War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その35

 
ターチンによるローマ帝国の起源.ターチンはローマの地域的軍事強国としての興隆,そしてイタリア統一,地中海の統一を辺境,そしてメタエスニック断層線の視点から描いた.ターチンはここから内部的な要因を探っていく.
 

第6章 オオカミに生まれつく:ローマの起源 その7

 

  • そもそもローマ人とはどのような人々だったのか.彼等のどのような集合的性質が史上最も偉大な帝国を可能にしたのか?
  • 幸運なことにローマに関してはリヴィウスのような歴史家の手になる歴史大著,キケロの講演録のようなものから,考古学者が発見した断片まで多くのテキストが残されている.見つかった落書きには2千年前の人々が私たちとあまり違わないことを示すものもある.*1
  • これらのテキストはローマ人がどういう人々だったのかについての洞察を与えてくれる.ただしその際には文脈を理解する必要がある.キケロは政敵を貶めようとしていたのであり,私たちにローマ人がどんな人々だったかを教えようとしていたわけではない.リヴィウスの記述は,彼自身のバイアス,そして紀元前1世紀のローマ人のバイアスに影響されている.その当時ローマは循環的な権力の分散化局面にあった.彼はそれに先立つローマの歴史を薔薇色に,つまり人々がより愛国的で徳が高く奢侈に傾いていなかったと描きがちだ.
  • それでもローマのテキストは世界史を理解しようとするものにとって貴重だ.それはそれらが詳細な世界観,当時のローマ人にとっての理想を示しているからだ.さらに他のデータをあわせて社会がどのように変化していったのかを知ることもできる.例えばリヴィウスは自分と同時代にローマ支配層の奢侈を,より質素だった祖先たちを比べ,しばしば嘆いている.そして考古学的なデータは紀元前4〜3世紀のローマ貴族の暮らしは実際に質素だったことを裏付けている.これらを組み合わせれば世界史の性質についての新しい理解を得ることができる.

 
当時の生き生きとしたテキストが多数残されているのがローマ史の魅力だ.紀元前世界の歴史記述はギリシア,ローマ地域と中国でのみ行われた.だから古代ギリシアに先立つメソポタニア文明,エジプト文明,インド文明,(紀元前ではないが歴史の文化を持たない)マヤ文明,インカ文明について私たちは歴史家の手になる記述的な歴史をほとんど持たない.これらの歴史は主に壁画,粘土板,パピルスなどの考古学的なデータからのみ解釈・再構成される.(インドに歴史が生まれなかったのは本当に残念でならない)そしてギリシアや中国に比べてローマは特に生き生きとしたテキストが豊富だ.ポンペイの落書きはまさに日常的なテキストがそのまま保存されているし,それ以外でも手紙や日記のようなものが多数残されている.これらを読むと日々の暮らしで人々が何を考えるのか,ある意味人間本性がここ数千年でほとんど変化していないことがよくわかる.
 
ポンペイの落書きに関する本は多く出版されている.

 
そしてターチンはここから帝国興隆期のローマ人の価値観を再構成していく.

*1:「この店から銅のポットが無くなりました.戻してくれた人には65セステルウス支払います.取り戻せるように盗人が誰か教えてくれた人には20セステルウス支払います」などと書かれたポンペイの落書き(グラフィティ)がいくつか紹介されている