War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その14

 
ターチンはこれまで辺境に強国が興ることをその団結心(アサビーヤ)から説明してきた.そして前章の最後で20世紀の社会科学はこのような説明を認めなかったが,今流れが大きく変わりつつあるのだとコメントした.第5章はこの流れを大きく変えつつあるという「協力の科学」がテーマになる.
 

第5章 自己利益の神話:協力の科学 その1

 
ターチンの説明は第一次世界大戦勃発時のアネクドートから始まる. 

  • オーストリア皇太子の暗殺*1をきっかけに第一次世界大戦が勃発した.今日,当時のヨーロッパ諸国民がいかに熱心に戦争を支持したかはあまり強調されないが,彼等は熱狂し,ヨーロッパ各国でそれぞれ何十万人もの志願兵が集まった.例えば英国では最初の1ヶ月に30万人,次の1ヶ月で45万人が志願した.志願兵は地球の反対側であるオーストラリアからも海を越えてやってきたのだ.
  • 終戦までに850万人以上が戦死した.フランスでは兵員の1/6が戦死し,半数以上が負傷した.
  • 英国人,フランス人,ドイツ人が自国のために戦おうとした意欲は,ヒトの持つ共通の利益のための自己犠牲能力を示す数多くの証拠の1つだ.そこまで劇的ではないが,私たちは税金を払い,投票に行き,組合活動に参加する.その暗黒面は(オーストリア皇太子暗殺犯である)プリンツィプの自分の命を顧みない暗殺行動やパレスティナの自殺ボンバーに見ることができる.これらはみな同じカテゴリーに入るのだ.「共通の利益」は全人類の共通利益ではなく,その一部,例えばセルビア,パレスティナ,英国の利益ということになる.

 
いかにもDSウィルソンに影響されたグループ淘汰好きの議論が始まる雰囲気だ.ここでは軍隊への志願が共通の利益のための自己犠牲行動だと決めつけられているが,代替説明に注意が払われている様子はない.第一次大戦勃発時にはこの戦争が泥沼の塹壕戦になるとは思われていなかった.半年以内に(早ければ数週間で)決着がつくというのが大方の見方であり,これほど死傷率が高くなるとは予想されていなかった.であれば,確かにリスクはあるが,戦って勝ち,うまく致命的な負傷を避けられれば,短期間で英雄として帰還できる(そして女性からよい印象を持たれるだろう)ことになる.自国の利益になり,かつ(リスクリターンを考慮した上で)自分の利益にもなると感じて志願した可能性はかなりあるのではないだろうか.また若者が主観的に愛国心だけで志願したとしても,それはそのような傾向を持つことが狩猟採集時代には(部族間抗争は負ければ皆殺しだが,勝てば配偶機会が大きく増加するという状況であることもあり,ある意味相利的状況であることも含め)個人としてリスクリターンがあっていたからであり,それが現代環境で誤射している可能性も大いにあるだろう.
特にスロッピーさを感じるのはここで税金を払うことを持ち出していることだ.私たちが税金を払うのは脱税にはペナルティがある(つまり個人として合理的に判断して払っている)からだ.皆が喜んで共通の利益のために必要資金を払うのなら,そもそも税は必要なく,寄付を募るだけで足りるはずだ.
ともあれターチンの議論はここから学説史に入っていく.

*1:暗殺事件の顛末がかなり詳しく語られている.オーストリア=ハンガリー帝国皇位継承者フランツとその妻ゾフィーはセルビアのナショナリストであるプリンツィプに暗殺される.プリンツィプはその場で自殺を図ったが果たせず,逮捕され裁判で終身刑を言い渡される.そして一ヶ月後帝国はセルビアに宣戦布告し,ロシア,ドイツ,フランス,英国が次々にドミノ倒しのように参戦することになる