決から抜ける傾向,自信があるほど多数決から抜ける傾向が見られた.
  • 結果2:課題が簡単なとき多数決はほぼ一貫して一匹狼より正答率が低かった.難しくなると優劣がつかなくなった.難しい場合も(参加コストがあるので)一匹狼の方が利得は高かった.
  • 結果3:このような多数決と仮に全員が参加していた場合の多数決を比べる.課題が簡単なときには投票数が多くなると正答率は(ほぼ100%となるため)互角になった.課題が難しくなるとこのような多数決は投票数に応じて正答率が単調増加しなくなり,全員参加の多数決に比べて正答率が低くなった.つまり集団から離脱できる場合には集合愚が生まれた.
  • これは個人と集団の間に利害対立がある場合には,集団からの離脱を生じて集合愚が生じる可能性がり,集合知研究においては個体の利害や集団離脱オプションという視点が不可欠であるということを示している.

 
これは最優秀発表賞受賞の発表.協力の進化の文脈では相互作用から抜けるという戦略についていろいろなリサーチがなされているが,集合知についても不参加オプションがあればどうなるかを調べたもの.ポイントは集合的意思決定に参加することにコストがあり,そこから抜けることで(集合知を受けられないリスクをとって)コストを避ける選択肢があるというところで,そうすると自分で問題解決できる有能な人はさっさと集合的意思決定から抜けて残った烏合の衆の決定の質が下がるということになる.この発表が面白いのは,さらにリスクテイカーや自信過剰な個人も抜けることを調べているところ,そして実際のデータとして決定の質が下がることを示したところ,課題の難易度によって微妙に結果が異なるところだろう.
LINC-Biz上では,現実社会の中でのこの研究の含意は何か(会社勤めか起業かということか),自信過剰と能力とリスク態度は相関するのかなどをめぐって活発に質疑応答がなされていた.


 

農村社会における家族形態の生成と社会構造の進化 板尾健司

 

  • 工業化以前の農村の家族形態を考える.子どもが結婚後も同居するかどうかで複合家族・核家族の区別が,兄弟間で遺産を平等に分配するか誰かが独占するかの区別があり,この2軸で,絶対核家族(非同居不平等:イギリスなど),平等核家族(非同居平等:フランスなど),直系家族(同居不平等:日本,ドイツなど),共同体家族(同居平等:中国,ロシア,インドなど)と分類できる.
  • ではこのような分岐は何によるのか.またイデオロギーと相関するように見えるのはなぜか(社会主義→同居,自由主義→非同居)
  • これを農村家族のライフサイクルをモデル化してシミュレーションする.手法的には家族とその集合である社会を考えてマルチレベル淘汰モデルとし,家族,社会それぞれ適応的なものが選ばれる過程を組み込む.
  • 前提としては,労働量と生産性は収穫逓減,(同居家族による)労働集約よりも(核家族による)分裂生産の方が総生産量は多い,1家族が使える資源は資源量/家族数,資源量が不十分な場合に核家族は社会レベルで不利益を受ける(これが分裂生産の利益とトレードオフになる),資源量と生存に最低必要な富の量は所与とし,分裂確率,遺産分配の不平等性がどう進化するかをみる.
  • シミュレーション結果1:資源量が大きい(肥沃な土地が人口に比べてたくさんある)場合には核家族が進化しやすい.資源量が小さい場合には複合家族が進化しやすい.生存に最低必要な富が大きいと平等相続が,小さいと不平等相続が進化しやすい.この所与のパラメータ2軸により4分類が説明できる.
  • シミュレーション結果2:進化系産後の社会における富の分布をみると貧困層は冪乗分布,富裕層は指数分布に近くなる.複合家族で貧困層が,不平等相続で富裕層が厚くなり,富の分布は家族形態でかなり説明できる.それは社会経済史の知見とも整合的.
  • 民族誌データを元に,親子関係および兄弟関係と社会経済にかかる諸変数の相関分析を行った.親子関係との相関をみると,男性優位信条,貧者の数が強く相関し,共有地の割合は弱い相関,富者の数とはあまり相関がない.兄弟関係との相関では権力への監視,内戦頻度が強く相関し,富者の数や対外戦争は弱い相関,貧者の数とあまり相関がなかった.これらもシミュレーションの結果と整合的と解釈できる.

