From Darwin to Derrida その140

 

第12章 意味をなすこと(Making Sense) その5

情報,解釈,意味,目的をめぐるヘイグの難解な議論.その趣旨は意味論も物理的実体を離れて存在することはないことを示すためだと解説される.
 

情報と意味 その2
  • 複雑性は,解釈者の内部的な動作がどのように観察と行動をマッピングするかのところにある.意味が物理的解釈の外側に存在することはあり得ない.もしあなたが,この文章は単なるインクの染みやスクリーンのピクセル以上のものだと主張するなら,このインクの染みやピクセルが極めて洗練された解釈者(つまりあなた自身だ,読んでくれてありがとう)への入力になっているということだ.

 
意味が物理的解釈の外側に存在するという主張は実在するのだろうか.私にはよくわからないが,いかにもポストモダニズムや現代思想ではありそうな感じではある.ヘイグは具体例を出しながらさらに解説を深める.
 

  • カエルの視野を動く暗点がカエルの舌を捕食のために前方に突き出させるという事象を考えて見よう.このカエルをブラックボックスと扱うなら,カエルの網膜をたたく光子は情報(入力)になり,舌の突き出しは意味(出力)になる.もしカエルの脳の内部を覗けるなら,そこには感覚器官の刺激から行動に至る多層的な解釈の積み重ねを見いだすだろう.1つ1つの物理的状態はそれぞれ1つ前の情報プロセッシングの意味であり,それに続く神経状態への入力になり,その神経状態は新しい意味となるということだ.

 
いかにもディープラーニングの階層的な話だが,ヘイグがこれを隠喩として意識しているかどうかは定かではない.
 

  • カエルの視覚システムは当該光子を獲物の距離,方向,動き,速度の情報として解釈する.これらの意味はそれに続く行動としての解釈を生み出す.カエルは当面の獲物の性質についての解釈を最小化する.それは獲物にカエルの意図を推測させ逃避を可能にする時間を与えないためだ(口の中の小さな獲物は逃げた10倍の獲物より価値がある).いったん口の中に入れば,カエルはそれが獲物かそうでないかを解釈する十分な時間を持つことになる(これは視覚ではなく口内の緒感覚を用いる).そしてその解釈は将来の舌の突き出しにかかる感覚基準の調整に用いられる.

 
進化生物学的には網膜の暗点を感じたらまず解釈を最小化して舌を突き出す方がカエルの適応度が高いということだ.その後獲物かどうかを判断して,さらに適応度を上げるべく次回の解釈の微調整に使うことになる.
 

  • カエルの内部状態のカエルにとっての意味にかかる哲学者によるどのような言葉や文字による主張(例えばハエ,獲物,小さな動くもの)もその哲学者の解釈だ.だからそれは哲学者にとっての意味になり,カエルにとっての意味ではない.もし私たちが哲学者の心のブラックボックスの中をのぞいたなら,そこには(言葉が発されたり書かれたりする前に)疑いもなく無数の解釈の解釈,意味の意味があるだろう.
  • もし文字の書けるカエルが自分の経験を書き残したなら,彼女は「獲物はハエだと思ったが間違っていた」と書くかもしれない.彼女の解釈は哲学者の解釈と同じ種類のものだ.解釈者は(それが自身の解釈にかかるものであっても),自分の中の物事に直接アクセスできるわけではなく,物事の情報にアクセスできるだけなのだ.

 
これは進化心理学の「意識は脳の持つ全ての情報にアクセスできるわけではなく,自分の評判を保つための報道官として説明をでっち上げるのに有用な情報にのみアクセスできるようになっている」という知見と整合的だ.自分自身であっても脳の状態や計算プロセスを(意識として)認知できるわけではない.(ただしカエルにそのような意識があるのかどうかはまた別の話になるだろう)
 

  • 「意味とは解釈者がその情報から意味を解釈する何らかの物理的物体だ」という主張は定義であり,全ての解釈が同じように有用だという主張ではない.一部の解釈は別の一部より有用だ.それはそれに続く解釈をより生み出したり,それまで解釈できなかったものを解釈できるようにするからだ.私たちの知覚は行動をガイドするためにより有用な世界についての情報を得るために進化したのであり,私たちの言葉の解釈は,他者が何を言っているかを知るために進化した.情報と意味は解釈者を主体として(as subject)相対的に定義されているが,解釈者は客観的に(objectively)情報を解釈するように願うことがあり,そのように進化したのだ.

 
この最後の部分も難解だ.意味は解釈者にとっての主観的なものだが,より客観的な方が役に立つのでその方向に進化したはずだというほどの意味だろうか.これは統計学のジャーナル「Journal of the Royal Statistical Society」に載せられたデニス・リンドリーの「統計の哲学(The philosophy of statistics)」という論文からの引用だそうだ.

https://people.umass.edu/stanek/pubhlth892d/Lindley-The-Statist-2000.pdf