書評 「How Birds Evolve」

 
本書は進化生物学の大御所ダグラス・フツイマによる鳥の進化についての一般向けの解説書だ.私にとってはフツイマという名はかつて蒼樹書房から出ていた教科書「進化生物学」の著者としての印象が強い.この教科書は巨大な判型で価格も15000円(税抜),書店の生物学の棚で異彩を放っていた.(当時勉強していた行動生態学だけの内容ではなかったということもあり)結局購入しそびれて読むにはいたらなかったが,その名前は頭に刻み込まれた.そしてそのフツイマ大先生が鳥の進化の本を書いたということを知り読んでみたのが本書になる.
 
序言で本書を書いた経緯が書かれている.フツイマは1942年生まれ,子供のころから動物好きで11歳でバードウォッチングにはまる.長じてコーネル大学に進み進化学,生態学を学び,研究者となる.ミシガン大学ではショジョウバエの闘争を調べ,ニューヨーク州立大に移ってからは昆虫とその食草の研究を行う.キャリアを通じて鳥類の研究を行ったことはないが,鳥の進化に関する論文には目を通し,熱狂的バードウォッチャーであり続けた.そして79歳となった2021年に鳥の生態と多様性を進化的に解説する本書を執筆するに至ったということになる.
 

第1章 進化の光の中で:鳥と進化生物学

 
冒頭でフツイマはガーナでのバードウォッチングでアカクロタネワリキンパラをはじめてみた時のうれしさを語っている.この鳥は複数の生態ニッチにより(1遺伝子座により決まっている)クチバシの多型が維持されていることを示した有名なリサーチの対象であり,フツイマが教科書で取り上げていたものだったからだ.このことを連れのバードウォッチャーたちに話したところ,それはとても受けて,さまざまな質問を誘発したそうだ.つまりバードウォッチャーにとっても鳥の進化は興味深い話題になるという逸話になる.
ここからフツイマは進化の概説に進む,まず「なぜ」という質問についての至近因と究極因の違いを解説し,そこからダーウィンのアイデア,進化史と化石,自然淘汰,遺伝,遺伝子フローとドリフト,性淘汰,最適産卵数,種分化,進化系統樹,行動生態を次々に取り上げる.その合間にはスズメ類の分布,ルリオーストラリアムシクイのヘルパーと高いEPC率,ガラパゴスフィンチの適応放散などのリサーチも紹介される.そして進化の研究では鳥類は常にメジャープレイヤーだったと指摘する.それらはこれから紹介されていくことになる.
 

第2章 オウム,ハヤブサ,鳴鳥類:鳥の系統樹

 
第2章のテーマは系統樹.図鑑で用いられる鳥類の標準的な分類はここ数十年で大きく変わった(これはバードウォッチャーにとっても重大な関心事になる).ここではそれがどのようにされていったのかが語られる.
まず冒頭で系統樹,収斂進化(例としてヒメサバクガラスがカケスに似ていて(かつてはそう分類されていたが)実はシジュウカラと近縁であり,似ているのは収斂だというケースが取り上げられている),共有派生形質,最節約法による系統推定(ここはかなり詳しく,例としてはガンの系統推定(カナダガン,ハイイロガン,ハワイガン,ミカドガン)が取り上げられている)が解説され,ここ数十年でDNAを用いた系統推定により,鳥類の系統関係の理解が大きく変わったことが説明される.その後個別の例がいくつか解説される.発表された当時特に驚かれたものとして以下が紹介されている.

  • フラミンゴはどの鳥と近縁か.かつてはカモやトキが近縁と考えられていたが,新しい証拠はカイツブリを指している.
  • ハヤブサ類とワシタカ類の類似は収斂であることが明らかになった.ハヤブサ類はオウム類と近縁で両者は鳴禽と近縁になる.

章の後半では高次分類群の恣意性,分岐系統学の考え方(側系統の分類群の否定),図鑑のリストの順序(これもバードウォッチャーにとっては関心事になる)の恣意性などが扱われている.
 

第3章 始祖鳥以降:鳥類進化史のハイライト

 
第3章のテーマは鳥の進化史.冒頭で進化史は化石とDNAから再構成されることが説明される.ここで化石から絶滅種を扱う場合の難しさが触れられており,クラウングループとステムグループ*1,分子時計(ハワイの火山島の成立年代とハワイミツスイの分岐からのリサーチなどが紹介されている)などが解説されている.その後最近の知見が紹介されている.

