From Darwin to Derrida その170

 

第13章 意味の起源について その8

 
ヘイグの意味についての論考.RNAの1つの配列についての膨大な潜在的な配座は,折り畳まれてその一部が実現する.そのRNAがリガンドとの結合により安定化され,何らかの有益な機能を果たすなら,それはメカニズム的にはリガンドが安定化状態を決めたことになるが,進化的には配列がリガンドとの反応により選択されたことになるのだと指摘された.またここではタイムスケールの違い(ミリセコンドとナノセコンド)により,その記述は異なってくることが指摘されていた.次にこのタイムスケールの問題が考察される.
 

どのように時間が経過するか その1

 

あなたにも時間が,そして私にも時間がある
そしてトーストとお茶までには
100の優柔不断,100の洞察とその見直しのための時間がある

T. S. Eliot

 
冒頭にはエリオットの詩が引用されている.調べてみるとこれは「The Love Song of J. Alfred Prufrock」という詩の一節で,恋する人をお茶に誘い,お茶を飲むまでにはいろいろなことを思い悩んだりやってみたりする時間があると詠んでいる(のだと思う).この詩はエリオットの第一詩集「Prufrock and Other Observations」に収録されており,その詩集はダンテの「神曲」を踏まえているらしい.なかなか文学的に深遠なようだが,ここでは人間にとって短い時間でも様々なことが生じうることをほのめかす韻文として紹介されているのだろう.
 


 
この詩集の単行本での邦訳は見つけられなかった.なおこの全集には収められているようだ. 
深遠な解釈についてはこのような本があるようだ. 

  • 異なる過程は異なるタイムスケールを持つ.リガンドによるリボスイッチの配置の選択,そしてリボスイッチ配列によるどのようにリガンドに反応するかの選択は,ナノセコンド単位の配置変化のタイムスケールと数百〜数十億年の進化的変化のタイムスケールの分断をよく示している.

 
前節で議論されたアプタマーとリガンドのメカニズムの話と進化的適応の話の間にはナノセコンドと数十億年というタイムスケールの差があるということになる.なかなか壮大だ.
 

  • ヒトの経験には独自のタイムスケールがある.感覚神経系の経験は100〜200ミリセコンドで形成される.単一の意識的状態は2〜3秒続く.そして人生は約70年で,それは2ギガセコンドだ.この計算によると大人の人間は十億単位の意識的状態を経験し,それが2ギガセコンドで物事がどう変わったかとして記憶されることになる.
  • 私たちは(リボスイッチ配列の進化のような)それを遥かに越えるタイムスケールの出来事も探索できる,(リボスイッチの折り畳みのような)意識的瞬間より短いタイムスケールの出来事も探索できる.しかしこれらは私たちの現象的経験の外側にある.

 
ヒトの意識に生じる瞬間的感覚と経験の記憶のタイムスケールの差はそれなりに大きいが,さらにヒトはそれを越えるタイムスケールの現象も思考し探索できるということになる.
ヒトの意識のタイムスケールについては次の論文が参照されている.
bmcneurosci.biomedcentral.com

 

  • 私の庭のコケにはヤスデが棲んでいる.しかしコケはその成長のタイムスケールにおいて接近と回避の複雑な行動で空間を探索する.このコケの行動のタイムスケールにおいては,コケの中のヤスデの動きは環境の潜在的フィールドであり,ヤスデの放浪のタイムスケールにおいては,ヤスデのミトコンドリアの分子運動は,その内部環境の潜在的フィールドだ.
  • 世界について私たちが考察する問題の大半は独自のタイムスケールを持つ.変化の遅い状態は不変のものとして,変化の速い状態は可能性の潜在的フィールドとして取り扱うことができる.

 
コケとヤスデの話はさらにまた別のタイムスケールがあることの説明だ.そして行動生態学者としてのヘイグにとっては最もおなじみのものだろう.