From Darwin to Derrida その104

 

第10章 同じと違い その13

 

モジュール性(Modularity)と進化容易性(Evolvability) その3

 
モジュール性と進化容易性についてのヘイグの考察.モジュール性(そして進化容易生)が進化するかどうかは淘汰環境依存だとヘイグは主張する.ここからこれについてソフトウエアとのアナロジーを使って議論する.
 

  • 成功したソフトウエアのソースコードを調べたなら,一部のコードは非常に保守的で,一部のコードは頻繁に書き換えられていることがわかるだろう.一部のモジュールは機能や他のモジュールとの連結を保存したままコードが完全に書き換えられているだろう.
  • これと対照的に,かつて成功したソフトウエアパッケージの進化を調べたなら,初期にはソースコードは頻繁に書き換えられ機能が追加されているが,その後多くのユーザーが使い続けている中でコードの書き換えはゆっくりになるか止まり,そして最後にはパッケージが絶滅することがわかるだろう.パッケージが「絶滅」に至る理由はたくさんあるが,その一つの要因には新しいユーザー向けの効率的なアプデートや修正を困難にするソースコードの構造的な特徴がある.そのようなプロセスにおいて,進化容易性のあるソフトウェアがより生存しつづけることができることが観察できるだろう.

 

  • すべてのゲノムには,変化が生物体にとって不具合だという理由で保存された古い特徴がコードされている.このような発生制約は,変化する環境への適応を可能にする変化に結びつきやすかったり結びつきにくかったりするだろう.このため系統間における絶滅確率の差はゲノムの進化容易性により引き起こされているだろう.この系統間淘汰は発生制約のところにかかると考えられる.進化的時間のスケールでは,変化する世界の中で長期的生存を促進する,あるいは短期的進化トラップに陥らないようにする「よい」制約が保存され,適応的変化を阻害するような「悪い」制約は排除されるだろう.

 
このアナロジーによる説明は具体的で大変面白い.変異がゲノム平均と比べて有利になりやすいところは頻繁に書き換えが行われ(適応進化し),変異がゲノム平均と比べて不利になりやすいところは保守的になる(そしてそれは発生制約として現れることがある).そしてそのようにして累積的にできた構造が硬直的になる(進化容易性が失われる)と絶滅しやすくなり,それは系統間でそのような累積的に硬直的な仕組みが排除されるような淘汰が働いたように見えるというわけだ.
 

  • 私は構造主義者と適応主義者の間で,どのようなものを「進化容易性にかかるクレード淘汰」あるいは「進化的帰結を左右する保存された特徴である進化的制約」と呼ぶかについてコンセンサスが成立しうると考えている.

 
ヘイグは本章で明示的に語ってくれていないが,少し前に出てきた形態的相同を復活させようというような主張を行う構造主義者はしばしば系統間淘汰の主張を行うということなのだろう.そして上記のように考えるなら,進化的制約やクレード淘汰を認めてもよいというのがヘイグの立場になる.ただし,そこには微妙な条件があるとヘイグは続ける.それは個体間に働くきわめて強い淘汰圧を考慮した上で説明できるようなものでなければならないというものになる.
 

  • しかしながら「クレード淘汰」だけでは不十分だ.保存される特徴は繁殖集団の中でネガティブ淘汰により保たれなければならない.進化容易性の喪失がネガティブ淘汰による特徴の保存の理由の一つとなりうるのか,あるいは進化容易性への影響が個体利益にかかるネガティブ淘汰の偶然の副産物だったのかが問われなくてはならない.
  • 一般的にいえば,生命体のすぐさまの利益により保たれるメカニズムは進化容易性にかかる影響により保たれるメカニズムより強力だ.(クレード淘汰により制約が生じたと主張するなら)ポジティブ淘汰により制約が生じた理由,個体利益のためのポジティブ淘汰が副産物として進化容易性を促進するメカニズムを生むと考えるべき理由があるのかどうかが問われなければならない.

 

  • 脊椎動物の酸素レベルが低下した細胞は近くの血管へのシグナルを発し,それにより血管が伸びてきて低酸素状態が改善される.このメカニズムは進化容易性を促進する,なぜなら新しい器官が形成された場合に自動的にそこに血流を生むことになるからだ.しかしこのメカニズムは個体淘汰レベルでも利益をもたらす.このメカニズムがうまくいかない個体には直ちにコストが発生するからだ.つまり系統にとっての進化容易性促進は個体淘汰の副産物ということになる.おそらくこのような可塑的なメカニズムは(決まった血管網をつくる)硬直したメカニズムより,環境変化や集団内で生じる変異に対応するのに有利になるのだろう.つまり条件依存性反応が個体淘汰上有利であり,それが進化容易性も促進したのだ.

 

  • 「形態的に多様なクレードは,絶滅クレードや「生きた化石」に比べてより進化容易性のあるゲノムを持っている」というのは後知恵でわかることだ.「過去進化容易性が高かったクレードは将来的にもそうだろう」と考えてしまうかもしれないが,それまで優勢だったクレードがあっけなく絶滅した例を見ればそうとは限らないことがわかる.むしろ「現在進化容易性が高いと思われているクレードの一部は将来絶滅するだろう」という推測の方が当たっているだろう.

 
 
このあたりの論点は本質的にグループ淘汰の議論と同じ論理的構造を持つだろう.単にクレード淘汰とかグループ淘汰を主張してもそれはナイーブな議論になってしまう(そして実際に多くの論者の議論はナイーブなのだろう).そこには個体間淘汰が常に働いているのであり,その中でグループなりクレードなりの淘汰が効く条件を考えなければならないのだ.そしてこのような議論はまさに遺伝子中心主義者であるヘイグらしいと感じられる.