  • 鳥類は獣脚類恐竜から進化した(さまざまな共有派生形質が解説されている).最初の証拠は1863年に発見された始祖鳥の化石だった.当時ハクスレーはその化石が獣脚類恐竜と非常によく似ていることに気づいている.1970年代にオストロムがデイノニクスの化石を詳細に記載し,それが始祖鳥化石と多くの形質を共有していると指摘している.現在では中国の化石から羽毛を含むさらに多くの特徴が共有されていることがわかっている.
  • 150百万年の恐竜と鳥類の進化系統樹を描くと,鳥類のさまざまな特徴がモザイク的に進化しているのがわかる(詳細が解説される).つまり鳥類と非鳥類恐竜をはっきりわける境界線を1つ引くことは難しいのだ.
  • いったん鳥類のボディプランが成立したあと,鳥類は急速な進化を起こした.白亜紀にはさまざまな系統が成立した(絶滅したエナンティオルニス類(反鳥類:the opposite birds),イクチオルニス類,ヘスペロルニス類などが解説されている).
  • 白亜紀末の大絶滅時に極く少数の鳥類系統が生き残り現生鳥類の祖先となった.現生鳥類(新鳥類:Neoinithes)は大きく古顎類(Palaeognathae;ダチョウなど)と新顎類(Neognathae)にわけられ,新顎類はキジカモ類(Galloanseres)と新鳥類(Neoaves)に分けられる.これまで発見された新鳥類のもっとも古い化石は68百万年前のもので,このグループが白亜紀末期にはじめて現れたことを示唆している.
  • 大絶滅後,鳥類は急速に適応放散した.これに関してはジャービスとプラムによるリサーチが最も詳細で包括的だ(内容が簡単に解説されている)
  • 新鳥類において最初に分岐したのはヨタカ,アマツバメ,ハチドリの仲間(Strisores)だ.これらはみな空中で採餌する.次の分岐はハトとカッコーとエボシドリのグループ(Columbaves)になる.次の分岐は大きなグループ(Aequorlitornithes)でカモを除く水鳥(海鳥を含む)がみな含まれる.(このグループの中ではペンギンはミズナギドリに近縁で,フラミンゴはカイツブリと近縁になる.ツバメチドリなどの例外を除けばみな水と関連した生態を持つ)
  • プラムたちは残ったものを「意外な鳥類」(Inopinaves)と命名している(この中の系統関係が形態からは予期できなかったことに由来する名前になる).この中のCoraciimorphaeクレードにはフクロウ類,ネズミドリ類,キヌバネドリ類,ブッポウソウ類(Coraciiformes;サイチョウやカワセミを含む),キツツキ類(Piciformes;ゴシキドリやオオハシを含む)が含まれる.Coraciimorphaeクレードに含まれないものはノガンモドキのクレード,ハヤブサのクレード,オウムのクレード,そして巨大なスズメ目のクレード(Passeriformes)に分けられる.
  • スズメ目は5000種を超える多様化したグループになる.それは大きく亜鳴禽類(suboscines;タイランチョウ亜目)と鳴禽類(oscines;スズメ亜目)に分かれる.タイランチョウ亜目は熱帯アメリカで多様化しており,タイランチョウ,アリドリ,カマドドリ,マイコドリを含む.鳴禽類は様々な環境に適応放散して4000種を越え,複雑な鳴管とその筋肉を持ち,複雑なさえずりを行う.(島嶼部での適応放散の例が解説されている)

ここからフツイマは適応放散に関連して,収斂進化,進化の予測可能性,進化史で一度限り現れた特異的形質,系統制約などを語っている.
 

第4章 フィンチとズグロムシクイ:鳥類個体群はどのように変化し適応するか

 
ここから適応についての解説が始まる.第4章は導入章ということになる.ペイリーの議論とダーウィンの洞察を語り,簡単に自然淘汰を解説してから様々な鳥類の適応リサーチが語られている.

  • ハクガンの白型と青型,モリフクロウの茶型と灰色型など種内の色彩多型はバードウォッチャーにはおなじみだ.これらのうちいくつかは単一遺伝子MC1Rの多型によるものであり,いくつかは複数遺伝子の多型によるものであることがわかっている(具体例が示されている).種内の連続的な形質変異はありふれており,しばしば多数の遺伝子が関与する(遺伝率の概念を含め詳しく説明がある).
  • これらの多型や変異に自然淘汰がかかっていることを示すリサーチは多い.(サンショクツバメのリサーチ,ダーウィンフィンチのリサーチが紹介される)
  • 迅速な適応進化を示したリサーチも多い(メキシコマシコのマイコプラズマ耐性の進化のリサーチ,ズグロムシクイの渡りルートの変化のリサーチ,アオガラの産卵時期の早期化のリサーチ,ユキヒメドリのオスの攻撃性の減少のリサーチが詳しく紹介されている).
  • ある形質が適応的かどうかを検証するのは難しい.なぜ一部のツグミの脚の鱗が融合しているのか,なぜハシマガリチドリのクチバシが非対称に右方向に歪曲しているのか(それらにどのような適応的意義があるのか,あるいはないのか)については何もわかっていない.
  • これを調べるにはいくつか方法がある.(もし可能なら)もっとも望ましいのは実験だ(ウスズミハナサシミツドリのクチバシ形状を調べたリサーチが紹介されている).機能形態学的(エンジニアリング的に解析する)方法もある.例えば翼の形状からどのような飛翔に向いているかを推測することができる.収斂進化のパターンから推測する方法(比較法)もある(翼の形状と渡りの有無,距離から翼の先端のとがり具合の適応的意義を調べたリサーチが紹介されている).

 

第5章 エリマキシギとカッコウ:種内多型

 
第5章のテーマは(第4章でちょっと取り上げられていた)種内多型.冒頭では鳥の種内多型の例が数多く取り上げられている.ハジボソキツツキ(Northern Flicker)の地域による色彩の違いやボルチモアムクドリモドキ(Baltimore Oriole)の色彩多型は北アメリカのバードウォッチャーにはおなじみのものなのだろう*2

