第16回日本人間行動進化学会(HBESJ OSAKA 2023)参加日誌 その2

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大会二日目 12月3日

 
二日目の午前中は口頭発表セッションと招待講演
 

口頭発表セッション2

 

直観的協力は集団の枠を超えられるか:最小条件集団パラダイムを用いた検討 前田楓

 

  • 直観的協力*1についてはいくつかの選好研究がある.ランド,グリーン,ノヴァクはより早く決定させると判断が協力的になりやすいことを示した.山岸は,相手の協力が期待できるなら協力するという社会的交換ヒューリスティックがあると囚人ジレンマゲームの利得が安心ゲームのそれになり,相互協力の達成が可能なことを指摘した.
  • ではこの直観的協力の対象は内集団メンバーに限られるのだろうか.これをクレーとカンディンスキーへの好みを使った最小条件集団における囚人ジレンマゲームを使って実験的に調べた.統制条件は決定の時間制限のあるなし,相手の帰属集団になる.
  • 結果は時間制限ない時には内集団への協力率の方が高いが,時間制限があると差はなくなるというものだった.また相手の集団にかかわらず協力を選んだものの方が決定時間が短かった.また全体として制限時間ある方が協力率は高かった.
  • これらの結果は直観的協力が集団の枠を超えて協力を導く可能性があることを示唆している.

 

外集団攻撃者の評判:外集団攻撃を表出する個人の評判に影響を及ぼす状況要因の検討 大坪快

 
(SNSによる言及不可なので公開されている発表要旨から紹介)
外集団攻撃を表出した個人の評判を調べたもの.攻撃者の評判は基本的にネガティブだが,集団間の利害対立が存在する場合には向上すること,その場合文字集団の有利につながらない無意味な攻撃の場合には向上しないことが示されたというもの
 

社会的ジレンマ状況における多数派同調バイアスの検証:日常場面と実験場面の比較 棗田みな美

 

  • これまで多数派同調バイアスについては情報獲得領域で調べられてきた.これが内集団協力領域でも働くかを調べた. 
  • 社会的ジレンマ状況では非協力が増加しやすい.しかし文化的グループ淘汰を考えると協力への同調が可能かもしれない.
  • ここでは同調バイアスの正負が非常に重要になる.同調バイアスが正であると集団の頻度が高い方に動いていくが負であるとそういう効果はない.このバイアスがどうなっているかは調べられていないので公共財ゲームのシナリオ実験(協力者が0,1/3,2/3,1と教示する)で調べた.
  • バイアス曲線のD*を調べたところ協力者は2.63,非協力者は-0.72で全体を合わせるとわずかに正になった.ただし全体のバイアスをよく見ると2/3のところで61%しか同調せず,これは非協力者が増えてしまうことを示している.
  • つまり同調バイアスによる協力率の上昇が起こるかどうかはデフォルトの集団構造が重要であることを示している.

 
この発表に対しては,重要なのはD*というより協力への同調率が周りの協力頻度を上回っているかどうかで,この実験で全体の2/3に対して61%というのは,繰り返し公共財ゲームにおける,初期の協力率の高さがだんだん下がっていく状況をまさに示しているのだろうというコメントがあった.
 

環境変動が協力的集団の形成を促進する 稲葉理晃

 
(SNSによる言及不可なので公開されている発表要旨から紹介)
環境変動の大きさが協力につながるのかをエージェントベースモデルで解析したもの.環境変動が人口変動と利得構造に影響すると,小集団が起点となる協力が広がりやすいことが示されたというもの

 

招待講演

 

行動交渉理論とその応用:不平等の固定化と均等分配規範の発生に関する考察 上條良夫

 
実験経済学,行動経済学,ゲーム理論の専門家による講演

  • 交渉結果がどう決まるかに興味がある.それには当事者がここまでは当然と考える期待あるいは規範が大きな影響を持つ.そしてそのような期待や規範がどう生まれるかについて数理モデルを組み,エビデンスを探した.
  • ここで例を挙げよう「新婚夫婦の夕食で.妻が唐揚げを11個作ってテーブルに出した.夫はうまいうまいと10個食った.妻は激怒し,夫は反省した」とする.この例で夫は当初10個食ってもいいと思っていた(当たり前の感覚).しかし妻が怒り,その期待は是正されたことになる.では何個までなら大丈夫だったのだろうか.

