書評 「葉を見て枝を見て」

 
本書は菊沢喜八郎による「植物が枝と葉をどのように展開するか」についての進化生態学的な探索を扱った一冊.私にとって菊沢喜八郎という名は今は亡き蒼樹書房の進化生態学教科書シリーズの一冊「植物の繁殖生態学(1995)」の著者としての印象が強い.そこでは植物の送粉,性のあり方,性淘汰,種子散布が簡潔に整理されていていろいろと勉強になった.そこで共立スマートセレクションで菊沢の手になる本書が出版されるということを知り楽しみにしていたのだが,このシリーズは電子化スケジュールが不規則で,本書の場合物理本に遅れること4年半で電子化され*1,ようやく読むことになった次第だ.
  
まえがきで本書執筆の経緯が書かれている.菊沢は北海道の林業試験場で森林の生産量の調査を行っており,一定の面積の森林がどの程度の有機物を生産し,それが幹や葉にどう配分されているかに興味を持っていた.そして落葉樹が葉を広げ,落とすのは樹木の適応戦略として説明できることに気づき,それを一冊の本にする(「北の国の雑木林」(1986)).その後葉の寿命,落葉性と常緑性の進化などを考察し論文を発表してきたが,それを研究物語としてまとめたものが本書になる.
  

第1章 広葉樹二次林

 
菊沢の探求物語は1970年代の北海道の広葉樹二次林の観察から始まる.当時北海道では針葉樹が植林されていたが,うまく根付かないところで広葉樹の林業が成立するかが関心事になっていた.菊沢は樹木の成長パターンの観察から始め,ケヤマハンノキとブナやミズナラでは,シュートの葉の展開と寿命のパターンが異なることに気づく.ケヤマハンノキでは最初に葉寿命の短い葉が3枚程度展開し(葉寿命40日,50〜70日,90〜100日),その後葉寿命100〜120日程度の葉が次々に展開するが第10葉程度からまた少しづつ葉寿命が短くなる.ブナやミズナラではほとんどの葉が芽が開くとともに一斉に出現し,葉寿命は150〜160日と長い.菊沢はケヤマハンノキが最初に展開する葉について,コツロブスキーとクラウゼンがアメリカのシラカンバで報告している「春葉(early leaves)」に相当するという趣旨の論文を書く(1978).これはいわば物語の取っ掛かりということになる.
 

第2章 葉の寿命

 
第2章から様々な形質について最適戦略という視点から探っていく菊沢の探求が始まる.

  • 1982年にシャボットとヒックスが「葉の寿命の生態学」という総説論文を書き,葉の寿命は炭素獲得を最大にするように自然淘汰で決まっているに違いないと主張した.例えば光環境の悪い所の植物は葉を作るコストを回収するために葉を長持ちさせるのが最適だということだ.
  • 彼等は単位葉面積あたりのコストではなく単位葉重量あたりのコストを問題にしていた.彼等の提唱する式は以下のようなものになる.

 
https://latex.codecogs.com/svg.image?G=\sum&space;Pfi-\!\sum&space;Pui-C-W-H-S&space;

(ただしGは葉の生涯の稼ぎ,Pfは好適期間のネット光合成量,Puは不適期間のネット呼吸量,iは日を表す添え字,Cは葉を作るコスト,Wは風による損耗,Hは食害による損耗,Sは植物本体に移送されず葉に蓄えられている分)
 

  • また彼等は樹木の地理的分布が,熱帯から寒帯に向けて常緑(広葉樹),落葉(広葉樹),常緑(針葉樹)となっている状況(常緑の二山分布)はこの炭素エコノミーでは説明できない謎だとしていた.

 

  • 当時私は様々な種の開葉様式をグラフ化した大きなモノグラフを出版したいと考えていたが,それを承諾する出版社は現れなかった.単なる記述ではなく発見を生態学の文脈で位置づけたいという気持ちもあり,蒼樹書房から「北の国の雑木林」を出し,そこで適応的な議論を行った.
  • それをきっかけにこのような問題を扱う国際学会にも顔を出すようになり,マーティン・レコビッツや(シャボットとヒックスの)ヒックスに出会うことができた.