  • なぜ多型が種内で保たれるのか(最適形質を残して淘汰されてしまわないのか)には説明が必要になる.これには3つの説明がある,遺伝子流入,浮動,そして自然淘汰だ.
  • ハクガンの白色型と青色型の種内多型は遺伝子流入で説明できる.東カナダの個体群はかつては白色型のみだったと考えられている.そしてここ数十年で西カナダ個体群の青色型の遺伝子が流入して多型になっているようだ.しかしクロトウゾクカモメの淡色型と暗色型の色彩多型の比率はどの地域でも均一で遺伝子流入では説明できない.
  • 浮動により多型が保たれることは理論的可能性としてありうる.しかしこれは(個体群規模が大きく,大きな表現型の違いがあるケースでは)実務的には帰無仮説として扱われる(小規模集団で浮動によると思われる多型のケースがいくつか紹介されている).
  • 自然淘汰による多型の説明にはいくつかの種類がある.
  • 1つの説明は異なる環境下で異なる表現型が有利になるというものだ.最も良い例は第1章で紹介したアカクロタネワリキンパラのものだ.このような多型は将来的に種分化につながる可能性がある.北アメリカにおけるイスカの複数タイプ(異なる種子に適したクチバシの多型がさえずりの多型と対応している)の存在はそれを示唆している.
  • (遺伝子にとっての)異なる環境が,オスの体内かメスの体内かという場合がある.ニシオオヨシキリの翼の長さの多型はこれによるというリサーチがある(オスは早く渡りを行ってナワバリを占有することが重要なため翼が長い方が有利になる,メスはそのようなメリットがないので芦原での運動性に優れる短い翼の方が有利となる).
  • 鳥で多く知られる種内多型は色彩多型だ.しかしこれがどう保たれているか知るのは難しい.色彩の遺伝的的基盤は複雑で,多面発現も多く,色彩の与える適応度的影響は多岐にわたっていてかつ複雑だからだ.
  • 別の自然淘汰による説明には頻度依存淘汰がある.色彩多型が頻度依存淘汰で説明されている例の1つはコキンチョウの顔の赤色型と黒色型の多型だ.これは単一の遺伝子座で制御されており,ヘテロ個体は死亡率が高いために同類交配傾向がある.そして赤色型(のペア)はより攻撃的でよいナワバリを維持できる.しかし赤色系の頻度が高くなると闘争コストが高くなるために負の頻度依存淘汰が生じ,多型が維持されているのだ.ではなぜ赤色系は攻撃的なのか,コキンチョウのケースは込み入っているので,より単純なノドジロシトドで説明しよう.
  • ノドジロシトドには頭に明瞭な黒白の筋模様のあるタイプとより地味なタイプがあり,比率はほぼ半々だ.そしてほぼすべてのペアは派手タイプと地味タイプのペアになる.派手タイプはオスメスとも攻撃的でナワバリをより守る(そしてオスはよりEPCを試みる)が,地味タイプの方がより子育て投資をする.模様と攻撃性が対応するのは模様に関する遺伝子と攻撃性に関する遺伝子が隣接しており,さらに染色体逆位により組み換えをほとんど受けずにユニットとして遺伝するからだ.配偶において片方がナワバリ防衛,片方が子育てに専念するほうが有利になるので異類交配傾向が生じていると思われる.そして頻度が半々なのはこの異類交配傾向から説明できる*3
  • 色彩多型が自然淘汰から説明されている素晴らしい例の1つがエリマキシギのオスの多型だ.ゴージャスな黒,赤,白の襟巻き(この模様自体にも多彩な変異がある)を持つ独立オスはナワバリ防衛し,ナワバリに飛来するメスと交尾する.白色型のサテライトオスはナワバリに侵入し(独立オスはこれを許す)ナワバリオスに従属的に振る舞い防衛には参加せず,スニーカーとして交尾を行う.(この他にファーダーと呼ばれるメス擬態型も存在するが,ここでは説明を省略されている).独立オスがサテライトを許容するのは,ナワバリにサテライトがいたほうがメスがより集まってくるからだと考えられている.そしてメスはナワバリ内でランダムよりも独立オスとサテライト両者ともに交尾する傾向を持つ.数理モデルは,独立オスもサテライトも利益を得る状況において多型が維持されることを示している*4.そしてエリマキシギも色彩と行動の遺伝子が染色体逆位によって組み換えを起こさずに連鎖している.逆位のない染色体が2本あると独立オスになり,1本あるとサテライトになる.またさらに逆位の始点近くに重要な遺伝子があるために逆位染色体2本の胚は致死になる.
  • バードウォッチャーによく知られているタカやノスリやフクロウの色彩多型の理由はあまり解明されていない.フクロウは206種中69種に色彩多型(通常は茶と灰色)がある.茶型と灰色型の多型のあるモリフクロウにはいくつかのリサーチがある.それらによると寄生虫耐性,気温への適性などが絡んでいるようだが全体像はよくわかっていない.アフリカのオオハイタカのリサーチでは色彩の異なるペアの方が繁殖成功が高い*5ことが示唆されている.白色から暗色まで多様なノスリのリサーチでは中間色の繁殖成功が高いことが示されているが理由はわかっていない.
  • カッコウにはホストにあわせた卵模様の多型があり,メスに複数のジェンツがあることが知られている*6.(ここで托卵の卵擬態とその排除をめぐる托卵鳥とホストのアームレースが詳しく語られる).

 

第6章 ツメバケイとハチドリ:どのように適応は進化するか

 
第6章では適応形質の進化がどのように進むのかが取り上げられる.最初は分子的に仕組みが解明されたリサーチがいくつか紹介されている.

  • ツメバケイは極めてユニークな鳥だ.それは古い系統に属し,ほとんどすべての陸鳥と姉妹群の関係にある.彼等は葉食で胃でリゾチームを分泌し,それにより胃内細菌を分解してタンパク質を得る.このリゾチームのアミノ酸配列は他の鳥とは異なっているが(やはり植物食で胃内バクテリアをリゾチームで分化してタンパク質を得ている)ウシのそれと同じになっている.これは分子進化レベルでの収斂だ.
  • 脊椎動物の味覚に関してはG1, G2, G3という姉妹遺伝子があり,塩味レセプターを作るにはG1, G3を用い,甘味レセプターを作るにはG2, G3を用いる.肉食哺乳類や(祖先系統が肉食であった)鳥類はG2を失っている.ではハチドリはどのように蜜を感知するようになったのか.リサーチによるとハチドリはいくつかの突然変異によりG1, G3を使ったレセプターで糖を感知するようになり,その後大規模に適応放散を起こしているようだ.(このあとウミツバメの脂肪を分解するようになった適応,ツグミ(油分の多い果実食)とヒレンジャク(糖分の多い果実食)における酵素作用の進化などが解説されている)
  • 高地に住む鳥や高山を越える渡りをする鳥は多い(いくつもの具体例が示されている).ヒマラヤ越えの渡りをするインドガンは肺が大きく心臓の筋肉の毛細血管が密なのに加えヘモグロビンが特殊化している.この変化は(近縁のガンと比べ)3つのアミノ酸の変更によるものだ(大腸菌を使ってこの変化を再現したリサーチが詳しく解説されている).アンデスガンの高地適応型ヘモグロビンは異なるアミノ酸変更によっている.その他の鳥の高地適応も分子的にはそれぞれ異なる変更によっている.

 
ここからフツイマは適応を理解するにはその進化経路,分子メカニズム,そして適応意義の3つの問題があると指摘し,羽毛の進化,翼の進化などを詳細に解説している.またここでは進化の制約や,適応形質の慣性にも触れている.制約のよい例はいったん複雑な適応が退化した後に再進化することがほぼないこと(例としては歯があげられている)を挙げている.
 
