War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その17

 
ターチンは協力の科学の学説史を語る.20世紀にマキアベリ的な考えは合理的選択理論として統合されて経済学の基礎となった.しかしそれでは説明できない向社会的行動があると指摘し,ここから進化生物学の理論を語りだす.ターチンの挙げる向社会行動の具体例には賛同しかねるが,合理的エージェントモデルでは説明できない向社会行動があるのは確かであり,進化生物学に向かうのは流れとしてはまあ妥当なところだろう.
 

第5章 自己利益の神話:協力の科学 その4

 

  • 社会科学者が合理的選択理論を完成させている頃,生物学者たちは自然淘汰理論に磨きをかけていた.
  • そして同じような結論にたどり着いた.生物学で「効用」に対応する概念は「適応度」だ.合理的エージェントが効用を最大化させるように進化は適応度を最大化させる:その保持者の生存繁殖を助けるような遺伝子は集団内で増加するのだ.

 
ここは言葉尻だが,「進化は適応度を最大化させる(evolution maximizes fitness)」というのは正確ではない.というかそもそも一体誰の適応度なのかが明示されていないので意味がない.効用と同じく,それを最大化させようとするのは進化的エージェント(個体や遺伝子,あるいはターチン的には集団も含まれるのだろう)とすべきだっただろう.
 

  • 自然淘汰理論は生物学においてもっとも成功した理論だ.しかしダーウィンのころからそこには謎があった.それは「どのようにして社会性(sociality)が進化するのか」という問題だ.ミツバチの巣を考えてみよう.ワーカーは巣の防衛のために自殺的な一刺しをおこなう.そしてそもそもハチのワーカーは(自ら繁殖しない)不妊のメスだ.このような利他的な行動を生む遺伝子は淘汰されてしまうはずだ.どのようにしてハチの社会性は進化したのだろうか.

 

  • ヒト以外の動物の社会性の謎についての決定的な打開はハミルトンの血縁淘汰理論からもたらされた.(ここでハミルトンの膜翅目昆虫の半倍数性からメスであるワーカーと女王の血縁度が高く,そのため利他行動が進化しやすいという3/4仮説が詳しく解説される)

 
この3/4仮説の役割についての理解は現在的には古い.ハチの社会性が包括適応度理論(血縁淘汰)から説明可能であることはその通りだが,今では半倍数性に基づく3/4血縁度の有利性はオスへの1/4血縁度ヘの不利性ももたらすこと,ワーカーによる性比調節があれば3/4血縁度の有利性がなくなることが理解され,それは一つのきっかけに過ぎず,全体的には(ハミルトン則における)血縁度 r だけではなく b c もあわせた考察が重要だという理解になっている.このあたりはターチンの付焼刃的な理解が現れている部分だろう.
 

  • 次の重要なステップはトリヴァースとアクセルロッドにより作られた互恵利他理論からもたらされた.(ここから商人間の長期的な取引関係を例に互恵的な利他行動が合理的なビジネスとして成立しうることを説明している)

 
この記述も不正確だ.互恵性理論はトリヴァースの提唱したもので,アクセルロッド(とハミルトン)の業績は繰り返し囚人ジレンマゲームにおいて直接互恵的な戦略が進化的に有利になることを示したところにある.
 

  • 血縁淘汰と互恵利他の理論は私たちの「動物の社会はいかに進化したか」の理解を変容させた.ではヒトはどうなのか.

 
ここも不正確だ.動物の社会の理解について.包括適応度理論(血縁淘汰)は大きなインパクトを与えたが,互恵性利他はそうではない.理論的な可能性は指摘されていたが,実際に動物界においては,同種個体間の互恵性利他についてチスイコウモリ以外の例はほとんど知られていない.アクセルロッドの研究はまさにヒトを対象にしており,先の記述とあわせてターチンの付焼刃が現れている部分だろう.
 

  • 1970年代に動物の社会の理解の成功に興奮したEOウィルソンは社会科学の分野に侵略することを決心し(decided to invade),「社会生物学」という新しい科学を創造した.「利己的な遺伝子」の著者として知られるリチャード・ドーキンスは1976年に「私たちは生存機械,つまり遺伝子として知られる利己的な分子を保つために盲目的にプログラムされたロボットヴィークルだ」と宣言した.

 
このあたりはかなり印象操作的な記述だろう.ウィルソンは社会科学と進化生物学の統合を主張したのであって,(社会科学者がそう受け取ったのは事実かもしれないが)侵略しようとしたわけではない.「理解の成功に興奮した(flushed with success in understanding)」というのも悪意ある描写に見える.
そしてターチンはここからヒトの向社会性は血縁淘汰や互恵利他では説明できないという主張を行っていくことになる.