 

第3章 葉寿命のモデル

 
第3章では菊沢による葉寿命のモデルが生まれた経緯が描かれている.冒頭では種生物学会や日本林学会で発表したり,様々な数理モデルの話を聞いて刺激を受けた話がある.酒井聡樹,高田壮則,巌佐庸などの名前が出て壮観だ.そしてある日シャボットとヒックスのモデルの問題点に気づく.

  • シャボットとヒックスのモデルは一枚の葉の炭素エコノミーを表している.しかし進化的に問題になるのは植物個体のはずだ.そして個体にとっては利得の最大化ではなく,限界利得(利得効率)の最大化が進化的に重要になる.
  • モデルを単純化するためにシャボットたちが分解している各種コストはCとして1つにまとめ,取りあえず好適期間のみが続くと前提を置く.そして単位時間あたりの生産量(g=G/t)を問題にする(1日単位ではなく連続的な時間を扱うので総和ではなく積分になる).

 
https://latex.codecogs.com/svg.image?g=\frac{G}{t}=\frac{1}{t}\left(\int_{0}^{t}p(t)dt-C\right)

(ただしp(t)は葉の光合成速度の減少変化を表す)
 

  • このGは-Cから始まって時間とともに傾きが逓減しながら増えていく.一枚の葉の場合,時間あたり積算生産量が最大になる時点(t*)は原点を通る直線とこの曲線の接点があるところになる.ここで葉を付け替えるとその時点でいったんコスト-Cがかかるが増加の傾きは逓減前に戻る.付け替えた方が有利であればt*は一枚だけの時より先になる.
  • ここで単純化のためにp(t)は直線的に低下するとおく( p(t)=a(1-t/b), ただしa, bは葉ごとに決まる定数で,aは0時点での光合成速度,bは光合成速度が0になる時間,つまり潜在葉寿命).するとgをtで微分することにより,gを最大化するtであるt*を求めることができる.

 
https://latex.codecogs.com/svg.image?t^*=\left(\frac{2bC}{a}\right)^{\frac{1}{2}}

 

  • さらに光合成は葉面積で決まるので,葉のコストは重量あたりではなく面積あたりで考える方が妥当だと考えた.すると考慮すべきコストCは重量あたりコストc×面積あたり重量(LMA)になる.
  • これによれば葉寿命は光合成速度が低いほど,潜在葉寿命が長いほど,LMAが大きいほど長くなることが予想される.

 

第4章 検証と批判

 
第4章では第3章のモデルの検証と批判が扱われる.検証は同一種内の異なる環境下での葉寿命の変異を調べる方法,様々な環境条件に生育する様々な種を比べる方法が採られている

  • エゾユズリハは(光合成速度が高いがすぐ低下する)明るい環境では2年分しか葉を持たないが,暗い林床では4〜5年分の葉を持っている.これはモデルを支持している.
  • シラカンバは冠水すると葉寿命が短くなる.ハンノキは逆に長くなる.シラカンバは山地性で冠水に耐性がなく,根からの酸素不足を受け光合成が制限を受けるのでは葉を早く落としてしまい枯れ死する.ハンノキは耐性があり,冠水以前から付けていた葉を長持ちさせて耐性のための投資(不定根など)分のエネルギーを補償しようとする.ハンノキのケースは冠水により光合成速度が下がって葉寿命が延びるという形でモデルを支持している.シラカンバのケースは枯れ死の一過程でありモデルの想定範囲を超えていると思われる.
  • 既存の植物のデータベースからモデルが支持できるかどうかも検証した.データベースから推定したbと葉寿命,LMAと葉寿命にモデルを支持する相関関係が見つかった.
  • 私のモデルにはいくつかの批判が寄せられた.
  • アッカリーは実際の葉寿命が潜在葉寿命よりかなり短いことに疑問を寄せた.しかし私のモデルでは葉がまだ働けても(光合成効率を最大化するためには)落とした方が良いとするものだ.私のモデルは植物個体はある時点で一定数の葉しか持てないことが前提になっている.いくらでも葉をつけられるなら光合成が0になるまでつけておけば良いが,そうでなければどこかで付け替えた方が良い.そして私のモデルはその時点を予測するものになる.
  • ギブニッシュは落葉の養分を回収するならモデルより早く葉を落とした方が有利かもしれないと指摘した.しかし葉の炭素はセルロースやリグリンとなっており,壊すためにもエネルギーが必要になる.この批判は的外れだろう.
  • スーたちは(1)abCは独立ではないのではないか(2)温度,降水量,高強度,栄養塩などがモデルに含まれていない(3)幹や根のコストがモデルに含まれていないと指摘した.これには以下のように答えられる.(1)私のモデルではこれらは独立として扱っている.これらはモデルの外側で植物の資源配分上のトレードオフの関係になっている.(2)私のモデルでは外部環境は好適のまま続くことを仮定している.現実の世界に適用するには様々な外部環境を考慮することになる.(3)これに対してはアッカリーと共同で改良式を作っている.