さらにここからいくつかの適応に関連したトピックが扱われる

  • 進化が漸進的に進むことについて:これは構造的変化には複数の遺伝子が絡むこと(ダーウィンフィンチのクチバシ形状の遺伝子が例示されている),近縁種を比較すると漸進的な変化がよく見られること(シギ類のクチバシ形状が例示されている),高次系統群の特徴はしばしばモザイク的進化で説明されること(キツツキの系統で様々な特徴が様々な分岐段階で生じていることが示されている),極めて特異的な特徴を持つ種群は通常他の鳥と古い分岐を持つものであること(フラミンゴとカイツブリの分岐年代(40百万年前)が例示されている)から説明できる.
  • なぜ特殊化が生じるかについて:それは基本的に異なるタスクへの適応にトレードオフがあり,リソースをめぐる競争があるからだ.(このトピックをめぐる様々な鳥のリサーチが紹介されている)

 

第7章 フクロウとアホウドリ:生活史と多様性

 
第7章のテーマは生活史.冒頭では塚の中に卵を埋め込むツカツクリの生態が語られ,鳥類の中でも寿命や一腹産卵数などに多様性があり,それらは生活史戦略として理解できること,その先駆けがデイヴィッド・ラックによる最適一腹産卵数の議論であること,そのポイントは様々な生活史の特徴間のトレードオフであることが指摘される.そこから環境依存死亡率が寿命,そして生活史の「速さ」*7を決めることが解説される.

  • 鳴鳥類では熱帯のもののほうが生活史が遅く一腹産卵数が少ない傾向がある.これには熱帯の方が巣ヘの捕食圧が小さいからという仮説と寿命が長いからだという仮説がある.大規模な比較リサーチによると両仮説とも成立するようだ.(このリサーチに使われた巣への捕食圧,ヒナ死亡率,成鳥死亡率,翼の成長,体重増加,巣立ちまでの期間,親の投資量,親の生涯投資量,一腹産卵数の因果モデルが図示されている)
  • 巣内の兄弟ビナは親からの給餌量を争うライバルだ.そしてしばしば(社会淘汰により)特殊化した派手な模様が進化している(アメリカオオバンのリサーチが紹介されている).親はより派手な模様のヒナにより給餌する傾向がある.なぜそうするのかは解明されていない.一種の超刺激だというのが1つの可能性だ*8
  • 兄弟ビナの競争が,兄弟殺しに結びつく場合もある.これは猛禽類,カツオドリ類,サギ類でよく知られている.ワシ,ペリカン,ツルでは種によって必ず生じるものもある.これは産卵数が過剰であることを意味する.このことの適応的説明には,過剰卵やヒナが一種の給餌的機能を果たすという説,ヒナの死亡に対する保険説,環境変動に対する保険説がある.(それぞれが当てはまりそうな鳥の例が示されている)
  • 誰がヒナの世話をするか(メスのみ,オスのみ,ペアの例が示されている),それがどのように進化したのか(ペア間の子育て投資量をめぐるコンフリクトがどのように解決されるのか)という問題がある.これに影響を与える要因には,投資量,卵との期待血縁度(EPCや托卵頻度が影響する),次回繁殖成功への影響,性比,性淘汰強度,繁殖成功の分散,投資効率の性差(巣の防衛効率など)などがある(それぞれ鳥のリサーチ例が示され,解説がある).
  • では,冒頭のツカツクリの(卵を塚に埋め込むという)爬虫類的な生態はどのように進化したのか.系統樹が1つのヒントになる.ツカツクリはキジカモ類の系統に含まれる.この系統はツカツクリ以外みな抱卵し,さらに分岐の古い古顎類(ダチョウなど)もみな抱卵する.おそらく共通祖先も抱卵していただろう.だから塚に卵を埋め込む形質はツカツクリで新しく進化したのだろう.ツカツクリ内の系統樹を見ると祖先型はオスが塚を造ってメスが卵を産み付けるという形式だったと思われる.ここからシギ類にあるようなオスのみの子育てがまずあり,そこから同種托卵の増加によりオスも子育てしなくなったという経路が想定できる.むしろこのような形質が一度しか進化していない方が驚きだ.

 

第8章 ウミスズメの冠羽とクジャクの尾:鳥類における性淘汰

 
第8章のテーマは性淘汰.様々な鳥の派手な装飾形質を紹介したあと,ダーウィンの洞察,性淘汰にはオス間競争型とメスの選り好み型があるとされていること,装飾形質は両方に関連しうることがまず解説され,そこから個別のテーマとリサーチが紹介されている.

