From Darwin to Derrida その59

 
 

第7章 自分自身の背中を掻く その5

 

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個体内のインプリント遺伝子間のコンフリクトにおいて,協力は成り立ちうるか.典型的な父方遺伝子と母方遺伝子の対立は囚人ジレンマの状況になる.1回限りではなく繰り返し囚人ジレンマなら協力の可能性があるが,相手の識別と相手の行動の記憶がないとアクセルロッド=ハミルトン型の協力は難しいということがここまでに論じられた.
 

  • しかしなぜ個体内の遺伝子間の協力は個体間の遺伝子の協力より難しくなるのだろうか.

 

  • 繰り返し囚人ジレンマの解析的分析やシミュレーションリサーチは複雑な行動の可能性が豊富に生じることを示している.一般的に単一のESSは存在せず,しばしば複数の戦略が共存しうる.それは互いに対戦したときに同じ振る舞いをする異なる戦略が複数ありうるからであり,そしてそれらの優劣は(ミューテーションにより生じた劣化版も含む)第3の戦略と対戦したときのパフォーマンスで決まる.

 
この個体間の繰り返し囚人ジレンマリサーチについての状況説明は簡潔で素晴らしい.では個体内ではどうなるのか,ヘイグの考察は続く.
 

  • 個人内の互恵性の文脈では,遺伝的多型は興味深い可能性を生む.それは個体内の異なる戦略の組合せがパーソナリティに関連する可能性だ.時にある利益主体が勝ち,時には利益主体同士が妥協し,さらに時に異なる利益主体が競争する.

 

  • 繰り返し囚人ジレンマの理論的解析結果をゲノム内の互恵性の議論に当てはめるのは魅惑的だが,そこには問題がある.ほとんどの解析は典型的なトーナメント型の競争を前提にしている.各戦略はあるラウンドで繰り返し対戦しペイオフを受け取り,そのペイオフに基づいて頻度が上下し,次のラウンドに進む.そこでは無性的な生殖(あるいは単一遺伝子座モデル)が前提となっていて組換えはない.
  • ここで別の方式のトーナメントを考えてみよう.そこではチームが対戦する.チームメンバーは戦略遂行においてそれぞれ別の役割を負っている.チームはそのラウンド限りであり,次のラウンドでは(ペイオフにより頻度が上下した後に)メンバーが組み替わった新しいチームを作る.これは有性生殖(あるいは複数遺伝子座)モデルになる.
  • そこでは成功するメンバーは様々なチームで好成績に貢献するものになる.チャンピオンチームを選ぶプロセスというより,チャンピオンたちの集まるチームを選ぶプロセスとなるだろう.無性生殖モデルの結果が,有性生殖モデルの良いガイドになる可能性はある.しかしそれは検証が必要だ.

 
この部分のヘイグの考察はややファンタジー的で(珍しく)曖昧模糊としている.父方遺伝子と母方遺伝子がチームを組んでそれがどうパーソナリティに関連するという状況を考察しているのだろうか.そして有性生殖モデルとインプリント遺伝子の組合せがどのようにモデルの挙動に影響するのだろうか.
 

  • 個人内互恵性について想像をめぐらすのは楽しい.しかしそれが生じるのをどうやって知ればいいのかという問題は残る.戦略的協力と無知のヴェールの結果の協力あるいは非協力的な手詰まりを区別する方法はあるのだろうか.この検証性の問題は内部コンフリクトの研究の進展の阻害要因になっている.
  • 母系遺伝子と父系遺伝子のコンフリクトについての理解がインプリント遺伝子の分子的振る舞いの知識により進んだように,この分野の進展は遺伝子の働くメカニズムの詳細を理解することにかかっているだろう.そこでは条件付きの遺伝子発現,特にそれが父系か母系かと言うだけでなく他の遺伝子の行動を条件とするものであることを示すことが重要になる.これは確かにチャレンジだ.しかし乗り越えられないものではない.

 
この最後の部分には含蓄がある.ゲノミックコンフリクトについてはまだまだリサーチのフロンティアが広がっているということだ.