第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その4

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大会二日目 12月13日 その2

 
午後から総会,招待講演という日程になる. 
 

総会

 
当然ながら総会もZoom.
いつもなら来年の大会のアナウンスがあるのだが,今回はこういう状況なのでまだ決めない(進捗は別途連絡)とのこと.
 

招待講演

 

身体に根ざした社会的認知発達 平井真洋

 

  • 身体に関する様々な側面に話をしたい.外側から,内側からの社会的認知についてを話したい.
  • まず外側から
  • (2枚の絵をフリップさせたときに女性の手と時計の針では動きの認知が異なることを示すデモ:時計の針だと最短経路で知覚されるが,ヒトの手だと回って知覚される)これはヒトの場合には筋肉や関節の動きがあるので,最短経路にならないためにこうなる.
  • (13点でヒトが歩いているように見える動画再生)このような点の動きだけでもヒトが動いていると知覚できる.男性か女性か,どんな感情を感じているかなども知覚できる.このような点の動画はモーションキャプチャーで作ることができる.今はキャプチャーなしで実動画からも切り出すことができる.
  • 読み取れる情報には性別,感情のほか,方向,意図,欺き,行為のカテゴリー,持っている荷物の重さ,二者相互作用,怪しい動きなどがある.

 

  • ではこれをどのように定式化するか.
  • これについて2つの倒立効果が重要.形態依存の倒立効果(全体をひっくり返すとヒトに見えなくなる)と形態独立の倒立効果(バイオロジカルモーション特異的なもの.足の局所の動きだけで方向がわかるがそれを倒立させるとわからなくなる.これは垂直方向の加速度情報が効いている)になる.
  • この2つは完全には独立ではなく相互作用がある.(点の動画を組み合わせたいくつかのデモあり)
  • 足の動きは空間的な注意の定位にも重要.左右どちらかを見ている顔の絵や写真を真ん中におくと視線がある方の物体の方に注意が向きやすいが,これは足の動きにも同じ効果がある.
  • なぜこうなっているのか.おそらく捕食者や養育者の検知に有用だったからではないかと思う.

 

  • このような知覚の神経メカニズムはどうなっているのか.(多数のイメージングによるこのような知覚に重要な脳の部位の紹介)ERPでは顔はN170の電位が,制止した身体画像ではN190が重要といわれている.ここで点によるバイオロジカルモーションで調べるとN170-200とN280-400が強く出てくる.
  • 前者が運動,後者が形ではないかと仮説を立て,実験によって検証した.ERP成分をバイオロジカルモーション(BM),スクランブルモーション(SM),静止点(St)で比較する.動きの処理ならBM,SMで低くStのみ高くなり,形態の処理ならBMのみ低く,SMとStで高くなるだろうと予測し,確かめると予測通りの結果を得た.さらに脳磁図により信号源を調べた.SM→BMという刺激とSM→(別の)SMという刺激の比較で調べることができる

 

  • 次に発達的な側面はどうなっているかを調べた.新生児は顔への選好があることで知られている.また視線方向への選好もある.
  • ヒヨコは親鳥のバイオロジカルモーションを選好するということも報告されている.ヒトでやると親鳥の動きとランダムモーションでは親鳥のバイオロジカルモーションを選好する.
  • 6ヶ月児でERPを調べている.BMに対してはN482-N586で反応が出てくる.これは学童期を通じて変化していく可能性がある.顔については11歳ぐらいまでN170が変化し続ける.

 

  • では背後にどういう原理があるのかという発達の理論
  • 顔・視線の知覚モデルでは初期の社会的刺激へのバイアス,それによる皮質の特殊化モデルがある.
  • このアイデアを受けてBM知覚発達モデルを作っている.現在ヒトの歩行に限定して,ステップ探知と体動作評価を分けるモデルを考えている.
  • ステップ探知は抽象的な加速度情報のある点の動きから歩行探知するもので,生後すぐに機能し皮質下が関与し,種に依存せず,学習に影響されないものを想定する.
  • 体動作評価はより詳細なヒトの動きに関する評価を行う仕組みで,学習の影響があって緩やかに発達し,皮質上が関与し,同種への鋭敏性があるものを想定する.
  • このモデルからは活性化する脳領域の違いや皮質損傷部位の違いによる反応の差,異なる課題についての異なる発達軌跡,同種・異種への鋭敏さが発達により変化することなどが予測される.