 

  • これまで交渉の結果はゲーム理論ではどのように取り扱われていたか.まず非協力ゲームではナッシュ均衡を考える.これはゲーム構造がきちんと定義されていることが必要.定義されていれば均衡分析ができる.
  • これに対して協力ゲームでは交渉プロトコルが記述されていない.これに対してはナッシュの交渉解という概念がある.
  • ナッシュの交渉解とはどういうものか.Mを2者(1,2)でとりあう状況を考えよう.交渉決裂した場合の取り分をそれぞれv1,v2とする.すると1の取り分はv1から(M-v2)の間で決まることになる.その最も単純なケースはこの余剰分(M-v1-v2)を等分する解ということになる.
  • そして両者のvからの効用増加分の積を最大化させる解をニュートラルなナッシュ交渉解,あるいは標準解と呼ぶ.
  • このナッシュの交渉解に対してはいくつかの批判がある.まず(両当事者に)両者の効用関数,v1v2がわかっていないのではないか.プロトコルはどう決まるのかという批判がある.仮にこれらをクリアできたとしても2番目に,効用の積の最大化よりも単純な等分の方が選ばれやすいのではないか(平等バイアス),Mについてのフレーミングで動いてしまうのではないかという批判がある.

 

  • この2番目の問題について新たな理論を提示する.これを行動交渉理論と呼ぶ.これは概念的にはナッシュ交渉解にプロスペクト理論を合わせるものだ.
  • 具体的にはエンタイトルメント(当事者がここまでは当然と考える量)Eiを効用の説明パラメータとしてモデルに導入し(例えば平等性バイアスはE1=E2=M/2を入れ込む),実験結果を説明できる組み込み方やパラメータを探索する.これによりデータはよりうまく説明できるようになる.
  • 片方でそもそもエンタイトルメントはどのように形成されるのかという問題は残る.
  • これについてこの程度が当然という感覚が,経験により是正されていくと考える.そして是正されなくなるEを安定的なEとする.この安定性という概念を取り入れると,交渉の両者の取り分平面で安定的なEが極く一部の領域(線分)のみ存在するとして限定することができる.
  • ここで損失回避性を組み込んだ不平等定理を導入する(具体的な定式化が説明される).これは余剰分の両者の取り分にある程度までの差は容認するが,それ以上になると容認しないということを意味する.すると先ほどの安定性のあるEの領域をさらに狭く限定することができる.
  • このモデルによると以下が予想される.(1)対象な状況下でのある程度の不平等は維持されうる(2)ある程度の不平等な状況下でも平等な交渉結果が維持されうる(3)それぞれのペアで多様な当たり前が継続しうる(4)しかし定理を満たさない不平等は是正される.
  • ここで最初の唐揚げ問題に戻り,妻が容認できる不平等係数が2だとすると,夫は7個までなら食べても大丈夫ということになる.
  • では社会全体の規範はどう決まるか.構成員が無限で,容認係数が多様だとして,どのペアをとっても容認される決まり方を分配規範とする.すると分配規範は均等分配のみであることがわかる.これが均等分配が分配のゴールデンルールである1つの理由なのだろう.
  • 社会は分配規範に向かってどう動いていくのだろうか.動的モデルと作って解析すると,Eの初期値がM/2以上で,容認度についてある程度同質性があれば分配規則に収束することがわかった.最初の条件は全員が自信過剰,あるいは資源が過少ということを意味している.

 
なかなかエレガントな数理的な講演で面白かった.期待値が交渉に大きく影響するのはある意味当たり前だが,それが社会全体の中でどのように動いていくか辺りのところは興味深い.
 
紹介されていたご著書

 

*1:二重過程論でいうシステム1に相当すると思われる