 

第5章 常緑性と落葉性

 
第5章では菊沢のモデルで常緑の二山分布が説明できるのかがテーマになる.

  • モデルを常緑性と落葉性の問題を扱うようにするには,好適期間と不適期間を分けてモデル化すれば良いことになる.

  
https://latex.codecogs.com/svg.image?g=\frac{G}{t}=\frac{1}{t}\left(\int_{0}^{f}p(t)dt+\int_{1}^{1+f}p(t)dt+\cdots+\int_{|t|}^{t}p(t)dt-\int_{0}^{t}r(t)dt-C\right)

(ただし f は1年の中の光合成好適期間の長さ (1≧f≧0),|t|は数字の整数部分,r(t)は呼吸速度)
 

  • この式は好適期間と不適期間に分かれるので最大値を得るための微分方程式を解析的に解けない.このため様々なパラメータa, b, C, fの組み合わせにおけるgを計算して1つ1つ最適点を求めていくしかない.a, b, Cの組み合わせはある植物種を,fは環境条件を表すと考えることができる.
  • その結果は常緑性の二山分布を説明できるものだった(グラフを使った詳しい説明がある).熱帯の好適期間が長い場所では1年中葉をつけている方が有利なので常緑性,温帯では不適期間に葉を落とし翌年また新しい葉を作るのが有利になり,寒帯では短い好適期間の間で十分な稼ぎが得られず,何年も葉をつける必要のある常緑性が出現すると解釈できるのだ.基本モデルとこの常緑性・落葉性の展開を1つの論文にしてAmerican Naturalist誌に発表した.
  • その頃大雪山で同じ標高で吹きだまりになって積雪の深い場所と吹きさらしで浅い場所で,常緑性のエゾノツガザクラやキバナシャクナゲでは積雪が深い場所(好適期間が短い場所)の方が葉寿命が長いが,落葉性のチングルマでは葉寿命が短いという現象が報告された.私のモデルではこれも説明できた.(詳しい説明がある.常緑の場合は好適期間が短くなる稼ぎが少なくなるので寿命を延ばしてそれを補う.落葉性の葉はそもそも冬を越せないので,好適期間が短くなるとそのまま寿命も短くなる)
  • また2005年には葉形質間の関係が気候によって変わること(常緑性と落葉性で気温と葉寿命の関係,気温とLMAの関係が逆になる,LMAと葉寿命の間の正の相関係数が気温によって変わる)を報告する論文が出た.これも私のモデルでうまく説明できた(詳しく説明がある).
  • アッカリーと共同で,基本モデルを支持器官(幹や根)のコストを含んだ形に拡張した.これは「植物体が大きくなるほど葉寿命が長くなるだろう」という予測を支持するものだった.

 

第6章 葉を見て枝を見ず

 
第6章では開葉方式や葉の寿命と樹形の関係が扱われる.

