以前私が書評した「The Kindness of Strangers」が「親切の人類史」という邦題で12月に邦訳出版されるようだ.本書は実験心理学者であるマイケル・マカローによるヒトの見知らぬ他人に対する利他性がどのように説明されるのかを扱ったものだ.前半は進化的な視点から包括適応度理論(血縁淘汰),マルチレベル淘汰,直接互恵,(社会淘汰を含む)間接互恵からどこまで説明できるのかを扱い,後半では共感のサークルの拡大が理性の役割とともに歴史的に語られている.
前半部分は非常に簡潔かつ明晰な良いまとめになっている.特に現在筋悪のマルチレベル淘汰論者が偏狭な利他主義仮説をもてはやしていることに対して,そもそもマルチレベル淘汰と包括適応度理論(血縁淘汰)は数理的に等価であり,マルチレベル淘汰でなければ説明できない現象はあり得ないこと,偏狭な利他主義仮説は戦争においてどのように利他性がメリットを与えたかについて具体的な考察が欠けていていわば空理空論であることを的確に指摘している.
そして本書の読みどころは国家による福祉の拡大を大きなテーマとして理性がからむモラルサークルの歴史を語る後半部分ということになるだろう.古代の王は弱者救済が王権の強化に働く可能性に気づき,さらに近代にはそれが社会の健全性や貿易を通じた国家の繁栄に役立つという認識につながる.そしてさらに利他と福祉は自分と他者の立場の交換性ヘの気づきと自己の誠実性という意味のモラルの問題になっていく.その歴史が「理性こそが寛容と利他主義の価値を見つけてきた」という物語として語られている.
ヒトの利他性の考え方の整理にとても役立ち,さらに歴史的な視点を与えてくれる得難い一冊だと思う.
原書
原書に対する私の書評
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