War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その13

 
ムハンマドは「ウンマ」による高いアサビーヤでアラブを統一できたが,統一直後にムハンマドが死に,アサビーヤを持つ軍隊が残された.後継者であるバクルはその軍隊を使って内部抗争に戻るか,周辺帝国を打ち破って大征服を試みるかの2択になり,後者を選んだ結果イスラム帝国が興隆したというのがターチンの説明になる.最後にこのイスラム帝国のアサビーヤはその宗教と深く結びついていたということが強調されている.
   

第4章 砂漠のアサビーヤ:イブン・ハルドゥーンによる歴史の鍵の発見 その5

 

  • 信仰の名のもとに命を捧げる意思がイスラムの歴史を形作っている.そのもっとも良く知られた例が(アサシンの語源となった)ハシーシム派だ.ハシーシム派は8世紀に始まり,モンゴルによる抑圧まで続いた.その名は彼等がメンバーの洗脳に薬を用いることから付けられたものであり,彼等はフィダーイー(目的のために命を捧げるもの)と自称した.ハシーシム派はアッバース家のカリフを不法簒奪者としてみなし,スンニ派の統治者の暗殺を組織的に行った(ただし少なくとも1人の十字軍の王をエルサレムで暗殺している).彼等は毒殺や飛び道具による殺しを好まず,短剣でことをなそうとしたので暗殺企画は通常暗殺者自身の死に結びついた.これは今日の自殺爆弾テロ犯と同じ構造だ.そして現代の自殺テロも中東を起源にしているのはなぜかを雄弁に物語っている.

 
ここだけ読むと,団結心のアサビーヤというより,洗脳による自殺テロ軍団創設ということで,それこそターチンの好むグループ淘汰的説明よりも,権力者による大衆の操作と鉄の規律を持つ軍隊の有効性という話になるのではないかという印象だ.ともあれターチンはここからまとめに入る.
   

  • 第3章と第4章で1千年紀のヨーロッパと地中海地方を調べた結果,「将来の帝国は文明の断層線に沿った辺境で生まれる」という原則がローマ帝国崩壊後の各エリアで確認された.特にこの仮説はヨーロッパ側で明瞭に支持された.ヨーロッパ側では状況が明確で,全ての強国が(全面積の7%程度の)辺境の狭いエリアから生じている.ローマ帝国領内や帝国から遠く離れた後背地,北ヨーロッパ,東ヨーロッパでは強国は1国も生まれていない.南側の砂漠地帯でも同じ結果となっている.これらは偶然だけで生まれるものではない.

 
イスラムの場合,パターンはそれほど明瞭だろうかという疑問は残る.イスラムが興隆したのはアラビア半島の南部だ.そこはパレスチナ,イラクと接する本来の断層線よりはかなり離れている.そしてそこに帝国側から繰り返し軍事侵攻があったようにもアラブ側からしつこく侵入したようにも思えない.もちろん個別の事例はいくつかあるだろうがそれが重要な要因だったというより,アラブの部族間での果てしない抗争こそが,この好戦的な軍隊を作り上げたということではないのだろうか.ともあれターチンは続ける.
 

  • つまり強力な世界史の一般則が発見されたのだ.断層線辺境と新しい拡張的強国の出現には強い結びつきがある.
  • 私はそのメカニズムとして団結力,アサビーヤを重視した.しかしこの考えは協力や利他主義を要因としてあまり評価しない20世紀社会科学の考えとは異なる.例えば著名な歴史学者であるキャロル・キグリーやジョセフ・テインターはその著書の中でハルドゥーンの理論を「説明がソフトすぎる」とか「神秘的だ」という理由で否定している.主流の社会科学者たちは協力や団結を何かしら「ソフト」で非科学的だと捉え,合理的選択(個々人の利己的行動)を集合的挙動を説明する強い原則として扱いたがる.
  • しかしこのような考えは現在チャレンジを受け,目の前で崩壊しつつある.私たちは科学革命のプロセスの中にいるのだ.21世紀の社会科学は20世紀のそれと大きく異なったものになるだろう.

 
「崩壊しつつある」というのははかなり我田引水的な学説動向の説明だろうという印象だ.なおここで引かれている歴史学者の本は以下の通りだ.