家族形態を全体資源量と最低限必要資源という2つのパラメータだけで説明でき,社会経済史や民族誌の知見と一致するというエレガントな発表.最低必要資源量が小さいとそれ以外の自由投資部分を誰かに集中させる方が有利になるというのが興味深い.資源量が不十分だと核家族が社会の中で不利になるという前提がポイントのような印象だ.
この発表は前近代の農村社会が念頭にあるが,近代化以降は土地にしがみつかずに次男三男が独立して産業社会で食っていけるという状況なので,このモデル上では資源量が一気に拡大して核家族化したと解釈できることになる.実際そういうことかもしれない.LINC-Biz上ではこれに父系相続か母系相続かを入れ込むとどうなるかなどが議論されていた.


女性の配偶者数の増加が繁殖成功度を高めることにつながるメカニズムの検討 寺本理紗

 

  • ヒトにおいて生殖パートナー数の増加と繁殖成功度の関係はどうなっているかについての先行研究を見ると,男性では繁殖傾向が有意に高まっているが,女性については結果は様々であるようだ.
  • 1970年代以降女性の多回配偶の例が蓄積されており,これをどう説明するかについて,男性からより多くの養育投資を受けられる(直接利益),(魅力ある恋人の遺伝子という)追加的な遺伝的利益がある(間接利益).性的対立の回避,(一夫一妻の利益が少ないときに採る)代替的な戦略(敵対部族からの襲撃リスクの軽減,配偶者死亡などのリスク低減など)などが提唱されている.
  • 実際に報告されている女性の多回配偶の例には,複数の配偶者を同時に持つ場合と離別と再配偶を繰り返す場合の2タイプがある.
  • また多回配偶が繁殖成功を高めている例もいくつか報告されている.配偶パートナーを増やすことにもコストがかかりそうなことからなぜ繁殖成功が上がるのかは謎になる.
  • 現在わかっていること:生殖パートナー数増加が子ども数の増加につながるパスには男女差がある(男性では子ども数が大きく増えるが死亡率も増える.女性では数が増えても死亡率は変わらない).
  • 現在わかっていること:女性の場合,配偶者獲得能力が高い女性がパートナー数増加によって繁殖成功を高めることがある.また新しいパートナーからの強要によって子どもが増えることも,女性の選択によって子どもが増えることもある.元々妊娠能力が高い女性が多回配偶することによる場合もある.
  • しかしこれまで年齢による繁殖能力の変化と多回配偶の利益について検討した研究はなかった.

 

  • これを検討するために実際に女性が多回配偶によって繁殖成功度を高めている集団を調査してデータをとり,定量分析していくこととした.
  • 調査対象集団はボツワナ共和国の南東部に居住するカタ集団.もともとは牛の牧畜民だったが,現在は日雇労働と小規模牧畜の組合せになっている.牛はもともとは父系継承だったが,現在は男女とも相続できる.婚姻は恋愛による一夫一妻で,結婚には男性親族から女性親族へのウシの婚資が必要.婚姻成立していない場合は子どもは女性親族に帰属し,成立すれば男性親族に帰属する.未婚での出産が一般的で父親の養育投資は低い.
  • 今回は出産間隔を妊孕力の指標とし,同一パートナーと繁殖を続ける場合とパートナー変更が生じた場合の出産間隔を比較した.また女性の多回配偶のコストベネフィットを生涯規模で検討した.
  • 結果1:再配偶後の出産間隔は延びる(再配偶のコスト)が,累積配偶回数が増えるほど平均出産年齢は上がり出産間隔は短くなった.これにより生涯的に再配偶を続けている女性ほど繁殖成功度が高くなっている.(このため妊娠可能性の年齢カーブと多回配偶利益の年齢カーブは一致しない)
  • 結果2:出産間隔の短期化は若い時期に偏らず,年齢や再配偶回数にかかわらずに再配偶後の出産間隔は短くなった.これは出産が男性の強要ではなく女性の選択の結果であることを示唆している.

 

  • 議論:再配偶を繰り返し,より高齢時に繁殖利益が増加する要因には,男性女性の配偶選好の影響,女性の年齢による社会的地位の変化などが考えられるが,前者の可能性は低いだろう.また社会的地位が高くなった高齢女性には孫や甥姪の子育てヘルパーなどの選択肢も生じるので,このような戦略を採らない理由の吟味も必要になる.今後は男性側の戦略も含めた検討を行っていきたい. 

 
フィールドのデータはやはり面白い(発表では女性たちのインタビューの結果なども載せられていて臨場感もある).子を作るかどうかはある程度女性側に選択権があるようだ.そして年齢と共に社会的地位が上がって行くので,高齢になっても新しいパートナーとの子どもはほしいと思うということかもしれない.LINC-Biz上でも活発な意見交換がなされていた.今後のデータの蓄積が楽しみだ.