From Darwin to Derrida その58

 
 

第7章 自分自身の背中を掻く その4

 
https://www.researchgate.net/publication/11784376_Genomic_imprinting_of_two_antagonistic_lociwww.researchgate.net

個体内コンフリクト.インプリント遺伝子間にコンフリクトがある場合,通常はどちらかの遺伝子の完全勝利か,互いに大声を張り上げるアームレースの果てにコストが耐えがたくなって止まることになる.しかしもし遺伝子が妥協できる可能性があるならどうか.母由来遺伝子と父由来遺伝子が援助行為の対象血縁者がどちらの血縁か知り得ない無知のベールに包まれているなら,援助行動の妥協条件はインプリントなしのハミルトン則と同じになる.ではそこが非対称ならどうなるのだろうか.ヘイグの考察は続く.
 
 

  • ここでボブとマディは母親とメルボルンで同居しており,パディはボブの父親とダブリンに住んでいてボブとは没交渉であるとしよう.ボブが片親共有兄弟を助ける機会はマディに対するものだけだ.ボブの母由来遺伝子はパディを助けることへの拒否権を行使する機会が無い.父由来遺伝子は(これらを知っているとするなら)見返りを得られないのでマディを助けることについてCが0より大きい限り拒否することになるだろう.
  • では次にこの中間的ケース,つまりマディを助ける機会がパディを助ける機会の2倍あるというケースを考えよう.常に助けるという取引の価値は母由来遺伝子と父由来遺伝子で異なる(それぞれB-3C,(1/2)B-3C).この取引に父由来遺伝子が応じる条件はB>6Cということになる.しかし常にではなく,同じ機会だけ助けるという取引なら成立条件は無知の場合と同じくB>4Cになる.
  • B>6Cであるなら取引は成立するが,その場合も父由来遺伝子は「常に」ではなく「同じ機会だけ」の方がいい.母由来遺伝子にとっては「同じ機会だけ」より「常に」の方がいい.(仮にこの2つの条件しかないとして)どちらの条件で決まるかについて理論的には単純な解決はない.コストや利益が連続的ならこの取引条件問題はさらに複雑化する.

 
このあたりはハミルトン則の応用問題で楽しいところだ.ここから妥協が成立しうるとしてそれはどう守られるのかという問題の核心に入る.
 

  • もちろん遺伝子は契約に縛られたりしない.強制執行力の無いところでは(互いの選択肢が相手の行動の条件付きにできない限り)取引は1回限りの囚人のジレンマ状況を生む.ESSは互いに裏切りとなり,進化的には契約を強制できないことになる.
  • しかしながら取引が同じ相手と繰り返し行われるなら(そしていつが最終取引か不確定なら)アクセルロッドとハミルトンが示したように協力が進化しうる.もしこの基準さえ満たせば良いのなら,個体内の遺伝子間の戦略的協力が可能になる.
  • ただし繰り返し囚人ジレンマでうまく協力が成り立つには,原則としてプレイヤーは相手との過去の対戦を覚えておき,自分の戦略を相手の過去の行動の条件付きにする必要がある.これを遺伝子に組み込むのは(遺伝子がメモリを持つことや条件付き発現をすることが不可能ではないが)難しそうだ.

 
ヘイグの考察は,この問題は囚人ジレンマにおける協力可能性と同じであり,1回限りなら双方裏切りがESSになるが,繰り返し状況があれば協力可能性があるというところに至る.しかしこの協力が成り立つには,相手と相手のこれまでの選択肢を覚えておく必要がある.だから(ある意味当たり前だが)遺伝子間の協力は難しいということになる.