  • 順次開葉するケヤマハンノキやシラカンバは葉寿命が短く,光合成速度は速く,その低下速度も速く,薄い葉を持つ.彼等は撹乱された明るい場所にいち早く侵入しそこを優占するが,条件が悪くなると,また新しい場を求める.
  • 順次開葉する樹木は自己被陰を避けるために葉を互い違いにつけたり螺旋状につけたりする.しかし結局自己被陰が生じて光環境が変わっていくので短い時間で効率良く光合成できる方が有利になるので上述のような特徴を持つのだろう.
  • これに対して一斉開葉するミズナラやハウチワカエデでは葉寿命が長く,光合成速度は遅いがその低下速度も遅い.そして林内の薄暗い条件でじっくり光合成を行う.一斉開葉の樹木で自己被陰を避ける方法は同じではないかもしれない.そう考えて初めてミズナラとシラカンバの樹形が全く違う(シラカンバはほっそりしているがミズナラはずんぐりしている)ことに気づいた.
  • 樹形の違いは分岐する枝の角度の違いによるようだ.順次開葉樹ではその角度は10度以下だが,一斉開葉樹では当初50〜70度ぐらいで始まり,季節が深まると40度ぐらいになる.これにより順次開葉樹では葉の位置が下になるほど光量が少ないが,一斉開葉樹ではどの葉にも同じ量の光が当たる.一斉開葉樹では枝を傾けることにより自己被陰を避けているのだ.順次開葉樹では下の葉は自己被陰されているが,当初は光が当たっている.つまり時間をずらすことにより自己被陰を避けていることになる.
  • どのように葉を開き,光合成をし,葉を落とすかというのは植物の採餌戦略だと考えることができる.一斉開葉樹のすべての葉が高いところにはないが,同じような光合成を長く続けるというのは,光がそれ程ないところでの最適採餌戦略なのだろう.そして採餌戦略としてみれば,開葉方式,葉寿命,光合成能力,枝の傾き,樹形までが互いに関連することがわかる.これらすべての形質が葉のフェノロジー(植物季節学)を中心に理解できるのだ.

 

第7章 オオバヤシャブシ

 
第7章ではフェノロジーの更なる展開が扱われている.

  • 京都大学に移り,オオバヤシャブシとブナを観察するようになった.オオバヤシャブシは典型的な順次開葉樹で明るい開けた場所にいち早く侵入し,ブナは典型的な一斉開葉樹で森林内の弱い光をうまく利用していた.
  • 草本でも同じような傾向があるのではないかと考えて,オオアマドコロとオオイタドリを調べた.その結果前者が一斉開葉型,後者が順次開葉型であることが分かった.順次開葉か一斉開葉か,木本か草本か4つの組み合わせををフェノロジーの論文としてまとめた.
  • オオバヤシャブシはシュートをまっすぐに延ばしてぐんぐん伸びるが,若い時から花をつけ種子を生産し始め,大きな大木にはならない.どんどん順次開葉して成長していくと樹冠の内部の葉が落ちてしまい樹木個体全体としての効率が落ちるのだろう.
  • 他の植物がどのようにこの問題に対処しているのだろうか.多くの樹木は樹冠内部のための薄い葉(陰葉)と外側のための厚い葉(陽葉)を分化させたり,葉柄がつくだけの長さの枝(短枝)と普通の長さの枝(長枝)を分化させている.そして短枝は2枚しか葉をつけず一斉開葉的で.長枝は基部の葉(春葉)と順次開葉する葉(夏葉)が混在し順次開葉的だ.これらの分化の程度は種によって異なり,オオバヤシャブシはどちらの分化もあまりない.(それぞれのタイプの葉の寿命と光合成速度の変化,その適応的意義が詳しく解説されている)

 

第8章 陸域生態系

 
第8章ではその後の様々な研究の展開が淡々と解説されている.
気候帯と標高と種数の関係について,群落全体の光合成量の推定(葉の光合成の昼寝現象(光合成が日中低下する),曇天効果,機能的葉寿命,一枚の葉の生涯光合成量などが考察されている),葉群エルゴード仮説(一枚の葉の生涯光合成量は光合成量を時間で積算していることになるが,それを樹木全体で空間的に積算しても大体同じ量になるという仮説)とその検証*2,葉寿命から考察する樹木個体の機能量と体重のアロメトリー関係(パラメータθは2/3か3/4か問題)などが扱われている.
 
 
以上が本書の内容になる.自伝的研究物語として大変面白いし,最適採餌理論の植物への応用から始まって,様々な現象が数理的に解き明かされていく内容は知的に刺激的だ.数式を読み飛ばさずに丁寧に追っていくとより楽しめるクールな一冊だと思う.

*1:このような出版社の態度には本当にいらつかされる.一体誰得なのだろう.シリーズ本の電子化スケジュールは明確にし,原則同時出版,それが無理でも3ヶ月以内にきちんと電子化してほしいものだ

*2:具体的な樹木で直接測定するとうまく当てはまるものも当てはまらないものも出てくる.この仮説は物理でいう理想気体の振る舞いのようなものだと説明されている