  • オス間競争型性淘汰が働いていることを示す鳥類のリサーチは多数ある.競争は時に直接攻撃を含むものになり,そのような場合には蹴爪のような武器形質が進化することがある.そこではからだの大きさや(ニワトリのとさかやエリマキシギの襟巻きなどの)派手な形質が強さを現す正直なシグナルとして使われることもある.またこのような派手な形質はオス間競争とメスの選り好みの両方で有利な形質である可能性も指摘されている.
  • メスの選り好み型性淘汰が働いていることの最初の証拠はコクホウジャクのリサーチから得られた.クジャクの派手な尾の模様もこれによると考えられている.ペアで子育てする一夫一妻の鳥でもしばしばオスに派手な飾りが進化しており(ルリオーストラリアムシクイやシロエリヒタキのリサーチが紹介されている),これはメスがEPCを行うことから説明されている*9
  • なぜメスは(直接的利益がなさそうであるにもかかわらず)派手なオスを好むのか.これには大きく括るとセンゾリーバイアス,メスに何らかの利益がある,ランナウェイの3つの考え方がある.
  • センゾリーバイアスについては,ウミスズメ類には派手な飾りのない種もいるが,そのような種でも(実験的に)オスに飾りをつけるとメスにモテるようになることを示すリサーチがある.
  • メスに利益がある(派手な形質はハンディキャップシグナル)という考えについては,メキシコマシコで派手なオスの方が給餌量が多いことを示すリサーチ,セキショクヤケイでとさかが大きくて明るい赤であるオスがより強い免疫を持つことを示すリサーチがある.
  • ランナウェイはフィッシャーが提唱した数理的に明晰なアイデアだが,そのモデルにはメスに識別コストがかからないという前提があり,コストをモデルに入れ込むとうまくいかない.リチャード・プラムはこのアイデアに熱狂的だが,これを認めるには実証的な証拠が必要だろう.
  • 性役割逆転種ではメスが派手な飾りを持つようになることがある.そうでない場合も,オスメスともに派手な鳥は多い.これを説明する説明には,副産物(キンクロハジロのメスの痕跡的な飾りがそうではないかと示唆されている),メス間でも競争がある(社会淘汰;オスとメスが全く異なる体色でともに派手なオオハナインコの場合,メスに営巣場所をめぐる激しい競争があることが紹介されている),オスもメスも相手を選んでいる(双方向淘汰;ツルや海鳥類などの生涯モノガミーの鳥の飾りがそうではないかと示唆されている)という3種類がある.
  • 常に明るい色彩が進化するわけではない.ウスグロハチドリ,ルリカタフウキンチョウは近縁種間でただ一系統のみ地味な色合いになっており,地味な方向への進化が示唆される.また(博物館標本を使ったリサーチにより)ヨーロッパオグロシギは1840年代以降地味な方向に進化しており,地味なオスの方が高い適応度を持っていることが示されている.南北アメリカのムクドリモドキ類,ハエトリ類は,より熱帯種ほど性的二型が小さくオスメスともに派手で,渡りを行う種ほど性的二型が大きくメスが地味になる.系統解析によると祖先形質は渡りをせず,渡りとメスの地味化が独立に何度も進化したことが示されている.熱帯種ではメスも営巣場所をめぐって競争があり,社会淘汰でメスも派手になっているが,渡りでそこから解放されて地味に進化するのだろうと解釈できる.
  • オスメス間のコンフリクトからチェイスアウェイ淘汰(拮抗型性淘汰)が生じうるというアイデアが提唱されている.オスがメスにコストがかかる配偶戦略をとり,メスがそれに抵抗し,それがアームレースとなるというものだ.その最も明瞭な証拠はカモ類の生殖器官の解剖学的特徴(長くスパイラルに曲がった窒とペニス)だ.

 

第9章 オオハシカッコウ,ツバメ,ハチクイ:鳥類の社会生活

 
第9章のテーマは社会生活.多くの鳥が群れをつくる.密度が高くなると同種間の競争は激しくなるはずだが,それを上回るメリットは何かが問題になる.

  • 群れは(協力あるいは利他的な理由ではなく)単純な自己利益的理由で形成されうる.そのような説明の1つが情報センター説だ.シロカツオドリが他のカツオドリがダイブしている海域を見つけて次々に参加するのはよく見かける.サンショクツバメのリサーチによると採餌群れにいるほうがより採餌でき,群れは情報センターとして機能していることが示されている.また捕食リスクを薄める効果(希薄効果)もよく指摘される.
  • 多くの鳥の群れでは危険を察知した個体がアラームコールを出す.コールを出す個体にとっての利益は何か.捕食者向けのハンディキャップシグナルという可能性もあるが,鳥類で実証されたことはない.アカアシシギのリサーチではアラーム効果により他の鳥が群れに参加して希薄効果が高まることが示唆されている.(ここでは希薄効果に関連してモビングについても説明されている*10
  • しかし希薄効果だけですべてのアラームコールが説明できそうにはない.それは利他行動かもしれない.鳥の利他行動の存在を説明できる可能性が3つある.
  • 1つ目は互恵性だ.マダラヒタキのモビングが直接互恵性要件を満たしている(個々の鳥がかつて自分が危うい時にモビングに参加してくれた鳥が危険な時にのみモビングに参加することを実験により確かめた)というリサーチがある.
  • 2つ目は実は長期的な利益があるというものだ.セアカマイコドリのオスのコートシップダンスに参加する若オスたちは,短期的には交尾機会がない(そしてほとんどの場合オス密度は飽和しているので,どのように振る舞っても若オスには交尾機会はない)が,長期的にはディスプレイ場所を受け継いでアルファオスになれる可能性があることが示されている.
  • 3つ目は血縁淘汰だ(簡単な解説がある).シチメンチョウのリサーチでは,配偶ディプレイを行うオスペアはほとんどの場合兄弟であることが示されている.そして子育てのヘルパーが血縁個体であるケースは多い(このようなヘルパーには様々な状況のものがあることが解説され,エナガ,ヒメヤマセミ,セイシェルムシクイ*11,ノドジロハチクイ*12のリサーチが紹介されている).
  • 血縁個体によらないヘルパーも数多く観察されている.オオハシカッコウ類では2つ以上のペアが共同営巣し,共同で巣を防衛する.メス同士は非血縁ですべてのメスが産卵し(ただし自分が産卵を始めるまでは巣にある卵を排除する.すべてのメスが少なくとも1つ産卵した後に平和的な共同産卵になる),オスが抱卵する.このような共同巣は托卵されにくいという大きなメリットがあり,1羽あたりの繁殖成功は共同ペアが多いほど高くなる.またかつて共同営巣したメス同士は,それ以降より素早く産卵をシンクロさせる(卵の排除が減り,繁殖成功がさらに上がる).つまりこの共同営巣は相利的な状況で生じた協力関係ということになる.時に巣が破壊されたりして営巣に失敗すると,彼女たちは解散し,単独の托卵戦略者になる.托卵戦略者と共同営巣者の適応度はほぼ同じであることが示されている.

 

第10章 鳥の種:種とは何か,そしてどのように形成されるのか

 
第10章のテーマは種概念と種分化.バードウォッチャーにとって「種」は観た鳥のリスト作りという大きな喜びと密接にかかわってくる問題だ.そして鳥の記載種数は近年増え続けている*13.この増加分の一部は全くの新種発見(ヤンバルクイナとカオカザリフクロウが例として挙げられている)だが,多くはかつて1種とされていたものが分割されることによるものだ.そして「種とは何か」という問題が浮上する.

