第16回日本人間行動進化学会(HBESJ OSAKA 2023)参加日誌 その1

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本年のHBESJは大阪公立大学での開催となった.ハイブリッド開催ということで今年もオンラインから参加することとした.運営はいろいろと大変と思われるので,本当に感謝の気持ちである.
 

大会初日 12月2日

 
初日はいつもの通り午後からスタート.
 

実行委員会挨拶 大薗博記

 

  • 今回は対面での参加が140〜150名,オンラインでも数十名が参加していただいている.また今回は開催について運営と企画を分けて行った.よろしくお願いする,
  • またこの場を借りて一言申し上げたい.11月10日にジョン・トゥービイ博士が逝去された.享年71歳.皆様ご案内の通り進化心理学のファウンダーの1人であり,この場にも彼にインスパイアされた人も多いと思う.私自身も彼とコスミデスの裏切り者検知の議論には非常に刺激されたし,その後UCSBで実際に指導を受けることもできた.彼が私が提示した稚拙な仮説について「仮説の立て方はオープンで,どんな仮説でもいい.だからこそ,緻密な理論と頑健なデータが必要なのだ」とアドバイスしてくれたことは今でもよく覚えている.
  • ここで特に何か儀式的なことを行うことはしないが,みなで追悼できたらと思っている.

 
トゥービイの逝去に関してはいくつもの追悼のページができている.
 
スティーブン・ピンカーのもの
nautil.us
 
ロバート・クルツバンのもの
www.aporiamagazine.com


口頭発表セッション1

 
最初の3つの発表はSNSでの言及不可になっているので公開されている発表要旨からの紹介のみにとどめておく.
 

ラエトリの足跡化石を残した2個体の関係性 中橋渉

 
ラエトリの370万年前のアウストラロピテクスの足跡化石は大小2個体の足跡が平行になって続いている.そしてこの2個体は歩幅が異なるはずなのに同調して歩いている.これが親子なのかオスメスのカップルなのかについて,ホモサピエンスのライブカメラ映像のデータから推測したもの
 

Hot hand thinking in children Andreas Wilke

 
本来ランダムなのに何らかの規則性があると感じる傾向(ホットハンド幻想)はヒューマンユニバーサルと考えられている.このような傾向と生態的な統計的思考が子供でどのように発達するのかを3〜10歳児を用いて調べたもの
 

確率的生成モデルに基づく音楽スタイル進化の選択・変異・輸入過程の推論 中村栄太

 
日本のポピュラー音楽の進化分析についての発表.作曲スタイルがどのように変遷してきたのかについて,生得的選好,新奇性および典型性についての淘汰圧,創作者の戦略,西洋からの文化的影響という要因がどのように効いているのかをベイズ統計手法により分析したもの.方向性を持つ変異とその逆方向への淘汰圧の存在が示されたが,輸入と頻度依存淘汰バイアスの効果は限定的だった.
 

深層学習と新しい進化心理学 池田功毅

 
これは現在盛り上がっている生成AIを応用して新しい進化心理学のアプローチができるのではという発表.なかなか面白かったので少し詳しく紹介しよう.
 

  • (1)生成AIとは何か
  • ChatGTPなどの大規模言語モデル(LLM)の文章生成能力が大幅に向上し,広い応用が可能になっている.これらLLMは言語学の「新しい理論」だとか言語学の役割の再考を促すとかの意見もある.では言語学に限らず生成AIから一般的な認知や行動のモデルが生まれる可能性はあるのだろうか.
  • そもそもこれらの生成AIはこれまでの機械学習と何が異なるのか.
  • 従来の機械学習はモデリング+アルゴリズム開発だった.そこを深層学習は構造設計+教師あり学習に変えた.そして生成AIは非AI用の一般的なデータ(ウェブ上の膨大なデータなど)を事前学習する(自己教師学習)

 

  • (2)生成AI成功の秘密(#1):2つの根本問題
  • 心理/認知研究や従来の機械学習には2つの根本問題がある.その1つは不良設定問題だ.
  • 一般的には微分方程式などで,解が存在し,解がただ1つであり,出力が入力の微少な変動に対して安定しているという条件を満たしているものを良設定問題,そうでないものを不良設定問題という.
  • 心理や認知の研究課題はほとんどが不良設定問題だといえる.
  • 不良設定問題を解くには何らかの制約条件が必要.画像認識ではそれは外界のモデルになり,正則化を行って解いていくことになる.外界モデルは研究一般の文脈では観察に基づく仮説ということになる.