 

  • この検証を自閉症スペクトラムとの関連で考える.2歳のASD児で正立のBMへの選好がみられないこと,10歳で線分統合課題とBM課題をやってもらうとASD群でBM課題が苦手であるということが報告されている.これをもとにERPのBM-SM差分を採るとASD群とコントロール群では左半球に反応の差が出る.これはASD群でヒト形態検出処理が非定型であることを示唆している.

 

  • コミュニカティブな文脈での処理について.4ヶ月児では人が手を左右に振るか上下に振るかについて左右を選好する.これを点の動きだけにすると水平方向への選好が薄れる.9ヶ月児に手の振りの動作を見せた後で両側においたおもちゃの片方を指さして,それを覚えるかどうかをみると,水平方向の方がより覚える.これはコミュニカティブな文脈で学習が推進されることを示唆している.
  • また他者の動きからどのように学ぶのかについて,ヒトに(BMに関する)どのようなコアナレッジ(それに違背するものへの探索行動が誘導される)があるか.壁を乗り越えるような場合に飛び跳ねる動きを壁がないのに行うとそれは6ヶ月児の探索を誘導する.また4ヶ月児でも何かを差し出される動きはまっすぐ差し出されるより,(やや不自然に)曲線的に差し出される方をより見る.これがバーを越えて(曲線状に)差し出される場合とバーが無いのに曲線状に差し出される場合を比べるとバーが無い方をより見る.しかし横から第3者的に見た場合はこのような非効率的な動きへの選好はなくなる.まとめると対面での非効率的な動きに選好が生じているということになる.

 
 

  • ここからは身体の内部からの話.
  • 視点取得と身体の役割.自分の視点と相手の視点が異なることを理解できることを視点取得能力と呼ぶ.これを調べるには心的回転課題がよく使われる.ある向きにおいたおもちゃを隠し,そのまま台を回転させて,今どの向きかを聞く(心的回転課題).そして別の人形からみるとどう見えるか(視点取得課題)を聞いて比較する.これを調べると心的回転課題は4歳児で半分ほどできて,10歳ぐらいにかけて全員できるようになる.視点取得課題は4歳児ではほとんどできずに,10歳ぐらいで全員できるようになる.このエラーパターンを分析すると,視点取得課題だと自己視点に固執するエラーが特徴的に出る.
  • これはこの2つの課題を処理する脳領域が異なっているからだといわれている.心的回転課題では頭頂側頭接合部(TPJ)が活性化する.これは幽体離脱体験などに関わっているといわれている.
  • 次に隠したおもちゃの方向をあてる課題で子どもに自分が実際に台の周りを回転して動く場合と動くことを想定する場合でやってもらう.するとこの回転想起課題では(基本的に先ほどの視点取得課題を同じはずだが)視点取得課題より成績が良くなる.ただ自己視点固執エラーは残る.
  • まとめると心的回転課題と視点取得課題では異なる発達軌跡を描く.(自己視点固執誤答を考えると)これは身体位置を心的に変化させることが難しいためだと考えられる.

 

  • 別の非定型発達児童対象の研究としてはウィリアムズ症候群の子どもたちを対象としたものがある.ウィリアムズ症候群は7番染色体の一部欠損が原因とされており,(自閉症と逆に)超社会性があることが特徴.絶え間なくしゃべり,他人に関心が強く困っている人を助けようとする.
  • (写真のどこに注目するかを調べて)社会的注意を調べると,顔への注目がウィリアムズ症候群,定型,ASDという順序で強い.
  • 彼等に心的回転課題と視点取得課題をやってもらうと,視点取得課題が定型児より苦手であり,年齢によって改善しない.自己視点固執誤答も高いままになる.身体移動想起課題も苦手.これは身体移動のシミュレーション困難によると考えられる.

 

  • ASDの運動学習能力も調べている.横から力を加えられながら手を伸ばしていくいう課題をやってもらう.これで内部座標系と外部座標系のどちらを用いるかを見る.するとASD群では内部座標系では汎化するが,外部座標系では汎化しないことがわかった.
  • また(HMD利用により)視点変換された視覚入力が運動計画にどのように影響するかも調べている.これは定型児とかなり異なっており,ASD児は(視覚情報より)体性感覚情報により依存していると思われる.