  • 種とは何かという問題には哲学的な側面と実務的な側面がある.そして分類学者や進化生物学者の意見は一致していないし,これからも一致することはないだろう.論点には「種とは何であるべきか」というものと,進化と種分化のプロセスにかかわるものがある.
  • 種とは何かを考えるには種分化から始めるのがいいだろう.よくあるのは地理的に分断された集団がそれぞれ別の種に進化するというプロセスだ.そこでは浮動,自然淘汰,生殖隔離が生じる.これらは連続的に変化するので,(どのような種概念によることにせよ)どこで種分化したかの1点を決めることは不可能だ.
  • 現在の鳥類学者が主に採用している種概念は「生物学的種概念(BSC)」と「系統学的種概念(PSC)」になる.PSCは特徴や遺伝子により種を認めるので,BSCより早期に種分化の成立を認めることになる.BSCは集団の現状を重視し,PSCは歴史を重視するともいえる.
  • BSCはエルンスト・マイアにより提唱された.キーになる概念は生殖隔離と潜在的交配可能性だ.マイアはその支持者たちはこのアイデアを遺伝子流動を使って表現した.また生殖隔離には交尾後隔離(交尾するが不稔など)と交尾前隔離(交尾しない)がある.鳥類学者にとって重要なのは交尾前隔離,特に行動隔離だ.例えばルリノジコとムネアカルリノジコのリサーチでメスはオスの外観とさえずり両方から自種のオスのみと交尾することが実験的に示されている.実務的には(すべて実験することもできないので)形態や遺伝子マーカー,あるいは雑種を確認できないことから隔離を推測することになる.(それぞれのリサーチ例が紹介されている)
  • BSCはほとんどの進化生物学者たちに好まれているが,異所的に分布している集団同士の潜在的交配可能性を確認するのは困難だという問題がある.これは実務的には同所的分布集団のケースと比較して推測することになる.
  • PSC支持者は異所的分断集団に何らかの特徴の差異があれば異種と認めることになる.(PSC支持者のジンクがゴマフスズメの異所集団をミトコンドリアDNAの差異を根拠に5種に分割しようとしたことが紹介されている.)
  • 私のようなBSC支持者にとっては生殖隔離がどのように生じるのかが重要な問題になる.マイアは鳥類や他の動物の種分化はほとんどの場合異所的であることを示す証拠を積み上げた.実際に同所的種分化が示された例は非常に少ない.その1つは繁殖時期が分かれたコシジロウミツバメのケース,別の1つはさえずりの分化によるカッコウハタオリのよるケースだ.
  • 鳥類の場合地理的隔離が種分化の一般則となっており,それは島嶼の鳥でよく示されている(ダーウィンフィンチの例が示されている).交雑帯の存在も地理的隔離の証拠となる.(ヨーロッパのイワシャコ*14とカラスのケース*15が紹介されている)

 

  • 生殖隔離がなぜ生じるのかは重要な問題だ.交尾後隔離は環境要因的にも内生的(遺伝的不和合など)にも生じうる.とはいえ交雑個体の低適応度は多くの場合遺伝的不和合性から生じている.しかし鳥類の場合にはこの不和合性から隔離が生じている例は多くない.なぜならほとんどの場合不和合性よりはるか先に交尾前隔離が生じるからだ.
  • 交尾前種分化において重要なの行動によるものだ.「生態的種分化」は異なる環境に対して分化した自然淘汰が生じて行動的隔離が起こるものを指す.分化の1つの要因はセンゾリーバイアスだ.近縁のアリドリ,カマドドリ,キツツキなどについて熱帯域のものと竹林のものを比較したリサーチによると,竹林ではより高周波の音が減衰するので,より低周波の音に敏感になり,さえずりの音域も低くなっている.このような生態への適応の副産物として隔離が生じることもある.ダーウィンフィンチでは餌によりクチバシの形状が分化しており,さえずりにその影響が出ている.
  • イスカは生態的種分化の象徴的な存在だ.イスカは6つのコールタイプに分かれ,そのクチバシはそれぞれの餌の球果に高度に適応している.そしてコールタイプごとに群れをつくり,その中で同類配偶選好がある.これはおそらく新しく生じつつある種なのだろう.
  • 行動による交尾前隔離は交雑個体の低適応度によっても生じる.交雑個体が不利になるのなら,強い同類配偶選好が進化するだろう.これはマダラヒタキとシロエリヒタキの間に生じていると考えられている.
  • そして興味深いのが性淘汰によって生じる行動的な隔離だ.いくつかのリサーチが,高い性淘汰圧を経験した種ほど繁栄するという傾向を(決定的ではないが)示唆している.オスの性淘汰形質が明瞭であれば近縁種と融合しにくいのだろう.
  • ツバメのメスはヨーロッパではオスを尾の長さで選び,北アメリカでは腹部の赤さで選ぶ.そして東地中海では両方で選ぶ.リサーチャーはそれぞれの地域でメスの選んでいる形質がパラサイト耐性と最もよく相関していることを見いだしている.カオグロアメリカムシクイでも同じようなメスの選好の地域差が,その地域のオスの有利性と最もよく相関していることが報告されている.これらは性淘汰による種分化が生じつつある状況なのかもしれない.

