War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その16

 
ターチンは協力の科学の学説史を語る.学説史は,まずアリストテレスやハルドゥーンは協力が社会生活の基礎と考えていたが,近世に入るとこの考えはすたれたこと,その嚆矢はヒトは自己利益に沿って動くと考えたマキアベリにあり,ホッブス,ヒューム,アダム・スミスはこの流れを推し進めたと説明された.
 

第5章 自己利益の神話:協力の科学 その3

 
20世紀になりマキアベリのような考え方は合理的選択理論として統合され,経済学の主流が採用することになる.
 

  • このアダム・スミスたちの考えは20世紀になり合理的選択理論として統合された.この理論のコアは,ヒトを「自分の効用関数を最大化させるエージェント」と考えるところにある.効用関数は理論的にはどんなものでもよいが,実践的には物質的利益として扱われ,経済学の体系が構築された.
  • 「すべてのヒトは自己利益のみを追求する」という前提は簡素で節約的だが驚くべき含意を持つ.それにより自動車の価格,住宅ローンの利率などから離婚率のようなものまで幅広い経済社会現象が説明できたのだ.科学者はこのような単純な前提から多様な現象を説明できる理論を高く評価する.

 
そしてここからターチンの合理的選択理論への批判が始まる.

  • しかし合理的選択理論はなぜ人々が協力するのかを説明できない.自国が攻撃された時の軍隊への志願を説明できないのだ.コストは死亡することもあるから極めて大きい.利益も防衛に失敗した場合の破局的な被害を防げるならやはり極めて大きい.しかしコストは自分1人にかかり,利益は社会全体にかかる.自分1人が参加したかどうかで戦争の帰結が変わることはまずない.であれば合理的エージェントは志願せずにリスクを避け,利益のみ受け取ることができる.そして全員が合理的エージェントであれば誰も志願せずに戦争に負けやすくなる.

 
ここはかなり乱暴な議論だ.前述したが,合理的エージェントが志願するような状況はいくらでも考えられる.リスクを低く見積っている場合,志願しうまく行けば英雄として帰還でき女性にモテて人生逆転できる,そして志願しなければ属する集団内での評判が大きく棄損するとするなら個人的な期待効用最大化戦略として志願することもあるだろう.もちろんターチンのいうように合理的なエージェントでは説明できないような志願もあるだろう.そしてそのような志願をどう説明するかが問題の本質として残る.(そしてその問題についてはターチンは代替説明を無視してグループ淘汰的ににしか説明できないと主張することになる)
 

  • これは集団行動問題(the collective-action problem)として知られる.
  • これには罰により協力を強制するという解決方法があるが,その罰を与えること自体が説明を要する協力行動となる.これは二次的集団行動問題として知られる.
  • つまり合理的なエージェントが集まって効率的な社会を構築することはできないのだ.これは社会学の第一定理となるべきものだ.
  • 合理的なエージェントのみなら,軍隊は相手に撃たれた途端に我先に逃げて崩壊する.誰も税を払わない.税務署や裁判所や警察はわいろで腐敗する.そしてそもそも税務署も警察も生じずホッブスのいう万人の万人に対する争いしか残らない.

 
合理的エージェントのみの集団では警察や税務署は成立しないというのもかなり乱暴な議論だろう.合理的エージェントのみの集団でもさまざまな相利的な状況が重なれば,相利的な契約(担保は長期的な信用)から始まり,さまざまな取り決めがなされ,最終的にそのようなものを持つ制度が構築されていくということは十分にありうるシナリオだろう.
 
とはいえ,合理的選択理論だけでは説明できないヒトの行動は確かにある.ここから生物学における議論の紹介になる.