War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その27

 
ターチンの協力の科学の学説史.ターチンの文化的グループ淘汰の説明は,いくつかのルーズな議論を経たあと,ようやく文化的グループ淘汰と呼ぶに相応しいプロセスを挙げる.それはいろいろな真似をしているうちに強い軍隊を作れたグループが生き残り,そのような文化が広がるというものだ.そして大きな軍隊を作れるためのシンボルを扱う能力が文化的グループ淘汰で進化したと主張する.しかしこのような認知能力が模倣を通じて得られるというのはかなり無理筋の議論だろう.
ともあれヒトには確かにシンボルを扱う能力がある.ターチンはそれを元に議論を進める.
 

第5章 自己利益の神話:協力の科学 その13

 

  • シンボルを扱う能力の結果として,ヒトの想像の世界において,ある社会グループ(私たち)というアイデアに独特の把握力が生じる.私たちは国家というような社会グループ実際よりはるかにリアルなものだと考えるようになる.そして人々が国家をリアルだと扱うので,国家はそのように振る舞い,(逆説的ではあるが)リアルなものになる.(その実例としてアメリカ人が「アメリカ」といわれた時に何を思い浮かべるか(星条旗,国家,ホワイトハウス,自由の女神像・・・)があげられ,それらのシンボルがアメリカをリアルなものにしているのだと説明される) 人々が自国のために死ぬように促される時,その国家が想像の産物であることは問題にならない.犠牲行動はリアルだ.デュルケームがいうように,「社会生活」は膨大なシンボリズムによって始めて作られるのだ.

 
このあたりはユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」の受け売りのような記述だ.虚構かリアルかにこだわるのはあまり意味がないようにも思うが,ともあれ,ヒトはシンボルで表されるグループに実際に帰属意識を持つというターチンの指摘は正しい.
 

  • シンボル思考の能力はヒトの超向社会性を可能にした最後の偉大な進化イノベーションだ.人々は今や協力する相手や敵を決めるのにその人を個人的に知る必要がなくなった.特にそれがよく分かるのは,宗教戒律遵守と儀式行動だ.しかしながら,人々は相手の服装や装飾品を見ることができるし,方言や行動を観察できる.(ジンバブエのバーでイギリスから来たエアー・ジョーダンを履いた白人の少年とレイカーズのベストを着た現地の黒人の少年が会った瞬間に互いに仲間だとわかり仲よくなるというパトリック・ニートの小説が紹介されている)
  • シンボルを用いたグループの境界画定は「仲間だ」と認識された見知らぬ他人との協力を可能にする.シンボルは,個人個人として会って知ることができる範囲をはるかに越えた非常に大きな「私たち」グループを作ることができる.

 
そのために進化したのかどうかという点を除けば,確かにシンボルを扱う能力は内集団の範囲を拡大することに役立っただろう.いわゆるモラルサークルの拡大はシンボルにより可能になっている.
 

  • 何千万人もが含まれる大きな国家が一瞬でできるわけではない. それはゆっくり,いくつものステージを経てでき上がる.いくつかの村が,敵からの脅威を受けて,部族としてまとまり,その同盟をシンボルを使って表示する.次のステージでいくつかの部族が地域社会としてまとまる.そしていくつかの地域社会が国家に,そしてスーパー国家連合(帝国や文明全体)になるのだ.それぞれのステップで新しいシンボルが発明され,境界を引き直す(あるいは古いシンボルが拡張されて利用される).
  • このステップごとに進む社会の複雑さの増加の痕跡は,人々のエスニックアイデンティティが(マトリョーシカ人形のように)ネスト状になっていることに現れている.インディアナ州の人(Hoosier)は同時に中西部人で,そしてアメリカ人だ,西洋文明圏に属する.ニューイングランド人(Yankees)や南部人(Rebs)も同じようにすぐにわかるサブエスニックアイデンティティだ.このような地域アイデンティティは極めて強いこともある.多くのテキサス人はその「ローンスターステート*1」に強い誇りを持っている.

 

  • アメリカ合衆国は移民がるつぼに次々に流れ込んで形成された現代国家であり,このアイデンティティのネスト性はあまり明瞭ではない.これに対して多くの牧畜社会では階層的なネスト性が顕著にある.この階層的ネスト性はアラブのことわざ「私は兄弟と対立し,私と兄弟はいとこと対立し,私と兄弟といとこは正解と対立する」によく現れている.
  • ローマ帝国辺境のゲルマン人も階層的ネスト性を持つ社会を形成していた.いくつかの村は一緒になってカッティのような部族を形成し,いくつかの部族はフランクやアラマンニのような部族連合を作る.そしてフランクが帝国を作り,多くの部族連合を結びつけた.帝国辺境の存在はこのゲルマン社会のスケールアップの鍵になる力だった.辺境から離れた地域では連合を作る必要はなかったが,辺境ではスケールアップが生死を分かつ問題だったのだ.

 
ここでターチンは歴史家的な記述に戻る.このあたりはなかなか楽しいところだ.最後のところがターチン的には重要なのだろう.辺境ではより大きな軍隊を作れるようなシンボルを持つ文化が(意識的かあるいはグループ淘汰的に)優越するようになるということだ.それは充分にありうるシナリオだろう.

*1:テキサス州のシンボルは白い星を1つあしらった州旗であり,テキサス州はthe Lone Star stateと呼ばれる