 

  • 種分化はどのぐらい速く進むのか.交雑個体の不妊性を広く調べたリサーチによると不妊性が進化するのには一般的には数百万年がかかりそうだ.しかし多くの種は行動隔離により種分化しているので,それよりはるかに若い.熱帯アメリカの亜鳴禽類では異所的な分断1百万年でさえずりが分化しているようだ(ただし鳴禽類は4倍ほどかかる.これは歌を学習することに関連しているようだ).
  • 交雑帯からも情報を得られる.北半球の温帯では交雑帯を形成する両種は分岐後1.5百万年ほどだが,熱帯では3〜4百万年だ.これは氷河期が異所的分断を数多く作り出した影響かもしれない.
  • 異所的な種分化の後両種がまた出会えばどうなるか.交雑帯ができる場合もある.極く稀には第3の種が誕生する.最もよく知られた例はイエスズメとスペインスズメの交雑から生まれたイタリアスズメの例だろう.同じく極く稀には交雑個体の方が適応度が高くなる.アメリカオオセグロカモメとワシカモメは550キロに及ぶ交雑帯を形成しており,調べると交雑オスの方がより良いテリトリーを持ち繁殖成功が高い.これは完全な種分化を止める働きをしているのかもしれない.そして交雑は(交雑個体が有利でなくとも)頻度が高ければ両集団が遺伝的に融合することにより種分化を止めうるだろう.
  • 新しくできた種の運命は生態的競争の状況に依存する.生息場所や餌が異なれば元の種と同所的に共存しうるだろう.競争が互いに浸透を妨げるように働くこともある.熱帯のカマドドリの仲間では種分化から同所的な共存まで平均12百万年ほどかかっているが,身体やクチバシのサイズが異なるとより早く同所的に共存できるようだ.これらは系統群の種数に影響する(カマドムシクイがモリムシクイとミズヒタキに分化して以降種数が3:1になっているケースが紹介されている).またさえずりのような配偶選好に関連する特徴は種分化率を高めるように働くだろう.

 

第11章 鳥の世界

 
第11章のテーマは鳥の生物地理.冒頭でウガンダで見たハシビロコウの話が振られ,世界の各地ではそれぞれ特徴的な鳥相があること,ダーウィンとウォレスが生物地理学の基礎を作ったことが語られる.

  • 生物地理学の基本は,種には起源地があり,そこから分散するというアイデアだ.アマサギは1930年代に南アメリカに定着した.証拠はアフリカから飛来したことを示している.また種は時に(大陸の分裂などの)分断を受けることがあり,また絶滅もする.ミソサザイモドキは北米太平洋岸に分布するが,どの北米の鳥とも近縁ではなく,アジアのズグロムシクイと近縁だった.おそらくかつてのベーリング陸橋に沿って移動してきたのだろう.
  • 現在その系統群が最も繁栄している地は起源地として推定される.しかしそうでないこともある.ハチドリは長らく新大陸起源と考えられてきたが,2004年にドイツの漸新世の地層からハチドリの化石が発見され,さらにヨーロッパの各地のさらに古い地層から様々な進化段階のハチドリの化石が出土した.現生ハチドリの共通祖先は新大陸にいたのかもしれないが,さらにその祖先はヨーロッパ(あるいはその近辺で)で起源した可能性が高い.同じように現在では南アメリカにただ1種分布するツメバケイもその近縁種と思われる化石がヨーロッパからでているし,アフリカにしか分布しないエボシドリも北アメリカで始新世の化石が出土している.
  • しばしば大陸の分裂と移動(分断)が現在の分布の説明とされる.しかしゴンドワナ大陸のほとんどの分裂はKPg大絶滅の前であり,ほとんどの現生鳥類の分岐はそれ以降であることを考えると鳥類学者はこの説明の採用には慎重であるべきだろう.(かつて分断的に説明されてきた)南アメリカ,アフリカ,アジアに分布するキヌバネドリについても,分子的に調べると3地域のキヌバネドリの共通祖先からの分岐時期は40〜20百万年程度であり,分散により広がり,ユーラシアと北アメリカで絶滅したと考えるべきだといえる.
  • ダチョウ(アフリカ),レア(南アメリカ),ヒクイドリ,エミュー(オーストラリア),キーウィ(ニュージーランド)などの平胸類の分布はかつてまず飛べない形質が進化し,それが大陸の分断により分岐し,旧ゴンドワナ各地に分布するようになったとされ,分断による分布の教科書的事例だった.しかし系統解析の結果,この単系統群の内側に飛翔能力を持つシギダチョウが入ることがわかり,現在では共通祖先は飛べたのであり,60百万年前頃に各地に分散し,ダチョウ,モア,その他の飛べない平胸類は独立に飛翔能力を失ったのだと考えられている(系統樹が提示され,詳しく解説されている).
  • シブリーとアルクイストは分子系統樹を用いた先駆的なリサーチにより巨大なスズメ目の起源地はオーストラリア地域だと主張した.現在も彼等の主張はおおむね正しいと考えられている(スズメ目の分岐と生物地理についての現在の知見が極めて詳細に語られている.本書の読みどころの1つだ).
  • 鳥相の多様性はどのように説明されるのか.山のある地域は平地より種が多い.その理由は3つ考えられる.前者の方が生態的ニッチが多いこと,隔離が生じやすいこと,上下の移動により気候変動による絶滅回避が容易なことだ.
  • 「緯度に沿った多様性勾配(熱帯の方が動植物の多様性が高いこと)」はなぜなのかという問題は1960年代より延々と議論されている.かつては暖かい方が生命維持が容易だとか,面積あたりの太陽エネルギーが多いからだといった説明がなされていた.しかし生命は環境に適応するので暖かい方が良いとは言えないし,エネルギーはバイオマスの多いことを説明できても,それがどう多様性に結びつくのかははっきりしない.
  • ある生物グループ(この場合鳥)が共通祖先から分岐と絶滅を繰り返し,種数的な平衡に至る数理モデルを使って考察してみよう.モデル1は平衡種数は生産性によって決まるというもの,モデル2は平衡に達するまでは種数は種分化率と絶滅率により決まるというもの,モデル3は同じく平衡に達するまでは種数は最初の分岐の時期により決まるというものだ.これまでの数多くのリサーチはすべてのモデルが説明力を持つことを示唆している(それぞれのモデルの説明力を示す鳥のリサーチが紹介されている.詳細は複雑で興味深い).

 

第12章 進化と絶滅:鳥の未来

 
最終章のテーマは鳥類の将来について,鳥類の個体数が減少中であることに触れたあと現在進行中の第6の大絶滅が,農林業,侵略的外来種,狩猟(希少な鳥の場合は特に愛玩用の捕獲の影響が大きい),生態系の変化.森林減少などの要因とともに解説される.

