War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その20

 
ターチンの協力の科学の学説史.ここまでに合理的選択理論,血縁淘汰と互恵理論でヒトの超向社会性が説明できないことを指摘し,超向社会性がリアルである証拠として最後通牒ゲームの実験をあげた.そして第一次世界大戦時の大量志願についてのターチンの説明がある.
 

第5章 自己利益の神話:協力の科学 その6

 

  • これは社会や経済のダイナミクスについての私たちの理論にとってどういう意味があるだろうか.第1に私たちは合理的選択理論を全てドブに捨てる必要はない.効用には状況に依存して変化する向社会的要素があることを認めればよい.
  • そして一部理論経済学者はすでにその方向に歩みを進めている.そのリサーチによるとある種の状況下では超向社会性は影響を持たず,自己利益のみの最大化を前提にする古典的理論と同じ結論が得られる.市場における価格決定はその一例だ.モラリストは価格がフェアかどうかを気にするかもしれないが,結局価格は需要と供給により決定される.

 
効用に向社会性要素を認めれば合理的選択理論を捨てる必要はないというのはその通りだ.ただしその場合どのような経済状況になるかを計算するのは至難の業になる.実務的には向社会性を無視しても大きく結果が異ならないかどうかが重要になり,市場における商品の価格決定はほぼ無視できるものだということになるだろう.厳密にいえばモラリストが需要あるいは供給側のかなりの部分を占めフェアプライスでないものを強く拒否するなら価格に影響が現れるはずだ.
 

  • 別の状況では集団の一部を形成する人々の向社会性規範が標準理論とは異なる結果を生む.その典型例が第一次世界大戦時の志願だ.志願の第一波は聖人とモラリストたちによるものだ.その後モラリストたちはならず者に同じように振る舞うようにプレッシャーをかけた.英国においては特に(息子や夫が志願して兵役に就いている)女性モラリストが重要な役割を果たした.(英国のミリタリータウンでは,女性たちが集団で志願していない男性を取り囲み,憶病者を意味する白い羽根を手渡したりコートの襟に付けたりしたという逸話が語られている)
  • これは志願が強制のみで説明されるという趣旨ではない.純粋の愛国心から志願した者たちはいたし,愛国心とハラスメントの両方に動機付けられた者たちもいた.そしてこの女性ハラスメント集団も自己利益に動機付けられたわけではない.彼女たちは社会規範に従っていたのだ.
  • 協力傾向は大量志願の大きな部分を説明するが,「すべての国民が突然一致団結して立ち上がった」というのは単純過ぎる説明であり,間違っている.説明にはより微妙で動学的な理解に基づいてなされるべきだ.

 
このターチンの志願の説明は(読む前の私の予想より)はるかに現実的だ.ただし,志願に(うまくいけば人生一発逆転できるかもしれない)という自己利益に基づく動機があるかもしれないことを全く無視しているのはいただけない.とはいえ実際には様々な動機の人々が混在していただろうというのは納得できる.