 

  • もう1つの問題は一般化可能性問題だ.
  • これは再現可能性問題と関連する.心理学などの研究では,研究仕様について,極めて高い自由度の元に特定の仕様を採用するが,そもそもどの仕様が「適切」なのかについて基準がない.そして結果の収束が保証されないことになる.
  • それは適切な仕様を決めるための外界モデル・仮説についてどれが適切なのかを決める理論がないということになる.そして進化的人間研究の適応課題も「作業仮説」であり,これが当てはまる.
  • これは従来の機械学習や心理/認知モデルの根本問題

 

  • しかし生成AIはこの2つの根本問題を同時に解くことができる.モデリングや課題に特化したモデル構造とデータを使わずに,一般データを大量に学習することで問題を解決している.
  • 生成AIのパラメータを増やしていくと,オーバーフィッティング領域を超えたところで誤差を減少させ(一般可能性問題の解決),安定した解を出す(不良設定問題の解決)ことが可能になる.なぜそうなるのかの詳細は未解明だが,外界モデル(制約条件)をデータ自体からとりだしているのかもしれない.

 

  • (3)生成AIの成功の秘密(#2):進化の歴史的蓄積のモデル化?
  • これは生成AIをうまく使えば進化の歴史的な蓄積をとりだせる可能性を示唆している.
  • そもそも生物一般は現実世界の中で不良設定問題・一般化可能性問題の双方を解決して問題なくやっている.生成AIは生物進化の基礎構造のモデル化に成功しているのかもしれない.
  • そして自然淘汰による遺伝子頻度の変動はベイズの事前確率分布の更新に対応していると考えられる.ベイズの更新の方程式は進化のレプリケータ方程式に対応している.様々なアレルはどれが現実世界の中で適応的かについての仮説であり,不適切な仮説が事後確率分布で重みを減らすように不適切なアレルは頻度が下がっていく.

 

  • 生成AIは内挿型モデルと考えられる.大量のデータである特定領域の内側のみ精緻にモデル化し,その外側領域への外挿は考えない.
  • 生成AIは生態学的に妥当なデータの内側で一般可能性を獲得できるだろう.すると進化によって形成された生態学的妥当な大量のデータを事前学習することにより,そこに内在する進化的構造を正確に辿り,不良設定問題と一般化可能性問題を同時にクリアできるだろうという仮説を立てることができる.

 

  • (4)提案:深層学習を理論的基礎とする新しい進化心理学
  • 深層学習は複雑性を持つ現象一般への新たな理論的枠組み,かつ具体的研究手法になるのではないか.例えば統計力学,進化,学習のより緊密な理論的統合や,文化進化現象など.
  • 古典的進化心理学では個別の適応課題を仮説として検討しているが,これは一般化可能性に疑問が残る.
  • ここで提案する新しい進化心理学は,生態学的に妥当なデータを大量に事前学習させ.外界モデル・仮説を直接引き出し制約条件とするものだ.

 
いろいろと面白かった.するとこの提案された生成AIベースの進化心理学では,ものすごい数のパラメータを設定し,その時に生じるヒトの行動を事前学習データをして入れ込むと,ある特定パラメータにおけるヒトの行動が精度高く予測できるというようなものになるのだろうか.それともさらにそこから人間が理解可能な「理論」や「法則」を抽出してくれるようなものになるのだろうか.そして研究者は入力データの整備,AIのコード,パラメータ数や計算能力の設計などを考察することになるのだろうか.なかなか想像しがたい未来だが,いろいろな意味で啓発的だった.
 

ポスターフラッシュトークおよびポスター発表

 
本年もポスター発表は盛況で50を超える発表が行われた.今年度の新企画として各ポスター発表者が1分で自分の発表内容やメッセージをプレゼンするというフラッシュトークが行われた.ポスター内容はプログラムで概要が確認できるし,発表会場で(オンラインでも)いつでも見ることができるが,一人一人のプレゼンを見るのはとても楽しいし,全体像がわかるという意味でも有意義な試みと感じた(もちろん限られた時間内で口頭発表とのトレードオフという話ではあると思うが)
 
以上で初日は終了である.