  • 鳥類はこれらに対して適応的進化を起こして逃れられないだろうか.狩猟に対抗するのは難しいだろう.生息地の喪失に対抗することも(極く一部の種がヒトの作った環境に適応するだろうが)難しいだろう.
  • 気候変動の与える影響は複雑だ.高温地帯の鳥はこれ以上の高温には耐えられないかもしれない.生活史の一部(繁殖期と得られる餌,渡りに生じる問題など)で大きな影響を受ける鳥も多い.行動可塑性と適応的進化は期待できるが限界はある(様々な問題が詳細に論じられている).そして現在鳥が気候変動に適応しつつあることを示す証拠はごくわずかしかない(わずかな例外が紹介されている).
  • 何ができるだろうか.まず絶望しないことだ.生息地の喪失や狩猟は減少させることができるはずだ.保全努力,そして政治的,法的,社会的,教育的行動は無駄ではない.そして私たちは周りの人々に教えることができる.バードウォッチャーは鳥を見たがり,鳥に興味がある.まず鳥を見ることが保全への第一歩になるのだ.

 
 
以上が本書の内容になる.進化生物学の様々な論点について明晰でわかりやすい解説を行い,そしてそれに関連する鳥のリサーチがこれでもかこれでもかと紹介されている.紹介されるリサーチには有名な歴史的なものもあれば,非常に興味深い結果を示す最新のものもあり,読者を飽きさせない.大御所ならではの視野の広さと細かなリサーチを網羅するというエネルギッシュな情熱が感じられる素晴らしい本であり,進化生物学に造詣があり鳥が好きな人には何よりの一冊だろう.



関連書籍
 
フツイマの著作

フツイマは総説的な進化生物学の教科書を2冊書いており,「Evolution」と「Evolutionary Biology」と題されている.「Evolution」は現在も改訂が続いているようだ.
 


邦訳があるのは1986年版の「Evolutionary Biology」で私が買いそびれていた大判の教科書だ(邦訳出版は1991年で,1997年に改訂2版がでている).1997年の改訂版の古書が5000円程度で入手可能だと知り,この機会に思わず購入してしまった.判型はB5より大きい縦27センチ,全612ページで,蒼樹書房の表紙デザインが懐かしい.ちょこちょこ読んでいるが,1980年代後半の知見を集約した端正な教科書という印象だ.内容的には遺伝学,および集団遺伝学の基礎(中立説や量的遺伝学を含む)が1/3ほどを占めて,いかにも現代的総合の教科書となっている.その他は進化学説史,進化の総説,種分化,適応,進化史,化石,多様性,生物地理,新奇性の起源,分子進化,種間相互作用,ヒトの進化などが取り扱われている.
 

 
性淘汰でランナウェイ的な説明を熱狂的に擁護した鳥類学者プラムの著作.私の感じた違和感はフツイマと同じだ.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20170613/1497350790
 

 
同邦訳.私の訳書情報は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2020/02/02/102603
  
 

*1:やや乱暴に説明すると,分岐系統学で,ある単系統群のなかで現生生物種のみを含むものがクラウングループ,絶滅種のみを含むものがステムグループと呼ばれる

*2:ちょっと面白いのはヒメレンジャク(Cedar Waxwing)の赤と黄色の色彩多型で,これは日本のヒレンジャクとキレンジャクのような異なる種間での違いではなく種内でみられる多型なのだそうだ.さらにこれは遺伝的要素と栄養的(環境的)要素の両方が原因となると説明されている

*3:ヘテロ的なペアが有利になることが多型の理由なので,(フツイマは特に断っていないが)一種の超優性的説明になる

*4:ここもフツイマは特に断っていないが,頻度依存的説明になると思われる

*5:リサーチャーはより広い環境で採餌できるからではと推測しているが証拠は提示されていないそうだ

*6:ミトコンドリアDNAによりジェンツの存在が確認されているという説明があるが,卵模様がどのようにジェンツごとに保たれているのかについては説明がない.なおよくわかっていないということなのだろう

*7:例としては海鳥類が遅い生活史戦略を持ち,長寿命で一腹産卵数が少ないこと,鳴鳥類は(鳥類としては)速い生活史戦略を持ち,短寿命で一腹産卵数が多いこと,ウミガラスとコクマルガラスのリサーチから繁殖努力量と寿命にトレードオフが示されていることが説明されている

*8:より健康なヒナであることを示すハンディキャップシグナルである可能性もありそうだが,それには言及がない

*9:なぜメスがEPCを行うかについて,適応的仮説以外にオスのEPCを好む遺伝子がメスにおいても副産物として発現しているという副産物仮説が解説され,キンカチョウでEPC傾向の強いオスの姉妹がEPC傾向が強いことを示すリサーチが紹介されている

*10:モビングに参加するリスクは希薄効果からそれほど高くなく,捕食者を追い払える可能性が高いことが説明されている

*11:セイシェルムシクイでは営巣場所が飽和しており,若鳥にとっては親を手伝うのが最も包括適応度が高くなることが示されている.ここでわかったもっとも驚くべき発見はメスがオスメスを産み分けられる(テリトリーの優劣によって産み分ける)ことだと解説がある

*12:大きな群れで営巣するが,その群れには複数のクラン(血縁集団)がある.鳥たちにはかなり洗練された血縁認識能力があり,相手が近縁かどうかで行動を変えていることが示されている

*13:昔は鳥の総種数は約9000といわれていた.2019年のクレメントチェックリストでは10721種,IOCのバードリストでは10758種だそうだ.

*14:南フランスのアカアシイワシャコと東欧のハイイロイワシャコがアルプスで狭い交雑帯を作っている例が紹介されている.交雑による不利の度合いが遺伝子により異なるため,遺伝子によって交雑帯の幅が異なっている

*15:ハシボソガラスとズキンガラスがデンマークからイタリアにかけて狭い交雑帯を作っている.これらは氷河期に別のレフュージアにいたものが出会って形成されている.ほとんどの遺伝子はこの交雑帯よりはるかに広く互いに浸透しているが,メラニン色素に関する遺伝子のみ狭い交雑帯を形成している.これはカラスに体色による配偶選好があるためだと考えられる