War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その44

  

第7章 中世のブラックホール:カロリング辺境におけるヨーロッパ強国の勃興 その5

 
ターチンのフランク帝国とその後継国家群興隆物語.カロリング朝フランク帝国の対イスラム辺境編が一段落し,次は北西部の辺境の話になる.
 

カロリング朝の北フランス辺境 その1

 

  • イベリアのメタエスニック辺境はトポロジーもダイナミクスも単純だった.そこでは境界地域が東西に延び,ゆっくり南下していったからだ.しかし「北フランス」の辺境は複雑な歴史を持つ.ここで言う「北フランス」とはセーヌ川流域地域を中心として南はロワール峡谷,北はソンムまでの広がりを指す.カロリング朝時代そこは「フランキア」と呼ばれた.

 
ということでターチンはローマ帝国崩壊後の北フランスの歴史を語り始める.
 

  • ガリア征服の後,ローマの国境はライン川となり,北フランスはそのラインから大きく内側となった.しかし3世紀の危機によりライン辺境は崩壊し,北フランスはゲルマンによる激しい略奪の圧力に晒された.さらにフランク族は南下し,ネーデルランド(現在のベネルクス)に定着した.この結果北フランスはメタエスニック辺境となった.これは都市化したロマンス語を話すキリスト教徒と部族的でオーディン信仰のゲルマン民族との大きな断層線だった.

 
まずローマ帝国最盛期に北フランスは辺境ではなかった.しかし3世紀の危機の際に北フランスはローマとゲルマンの辺境になる.しかしここでもまれて辺境の強国が興ったわけではない.それ以前に少し外側でフランクが強国として興っており,それに圧迫されてから辺境になったということになる.
 

  • 4世紀にローマ帝国は内部的安定を取り戻した.それは繁栄と人口増加の時代であり,考古学データによると南部ガリアは3世紀の危機前の人口に戻ったことを示唆している.しかし北部の人口増加は脆弱だった.これは辺境の不安定さを示唆している.
  • おそらくよくある辺境圧力があったのだろう.というのは5世紀の終わりに北フランスに結束力のある社会が生まれたからだ.
  • 476年にローマ帝国が最終的に崩壊した時,その領土は西ゴート,東ゴート,フランク,ブルグンド,アラマンニに分割された.その際の例外が北フランスだった.そこはローマのエリート層が残り,ローマの文明や法制を保ち,ローマ軍司令官の息子シアグリウスが支配する王国になったのだ.

 
ここはちょっとターチンの議論が苦しいところだ.シアグリウス王国はローマ帝国崩壊の中でローマ軍司令官が興した王国で全く強国ではなかった.結束力があったかどうかについても何の証拠も挙げられていない.崩壊の中様々な動きがあり,たまたま軍司令官が一定の版図をまとめることができた結果という風にみる方が普通だろう.そして3世紀に生まれたメタエスニック辺境は5世紀に一旦溶けさってしまうことになる.
 

  • しかしこのシアグリウス王国に上げ潮のフランクに対抗できるほどの力はなかった.486年にクローヴィスはシアグリウスを打ち負かしその版図をフランク帝国に組み入れた.しかしながらローマ=ガリアエリート層はフランクの戦士に置き換えられなかった.メロビング朝の王たちは訓練された行政管理者たちの価値を理解していた.このローマ=ガリアエリートたちはフランクの貴族階層に組み入れられた.数世代のうちに通婚が進み,支配層のフランクとローマンの区別は溶けてなくなった.
  • 考古学や地名に残る証拠から見て,この時期にゲルマンの農民が非常に大量に北フランスに流れ込んでいる.そして彼等はみなキリスト教に改宗し,ロマンス語を話すようになった.同時代資料は彼等を「フランク」と呼ぶが,ライン川流域にすむフランクとは異なる言語を話すようになったのだ.
  • つまり北フランスの住人は非常に多様な民族起源を持つのだ.カエサル以前のケルト系が基層になり,そこにローマの支配層や駐留軍,そしてゲルマンの農民が流れ込んだ.9世紀にシャルルマーニュの帝国が分裂した後,北フランスの住民が全く異なった民族アイデンティティを形成していたことが明瞭になった.オットー大帝がザクセン朝のゲルマン帝国(ドイツ帝国)を再興した時にフランキアは加わらなかったのだ.

 
ヨーロッパの歴史を学ぶと,フランク族は当初ゲルマン民族として登場し,フランク王国をつくる.その後シャルルマーニュの帝国が3分割され,フランス,イタリア,ドイツの元となるとされる.しかし「フランク」の名前を受け継いでる「フランス」はゲルマン民族ではなく「ラテン系」とされ.実際にフランス語は卑俗ラテン語系が元になっている.ここは最初かなりまごつくところだが,実際にあまり深く解説されることはない.本書の記述はその辺りが解説されていてなかなかうれしいところだ.そしてターチンのストーリーにとってここまではいわば序章に当たる.重要な真のメタエスニック辺境はこの後に現れるのだ.