From Darwin to Derrida その145

 

第12章 意味をなすこと(Making Sense) その10

 
ヘイグは送信者と受信者(そしてその内部のサブ解釈者たち)により複雑で多層的な意味の世界があることを提示した.ここからようやく話が遺伝子に移る. 
 

遺伝子の意味 その1

 

  • 遺伝子の意味とは何か.短い答えは,解釈者が意味として解釈する物理的実体なら何でもそうだということになる.細胞には3種類の重要な解釈者が存在する.それらは遥か昔に非周期的ポリマーを解釈するように進化した.

 
ここまでの議論から行くとヘイグによると遺伝子のDNA(あるいはRNAに転写された)は入れつの意味は,その解釈者によって異なることになる.そしてこの場合解釈者は3種類存在し,DNAポリメラーゼ,RNAポリメラーゼ,リボソームということになる.
 

  • DNAポリメラーゼはDNAのセンス鎖をアンチセンス鎖で補完する.RNAポリメラーゼはDNAセンス鎖をRNAに転写する.リボソームはmRNAをタンパク質に翻訳する.
  • DNAポリメラーゼにとってDNA配列の意味はその補完鎖だ.RNAポリメラーゼにとってDNA配列の意味はRNAだ.リボソームにとってmRNAの意味はタンパク質だ.同じ配列が異なる解釈者にとっては異なる意味になる.情報(入力)は同じでも意味(出力)は異なるのだ.

 
同じ配列が解釈者により異なる意味を持つというのはこれまでの議論を当てはめた場合の当然の結論になる.
 

  • DNAもmRNAも解釈されるべきテキストだ.RNAポリメラーゼは(DNAだけでなく)トランスファーRNA(tRNA)やリボソームRNA(rRNA)も転写する.これらはmRNAの転写に使われるツールであり,さらに解釈されるべきものではない.RNAポリメラーゼやリボソームに解釈されるテキストの中にはRNAポリメラーゼやリボソームの製作のためのインストラクションも含まれている.解釈者は自身を知っているのだ.

 
ここは少し難解だ.RNAポリメラーゼがtRNAを転写する場合にはなぜ解釈が生じないということになるのだろうか.私はあまり分子遺伝学に詳しくないので,ちょっと調べて見ると,3種類のRNAポリメラーゼが存在し,それぞれ転写するRNAが異なるということのようだ.RNAポリメラーゼ I は 5SrRNAを除くrRNA前駆体,RNAポリメラーゼ II はmRNA前駆体,RNAポリメラーゼ III はtRNA,5SrRNAなどの転写を行うらしい.いかにも複雑だが,ツールだからrRNAとかtRNAヘの転写が解釈とは言えないということの意味はよくわからない.
 

  • これらの分子機械は,特殊化されたテキストの汎用目的で心を持たない解釈者だ.特にDNAポリメラーゼは,全ての可能テキスト図書館の写字室にいる写字僧に似ている(Borges 2000).彼等は面白くもないDNA配列をひたすら正確に書き写す.あるいはその図書館はデネットのいう一定程度の長さの全ての可能なDNA配列を収めるメンデル図書館としてもよいだろう.ヒトのゲノム長の可能配列の中で,そのごくごく一部のみが実現されたに過ぎない.自然淘汰はメンデル図書館ライブラリーの中で現在までに実現できたごくごく一部の(そしてそれでも膨大な)配列が収められたダーウィン図書館のライブラリーの中で働くのだ.このライブラリーの中で,なお読まれるテキストともはや読まれることのないテキストの差異が,過去何が働いて何が働かなかったかの情報をもたらす.

 
この3種類の解釈者はまさに分子機械であり心を持たないことは明らかということになる.写字僧のメタファーはアルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスからきているようだ(ノンフィクションの散文を集めた本が参照されている)メンデル図書館とダーウィン図書館の比喩はもちろんデネットの「ダーウィンの危険な思想」からきている.