 

  • ここまでは皮質上の話,皮質下ではどう関わってくるか.皮質上ではミラーニューロンシステムが有名だが,皮質下でも関係しているのかを調べている.視床下核は運動をやろうとするときに活性化することがしられている.そこで自身の運動経験がどのように行為理解を形成するか,そこで皮質下領域で知覚-運動処理を仲介しているのではないかを調べている.これに関してはシミュレーション理論(行為推測は運動経験に依存し変調する)と理論-理論(行為推測は自分の運動経験とは独立)があり,基底核に障害がある被験者で調べている.
  • フィッツの法則では,2つのバーを順次タッチする課題において運動時間は2つのバーの幅と距離に依存することが知られている.そしてこれは知覚領域でも成立していて誰かがそれをどうするかを予測するとき(知覚課題:実際には一定の速度でタッチしている映像を見せてこれが可能がどうかを判断してもらう)にも現れる.実際にやってもらうのは運動課題になる.
  • パーキンソン群と定型群で,この両課題をやってもらう.この際に動作主はあなた自身であるとしシミュレーション理論を採るように教示した場合と,そうでないと教示した場合を比較する.シミュレーションを採るように教示した場合,運動課題で定型とパーキンソンに差があり,知覚課題では差が無い.そしてシミュレーションを採らないように教示した場合すると運動課題では定型とパーキンソンで差が無いが,知覚課題では差が出る.
  • これはパーキンソン群で皮質下の機能不全が想定されるなかシミュレーション能力が補完されている可能性を示唆している.そして明示的に他者の動きを推定するように教示した場合に戦略を切り替えることについては困難に陥っているのだと思われる.

 

  • 本日のまとめとしては身体運動処理については2つの倒立効果があって2つのERPがある.そしてこれは身体情報に埋め込まれたコミュニカティブな信号と考えられる.そして仕組みとしてモデルを構築した.さらにその定型非定型の発達変化を新生児,ASD,ウィリアムズで調べた.
  • 内側からは他者視点理解における身体の役割について自身の身体操作,視点取得,ASDにおける体性感覚有意,また他者行為理解について皮質下が関与していることについて話をしたということになる.


発達認知科学や脳領域の話が多くて,あまり知らない話題だったので楽しめた.進化心理学的にはバイオロジカルモーションの解釈もモジュールの働きであり,さらにステップ探知と形態評価という2つのモジュールがありそうだということになるだろう.同じ視点取得課題も自分が動いたらどう見えるかと想起させると成績が改善するというのもどのようなモジュールが相互補完的に動いているかを考えると興味深い.
Zoom上でも活発な質疑応答がなされていた.
 
ここから優秀発表賞の発表.学会はオンラインだが賞状は実物をきっちり作って福岡から長谷川会長に送って署名した後受賞者に渡されるそうだ.
 

クロージング挨拶 長谷川眞理子

 

  • 今回はこういう形での開催となりました.いかがでしたか,お楽しみいただけたでしょうか.(事務局の)橋彌さん,ありがとうございます.
  • いろいろ見ていて,対面と同じというわけにはいかないが,いい議論ができたと思う.
  • 今回もいろいろな分野の人の話,若い人の話が聞け,嬉しかった.これからもいろいろ議論していければと思う.
  • 今までだと来年の大会についてもアナウンスするのだが,事務局で話し合ってみて,オンラインの場合も想定しながら検討を続けるということになった.
  • 今回のような状況で何ができて何ができないのかいろいろな試みがなされている.これはヒトのコミュニケーションについての壮大な実験という側面もあり,そういう意味ではいい機会だったと思う.
  • 皆さんに直接お会いしたいという気持ちは強くもっている.受賞の方はおめでとうございました.また次の機会に会えるのを楽しみしていいます.

 

事務局挨拶 橋彌和秀

 

  • 本来なら九州においでいただくところで,懇親会についてもやる気満々でした.来ていただくことができなくなり大変残念です.
  • オンラインはいいところもあるが,できないこともあると思っている.参加者の皆様にはいろいろご面倒をおかけしました.ご参加いただいてありがとうございました.今回はうちの院生にいろいろ手伝っていただきました.(Zoom上で皆拍手)
  • ではこれをもちまして第13回HBESJは終了といたします.ありがとうございました.

 
以上で大会は終了だ.オンラインへの切替の決断や準備はいろいろ大変だったことが想像される.私もこの場を借りて事務局の皆様にお礼申し上げたい.ありがとうございました.
 
 

<完>